第11話 『暴かれた心』(脚本)
〇名門の学校
満弦「少し目を離した隙に、若い男と逢引きとはいい度胸だのう?」
遠山陽奈子「あ、逢引きって! 何言ってんのよ!」
遠山陽奈子「だいたい、勝手にいなくなったのはそっちのクセに、どうして私が難癖つけられなきゃいけないわけ!?」
満弦「むっ。わしは、お主の頭が冷えるまで姿が見えぬよう計らっただけで、ずっと見守っておったのだぞ!」
遠山陽奈子(全然気づかなかった。 ってか何ソレ、監視? ストーカー!?)
満弦「それもこれも、お主が駄々をこねるからだというのに、まさかわしの目を盗んで密通とは・・・」
遠山陽奈子「ストップ。密通だなんて烏丸くんに失礼だよ! 私たちそんなんじゃないし!」
遠山陽奈子「だいたい密通なんて言い方、間違ってる。 私と満弦は、恋人でも何でもないんだから」
満弦「お主、まだそのような世迷いごとを抜かすのか!?」
遠山陽奈子「私は真剣に言ってるの!」
遠山陽奈子「私のこと、好きでもなんでもないならこれ以上構わないで」
満弦「わしはお主のことは気に入っておるのだと何度言えばわかるのじゃ!」
遠山陽奈子「私はぬいぐるみやオモチャじゃないの。 心があるの」
遠山陽奈子「気に入ってるなんて、モノ扱いされても嬉しくない」
満弦「だから他の男の元へ去ろうというのか? 他の男へ心を移すというのか!」
遠山陽奈子「烏丸くんはそんなんじゃないって言ってるでしょ。しつこいなぁ」
満弦「こ、このわしに向かって、しつこいじゃと!?」
遠山陽奈子「しつこいわよ。嫌だって言ってるのに結婚するってきかないし、つきまとうし」
満弦「神に嫁入りできる栄誉を、何故受け入れぬと言うのだ!? わしには理解できぬ!」
遠山陽奈子「理解できないなら、いい加減に諦めてよ!」
苛立ちに任せて張り上げた声が、夜の闇に吸い込まれていった。
傷ついたような顔をする満弦に、どうしようもなく心がささくれ立つ。
遠山陽奈子(どうしてそんな顔するのよ)
遠山陽奈子「本当にもう、うんざりなの」
満弦「うんざり・・・?」
満弦の大きな金の瞳が、困惑に揺れるのが見て取れた。
遠山陽奈子(満弦には悲しそうな顔をする権利なんてないじゃない)
遠山陽奈子「だって満弦は勝手すぎる」
遠山陽奈子「私のことは1ミリも好きじゃないくせに、私の心は欲しいなんてズルイよ」
満弦「わしが、お主の心を欲しがっていると?」
でなければ、私が満弦を嫌っていないと知って、あんなに喜ぶわけがない。
でもそれは、ただの所有欲で、便利な道具を手放したくないとか、勝手されると困るとか、しょせんその程度の気持ちなんだろう。
遠山陽奈子(そんなの、みじめじゃない)
遠山陽奈子「気持ちを返してくれない人を好きでい続けるほど、私は強くない!」
満弦「それは、つまり・・・お主はわしを好きだから、わしに愛されたいということか?」
遠山陽奈子「だからそうだって、何回言えば──」
遠山陽奈子「え・・・?」
勢いに任せて放った言葉を頭の中で反芻して、思考回路が一時停止する。
遠山陽奈子(い、今私なんて・・・これじゃあ、完全に告白・・・!)
満弦「お主はわしの愛が得られぬとわかったから、腹を立てたのか」
満弦の言葉がストンと心の奥に落ちていく。
遠山陽奈子(え、嘘。やだ、それじゃ私、やっぱり満弦が好きってこと?)
途端に、全身から汗が噴き出た。
顔も体もとんでもなく熱い。
満弦「陽奈子」
遠山陽奈子「ダメ! やだ !! 顔見ちゃダメ! こっちこないで!!」
満弦がこちらへ踏み出すのに合わせて、思わず後ろへさがる。
遠山陽奈子(こんな・・・こんな形で自分の気持ちを確認するなんて。 しかもそれを満弦に知られるなんて)
遠山陽奈子(恥ずかしすぎる!!)
私はたまらず、駆け出した。
満弦「お、おい! 待て陽奈子!」
〇川沿いの道
遠山陽奈子(もう、最悪)
無我夢中で満弦の元から駆け出してきた私は、いつの間にか人気のない川べりの道へとたどり着いていた。
遠山陽奈子(今日こそ満弦を諦めさせようと思ってたのに、なんであんな告白みたいになっちゃうわけ?)
遠山陽奈子(あれじゃあ満弦の思うつぼじゃん)
遠山陽奈子(しかも、満弦は私を好きになってくれたりなんかしないのに)
例え結婚しても、満弦の心が自分に向かないなら、それは失恋しているのと同じようなものだ。
惨めさに、涙がにじむ。
遠山陽奈子(絶対、結婚なんかしないんだから)
遠山陽奈子(でも、もし満弦が私を好きになってくれるなら・・・)
考えかけて、頭を振った。
その可能性はきっとない。
何故なら、満弦がハッキリ口にしたからだ。
神は人を“好き”になどなるものではないと。
遠山陽奈子「そうだよ。それに、もしかしたら満弦は神様じゃないかもしれないんだし」
遠山陽奈子(もしそうだったら・・・結局満弦はただの嘘つき妖怪ってことでしょ。 そんな相手と結婚なんて)
あり得ない。
それが私の答えでいいはずだ。
遠山陽奈子「私たちは結ばれない。それが現実。 それでいいんだよ」
???「なら、若様に嫁げばよかろ?」
遠山陽奈子「──え?」
ジメリとした空気と共に突然聞こえてきた声に、背筋が冷たくなる。
〇霧の中
気づくと、周囲には薄い霧が漂っていた。
声の主は、霧の中からヌルリと現れた。
???「半端者の狐に嫁(か)すくらいなら、若様にもらわれたほうがお前も幸せじゃろ?」
遠山陽奈子「あ、あなた・・・何・・・!?」
水虎「おらは水虎じゃ」
遠山陽奈子「すいこ・・・って水虎のこと? たしか河童の一種だったよね」
記憶が確かならば、彼らは水を統べる神様の眷属と言われる存在だったはず。
遠山陽奈子「ってことは、若様って水神様?」
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