第9話 縮まらない距離(脚本)
〇学校の廊下
満弦「陽奈子・・・よいのだな?」
満弦に抱きしめられ、甘い声で囁かれる。
そこにいる満弦は、さっきまで拗ねて怒っていた満弦とは思えないほど、美しくて色っぽくて。
遠山陽奈子(私・・・どうして、嫌じゃないの?)
満弦「陽奈子」
ドキン・・・ドキン・・・ドキン・・・。
何度も名前を呼ばれる。
たったそれだけのことに、頭の芯が熱くなってくる。
遠山陽奈子(何か言わなきゃ・・・このままキスされちゃうのに・・・でも、私・・・)
満弦「何も、言うな」
満弦「何も言わずに、わしを受け入れろ」
遠山陽奈子「ぁ・・・っ」
静かに唇が重なった。
満弦は、ゆっくり私を確かめるように・・・何度もキスの雨を降らせてくる。
遠山陽奈子(どうしよう・・・キスが気持ちいいなんて)
満弦「陽奈子・・・陽奈子・・・」
遠山陽奈子「っ・・・ふぅ・・・」
遠山陽奈子(頭の中・・・溶けちゃう)
どれほどそうしていたのか──。
長い余韻のあと、気づけば私は身体に力が入らない状態で、自ら満弦に抱きついていた。
遠山陽奈子「え・・・や、やだ、私・・・ごめん!」
慌てて離れようとするも、満弦が再び私の体をがっしりとホールドしてくる。
満弦「何故謝る? 甘い口づけを交わした相手に遠慮などいらぬ」
遠山陽奈子(なんて恥ずかしいこと言うのよ)
満弦「それに、お主はわしを好いておるだろう? ならば当然の反応といえような」
遠山陽奈子「私が、満弦を好き?」
遠山陽奈子「待ってよ、確かに嫌いじゃないとは言ったし、キスも・・・受け入れちゃったけど・・・」
遠山陽奈子(そりゃ、ドキドキもしたけど!)
遠山陽奈子(き・・・気持ちいいとも思っちゃったし・・・)
自分でも、どうして拒絶しなかったのか分からず、私は頭の整理がつかない状態だった。
満弦「誤魔化そうとて、今度ばかりはそうはいかぬぞ」
満弦「今の口づけでわしは確信したのだ。 お主はわしを好いておると」
そう言って、満弦は抱きすくめていた私の手を取り口元へ持っていくと、今度は手の甲へとキスをした。
遠山陽奈子「んっ・・・」
満弦「これだけで吐息が出るほどわしを感じておるではないか」
遠山陽奈子「そ、そんな」
満弦「ではこれはどうじゃ」
満弦は初めて会った夜と同じように、私の指先を甘噛みするように口を含み、舌でなぞった。
遠山陽奈子「っ・・・!」
満弦「ほら、嫌ではないだろう?」
くすりと笑う満弦を前に、一気に顔が熱くなる。
このまま火が出るんじゃないかと思うほどだった。
遠山陽奈子(なんで、嫌じゃないの?)
遠山陽奈子(私、本当にどうしちゃったの!? まさか私、本当に満弦のことを──⁇)
満弦「ふふ・・・陽奈子」
ビクン!
息を吹きかけるように耳元で名前を呼ばれて、足元から力が抜けそうになる。
満弦「お主は存外、名前を呼ばれるのが好きなようだ」
満弦「もっと、呼んでほしいか?」
遠山陽奈子「や・・・もう、イジワル、しないで・・・」
満弦「陽奈子」
遠山陽奈子(ダメ・・・また、何も考えられなくなっちゃう)
満弦「陽奈子、お主がほしい」
満弦の力強い腕に包まれて、望まれて、私はどうにかなってしまいそうになる。
遠山陽奈子(こんなにドキドキするなんて、やっぱり私、満弦のこと好きになっちゃってるの・・・かな・・・?)
遠山陽奈子(だったら、満弦と結ばれてもいいの・・・?)
そんなことを考えて、満弦の背中に手を回しかけた時だった。
満弦「これで婚姻の儀を果たせば、わしの力も元に戻る」
満弦の言葉が冷たく重い鉛となって、体の奥底に落ちていくのがわかった。
遠山陽奈子(そうだった)
遠山陽奈子(満弦は、私の霊力が欲しいから結婚したいんだ)
遠山陽奈子(つまり、満弦は・・・)
遠山陽奈子「満弦は私のこと、好きじゃないんだよね」
満弦「む。どうした急に」
遠山陽奈子「だって満弦は、私の霊力が欲しいだけなんだもんね?」
満弦「前にも言うたが、わしはお前を気にいっておる」
満弦「それ以上、何を望む?」
満弦「そもそも、人間が神を愛し敬うのは当然なれど、神が人間を“好き”になどなるものではないだろう」
頭を殴られたような衝撃が走り、唐突に、子供の頃の記憶が蘇る。
〇黒
私は忘れていたのだ。
“人間ならざるモノ”である彼らが、いかに私たち人間とは違うかということを。
〇けもの道
遠山陽奈子「みーちゃん、待ってよー」
タツミ「ひなこは足が遅いのう」
タツミ「早くしないと、山のてっぺんにつく前に陽がくれるぞ」
遠山陽奈子「私が歩くのがおそいんじゃないの! みーちゃんがはやすぎるの!」
タツミ「そうかぁ?」
遠山陽奈子「それに、みーちゃんはこのお山の主様でしょ?」
遠山陽奈子「お山を歩くのが、じょうずなのはあたりまえだもん!」
私には、母の実家のある田舎に帰省するたび遊ぶ、特別な相手がいた。
小さな山を統べる蛇のタツミという妖怪だ。
時折訪れる田舎町の子供たちにさえ「オバケ女」と怖がられていた私にとって、彼は唯一の大切な友達だったのだ。
なのに、ある日それは大きな間違いだったことに気づかされた。
〇けもの道
遠山陽奈子「みーちゃん、何してるの・・・?」
タツミ「んあ? なぁんだ、ひなこかー。 何って、食事だよ。見ればわかるだろ?」
遠山陽奈子「だって、それ・・・その仔たち・・・!」
以前から噂の絶えなかった、子犬や子猫や兎や鶏の失踪事件。
大人たちは変質者の仕業だろうと騒いでいた。
けれど、犯人は私の大切な友達だったのだ。
遠山陽奈子「みーちゃんやめて、その仔たちが可哀想!」
タツミ「じゃまするな! ここはオレのなわばりだ! なわばりで狩りをするのは、オレの権利だ!」
遠山陽奈子「でも!」
タツミ「じゃまをするなら、お前を喰うぞ?」
タツミ「そろそろ、ウマそうになってきたと思ってたところだしなぁ」
〇黒
長くて真っ赤な舌をチロチロ出して、私を見据えるタツミの目は、凍り付くように冷たくて。
や、やだ・・・いやああああ!
私は、山を逃げおりて──以来、タツミに会いに行くことはなかった。
〇学校の廊下
遠山陽奈子(あの時と一緒だ)
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