第8話 陽奈子の本音(脚本)
〇学校の廊下
遠山陽奈子(あれって蜘蛛の妖怪!?)
遠山陽奈子(どうしよう・・・なんとかして逃げなくちゃ!)
そうは思うが、必死に身をよじればよじるほど、蜘蛛の糸が絡みつく。
その間にも、大蜘蛛 はキラキラと光る糸を吐き出して、巣を作り続けていた。
私の元に来るまでには、まだ猶予がありそうだ。
遠山陽奈子(でも、このままじゃ絶対ヤバい!)
以前テレビか何かで見たことがある。蜘蛛は捕らえた獲物にかみついて消化液を流しこみ、中から溶かして食べるのだと・・・。
遠山陽奈子「そんな死に方、絶対いや!」
「大きな声を出すな」
遠山陽奈子「ひゃああああ──ムグッ!?」
突然耳元でボソリと声がして、思わず悲鳴が漏れ出た口を、横から現れた小さな手に塞がれる。
なんとか首をひねると、そこには宙に浮く満弦の姿があった。
満弦「わめくなと言っておろうが」
遠山陽奈子「み、満弦・・・どうしてここに?」
満弦「どうもこうもない」
満弦「ただならぬ気配を感じて飛んで来てみれば・・・また厄介なものを引き寄せおって」
遠山陽奈子「私のせい!?」
ギキッ!?
満弦「くっ! マズい!」
暗がりの中で蠢いていた大蜘蛛が瞬時にこちらに振り返る。
それと同時に、再び満弦の小さな手に口を塞がれた。
遠山陽奈子「っっっ・・・!?」
満弦「シッ!」
大蜘蛛「ギ・・・ギキキ・・・?」
私と満弦がすっかり黙り込んでからも、大蜘蛛はじっとこちらの様子を伺っていた。
しかし、近づいてくる気配はないようだ。
それからしばらくすると、大蜘蛛は気がすんだのか再び私たちに背を向けて巣作りに戻っていった。
遠山陽奈子(助かった・・・?)
私はゴクリと唾を飲みこんで、ごくごく小さい声で呟いた。
遠山陽奈子「もしかしてあいつ、目が見えてない?」
すると、やはり満弦も囁くような小さな声で答えた。
満弦「さよう。大蜘蛛は視力が弱い」
満弦「だからその代わりに糸を伝わる音──つまり振動を通じて獲物の場所を感知する」
満弦「わしが大声を上げるなと告げた理由、わかったな?」
黙ってコクコクと、首を縦に振る。
それを見届けてから、満弦はゆっくりと私の目の前に回り込んできた。
満弦「さて・・・」
遠山陽奈子「あいつが戻ってくる前に、早くこの糸なんとかして」
満弦「断る」
遠山陽奈子「は・・・? え? 今なんて⁇」
満弦「断ると言ったのだ」
遠山陽奈子(はぁああああああ!?)
てっきりすぐに助け出してくれるものと期待していた私は、再び叫び出しそうになるのをグッと我慢して満弦に聞いた。
遠山陽奈子「なんでよ?」
満弦「フン。それをわしに聞くのか? ならば答えてやる」
満弦「わしはお主に嫌われておるゆえ、口づけを交わし霊力を補充することが叶わぬ」
満弦「ゆえに、大蜘蛛退治などできぬのだ」
そう言って、プイッとそっぽを向く満弦。
遠山陽奈子(昨日のこと、完全に根に持ってる・・・! なんって面倒くさい神様なわけ・・・!?)
しかし今は、そんな面倒くさい神様をなんとかなだめて助けてもらうしか方法がないのだ。
大蜘蛛は、今はまだ廊下に張り巡らせた巣を大きくするのに夢中だが、いつまた戻ってくるとも限らない。
遠山陽奈子「そんなこと言わないで、ね? 昨日のことは、謝るから」
満弦「どうせ口だけのクセに」
遠山陽奈子「そんなこと言って私を見殺しにするの? そしたら満弦だって困るでしょ?」
満弦「わしは・・・わしは、嫌いだと言われたのだぞ!?」
遠山陽奈子「ちょっ・・・シー! 声のトーン、落としてっっ」
廊下の奥で、大蜘蛛が巨体を揺らす不気味な音がした。
急がないと、すぐにこちらに戻ってくるかもしれない。
遠山陽奈子「だいたい昨日も言ったけど、私、満弦のことが嫌いだとは言ってない。ただ──」
満弦「ただ?」
遠山陽奈子「恥ずかしかったの」
満弦「何がじゃ?」
遠山陽奈子「っ・・・たから」
満弦「ん? 聞こえぬぞ」
不機嫌を隠さない表情で満弦が聞き返してくる。
ちょうど同じ頃、ザザザ・・・と、何本もの足が動いているような音が耳に届いた。
遠山陽奈子「だから、満弦にドキドキしてる自分が恥ずかしかったから、言えなかったの!」
満弦「では、本当にわしを嫌っておるわけではないのだな?」
遠山陽奈子「昨日からずっとそう言ってるじゃん」
すると途端に、満弦の顔が輝かんばかりの笑顔になる。
満弦「そうか・・・そうじゃな。そうだろうの!」
遠山陽奈子(嘘でしょ? 嫌いじゃないって言っただけでこの笑顔??)
遠山陽奈子(こっちが照れるんですけど!)
遠山陽奈子(で、でも、とにかくこれで助かるはず!)
喜んだのも、つかの間。
私はすぐに目を剥くこととなった。
ギギギギーーッ!
遠山陽奈子「ぎゃあああっ! 満弦! 天井! 天井見て」
満弦「ふふん! そんなもの、見ずともわかっておるわ!」
ドスン!
嬉々として声を上げた満弦の背後に、大蜘蛛の巨体が落下してきた。
直後、大蜘蛛が満弦めがけて大量の糸を吐き出してきて──!?
遠山陽奈子「満弦!!」
満弦「この程度・・・造作もないわ!」
大蜘蛛「グギャギャ!?」
投げつけられた大量の糸をこともなげに掴み、引っ張り、反対に大蜘蛛の巨体をひっくり返してしまう満弦。
元の姿に戻ってもいないのに、今日の満弦はなんだか怖いくらいに強い。
遠山陽奈子(もしかして、このまま倒せちゃうんじゃないこれ?)
満弦「陽奈子、今のうちに口づけを交わすぞ」
遠山陽奈子「え、やっぱりするの?」
満弦「お主・・・先ほどわしを嫌ってはおらぬと申した言葉、やはり嘘だと・・・?」
遠山陽奈子「そ、そうじゃなくて!」
満弦「ならばつべこべ言うな!」
満弦「こやつは、かまいたちとは比べものにならぬほど、性質の悪いあやかし!」
満弦「放っておけば、ここで何人もの人死にが出るぞ!」
グギャァアア!
8本の足をばたつかせる大蜘蛛が目に入り、私はすぐに心を決めた。
遠山陽奈子「わかった!」
遠山陽奈子「わかったけど、前回みたいに元の姿に戻ってもらっても──」
満弦「とうにそのつもりじゃ」
遠山陽奈子「あ・・・っ」
低く甘い声が耳に届き大蜘蛛から視線を戻すと、目の前には金の瞳に銀の髪の麗しい姿に戻った満弦がいた。
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