第5話 2度目のキス(脚本)
〇桜並木
満弦「たった今、唇をわしに奪われたばかりだというのに、何故も何もないであろう」
遠山陽奈子(奪われたっていうか、舐められただけなんですけど!?)
遠山陽奈子「あんなの、キスでもなんでもないじゃない! 犬猫じゃないんだから!」
満弦「ならば、改めて口づけしなおそう」
遠山陽奈子(げ。しまった――!)
そう思ったが、時すでに遅し。
満弦は、あっという間に私の背中に片手を回して抱きよせると、そのまま唇を合わせようとしてきた。
遠山陽奈子「って、させないから!」
満弦「・・・なんじゃ、この手は」
ぐ、ぐ、ぐ・・・。
私は、ギリギリのところで、満弦の胸元を両手で押し返しキスを拒んでいた。
満弦「往生際が悪いにもほどがあるぞ」
遠山陽奈子「私が悪いみたいに言わないで。 勝手にキスしようとする満弦が悪いんでしょ」
満弦「口づけし直すと告げたはずじゃ」
遠山陽奈子「こっちは承諾なんてしてません!」
満弦「初めてでもあるまいに。 昨夜すでに口づけを交わした仲ではないか」
遠山陽奈子「あれは致し方なくだから! あんなの、ノーカウントだし」
満弦「なんと可愛げのない・・・!」
遠山陽奈子「そう思うんなら、私を嫁になんてやめればいいじゃない!」
満弦「そうはいかん」
遠山陽奈子「なんでよ?」
満弦「それは・・・」
フッと、満弦が表情を曇らせた。
それは、どこか“寂しさ”のようなものを思わせる表情で。
遠山陽奈子(な、何よ。その顔・・・)
今は大人の姿のはずなのに、私は何故か、子狐のほうの満弦を前にしているような錯覚を覚えて、少しだけ胸がギュッとなった。
遠山陽奈子(満弦は、長く人々から忘れられてたって言ってた)
遠山陽奈子(もしかして・・・ずっと独りぼっちで寂しかったのかな)
遠山陽奈子(だったら──)
遠山陽奈子「私、神様としてなら満弦を大事にしてもいいんだよ?」
思わず言葉が口から飛び出て、押しのけようとしていた手から力が抜けた。
すると。
満弦「そう思うなら、さっさとわしのものになって、お主の霊力を捧げよ」
遠山陽奈子「は?」
耳を疑う言葉が返ってきたと思ったら、その次の瞬間、私は息を飲みこむこととなった。
遠山陽奈子「んんんっ・・・!?」
昨夜の、唇をあてただけのキスとは違う。
満弦の唇の柔らかさと、その奥から流れ込む熱い吐息で頭が真っ白になりそうだ。
遠山陽奈子(なにこれ! 頭がクラクラする・・・!)
遠山陽奈子「もっ、やめ・・・!」
満弦「逃がさぬ」
遠山陽奈子「んーっ・・・!」
いつの間にか満弦の大きな手に顔を包まれて、息継ぐ暇もなく唇を重ねられる。
そのうち足に力が入らなくなって、私はストンと膝を折りそうになってしまった。
とっさに私を抱えた満弦は、先ほどとは打って変わって満足そうに口を開いた。
満弦「ふむ・・・昨夜に比べると、各段に良くなった」
満弦「霊力の補充もまずまずといったところかの」
遠山陽奈子「なによ・・・それ」
満弦「これならば、数時間はこの姿を保っていられそうじゃ」
満弦「というわけで、続きをしようではないか。 安心いたせ。優しくするつもりじゃ」
すすす・・・と、再び満弦の手が腰をホールドしてきた。
遠山陽奈子「離しなさいよおおお!」
ドーン!
思わず、全身全霊の力を込めて満弦を突き飛ばす。
満弦「なっ!?」
満弦は、バランスを崩し、その場に尻餅をついてしまった。
満弦「な、な、何をするか!?」
遠山陽奈子「あなた、私のこと何だと思ってるわけ!?」
遠山陽奈子「私は、あなたの霊力を補充するための充電器じゃないんだからね!」
満弦「何をわけのわからぬことを」
遠山陽奈子「わけわかんないのは満弦のほうよ!」
遠山陽奈子「強引だ強引だとは思ってたけど・・・私のためでもなんでもない!」
遠山陽奈子「満弦が私を利用したいだけなんじゃない!!」
満弦「それの何がおかしい?」
遠山陽奈子(開き直った!?)
満弦「わしはお主の力を必要としている」
満弦「お主は、伴侶を得てあやかし共から身を守れる」
満弦「互いに利益のあることではないか」
遠山陽奈子「利益って・・・! 政略結婚じゃないんだから!」
遠山陽奈子「私は普通に恋したいし、結婚は好きな人としたいの!」
満弦「ならば、わしを愛すればいい。 それで万事問題解決じゃ」
遠山陽奈子「ふ・・・ふざけんなーーーっ!」
遠山陽奈子「私を利用してるってわかってる相手を好きになるわけないでしょうがああ!」
遠山陽奈子「妖怪ってみんなそう!」
遠山陽奈子「自分勝手で、人のことを平気で騙して利用する!」
遠山陽奈子「そうやって、何度私が嫌な目に合ってきたと思ってるのよ」
満弦「わしはあやかしなどではないと、何度言えばわかるのじゃ」
遠山陽奈子「一緒よ!」
遠山陽奈子「神様も妖怪も──私を騙して利用するヤツなんてみんな一緒なんだから!」
腹立たしさに任せて、私はその場を駆け出した。
満弦「これ! これから婚姻の儀をしようというのに、どこへ行く!」
遠山陽奈子「するわけないでしょうが!」
満弦「数時間もしたら、また子供の姿に戻ってしまうのだぞ!?」
遠山陽奈子(知るか、そんなもん!!)
背後で満弦が何か言い続けていたけど、私は無視して走り続けた。
その後は図書館にこもって、すっかり暗くなるまで帰らなかったのは言うまでもない。
〇大学の広場
遠山陽奈子(あ~・・・昨日は最悪だった)
遠山陽奈子(家に帰ったら満弦が小さくなってたのはいいけど、公園に置き去りにしたことネチネチ言ってくるし)
遠山陽奈子(すぐ隙をついて、キスしようとしてくるし)
遠山陽奈子(まあ、ゴハン抜きをちらつかせたら大人しくなったけど)
遠山陽奈子(あれじゃ神様っていうより、まんま犬よ犬!)
遠山陽奈子(そっか! 犬だと思えばいいんだ!)
遠山陽奈子「そうだよ~! 私は犬を飼ってるだけ! そう思わないとやってられない!」
大石梨花「陽奈子んとこ、ペットNGじゃなかったっけ?」
遠山陽奈子「ひゃああっ!?」
突然背後から声をかけられて、飛びあがる。
振り向くと、そこには私の数少ない友達──大石梨花(おおいし りか)が立っていた。
彼女は大学に入ってから知り合って、付き合いは2年ほど。
もちろん、霊感体質のことは言ってない。
今までだったら、霊感体質を知らない相手からも「気味悪い」「なんか変」と言われて疎遠にされることが多い人生だったけど・・・
梨花は、いつもあっけからんとした笑顔で私に付き合ってくれる、貴重な友人だ。
遠山陽奈子「もう、脅かさないでよ」
大石梨花「陽奈子がボーっとしてっからでしょ」
大石梨花「何度も声かけたのにぜ~んぜん、気づかないんだもん」
言いながら、梨花はテーブルを挟んだ向かいのイスに腰かけた。
大石梨花「で、何? 悪いオトコでも拾った?」
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