奇譚 0003 奇妙な夢(脚本)
〇大衆居酒屋
シロサキ「これは奇妙な夢なんですけど」
シロサキ「まぁ夢なんて大抵奇妙なものだろうと思うかもしれませんが、なんというか夢らしくないという意味で奇妙だったという感じでですね」
シロサキ「とてもそれが夢だとは思えないほど鮮明に記憶しているからかな」
シロサキ「何度も見ているからなんだと思うんですがね」
シロサキ「自分にはよく見る夢っていうのがあるんですが、それはある人と会っている夢なんです」
シロサキ「仮にAさんとしておきます」
シロサキ「年上の男性です」
シロサキ「夢の中でAさんとよく酒を飲んでいるんですよ」
シロサキ「居酒屋が一番多いですけど、自分家の時もあればAさんの家の時もあります」
シロサキ「普通夢なら現実にはない店とか自分の家とかでもどこか歪んでたりするものでしょ?」
シロサキ「でも全然そんなことなくて現実と全く一緒なんですよ」
シロサキ「夢だったら何か非現実的なことが起こったりするのに、Aさんと飲んでいる夢では特に何も起きないんですよ」
シロサキ「Aさん以外の夢を見ることだってもちろんありますよ」
シロサキ「そういう時は空飛んだり巨大な猫が出てきたり全然知らない人とよくわからない国を旅してたり、」
シロサキ「普段の夢ははっきり言って支離滅裂なんですよ」
シロサキ「Aさんの夢を見始めたのは10年くらい前ですね」
シロサキ「それから多くて週一回か少なくても月一くらいのペースでAさんの夢を見ていましたね」
シロサキ「そう言えば最初に見た時もこの店で飲んでたんですよ!」
シロサキ「その最初の夢はAさんと二人でこの店で飲んでいるところから始まるんですけど」
シロサキ「当然知らないはずなのにAさんがどこの誰かって言うのはもう知っているんですよね」
シロサキ「考えてみればそういうところはやっぱり夢って感じがしますね」
シロサキ「自分はたまに映像のない夢を見ることがあるんですよ」
シロサキ「なんていうか、文字だけっていうのか、情報だけの夢っていう感じなんですけど」
シロサキ「映像で見るんじゃなくてある情報だけがパッと頭に入っているような、すでにその情報を知っているって感じるような」
シロサキ「まぁそれはいいんですけどね」
シロサキ「Aさんと初めて夢で会った時、Aさんはちょうど40歳なんで今は50歳ですね」
シロサキ「なんかそれも奇妙ですよね」
シロサキ「夢の中だけの人なのに一緒に歳をとっているんですよ」
シロサキ「夢の中でAさんの誕生日祝って飲み代奢ったことだってありますもん」
シロサキ「いつも奢ってもらってたんでそういう時ぐらいはって感じで」
シロサキ「まぁ夢なんですけどね」
シロサキ「初めてAさんと飲んで目が覚めた時は夢だって思わなかったんですよ」
シロサキ「あまりにも現実感があって自然な感じだし、目が覚めてからもAさんは本当にいると自然に思ってましたし」
シロサキ「酔っ払っていつの間にか家に帰って眠っちゃったんだって」
シロサキ「体の中に酒が残ってる感じがありましたよ」
シロサキ「でも実際にはその夜酒なんて飲んでないんですよ」
シロサキ「夢の中で飲んでるだけなのに次の朝二日酔いになってるんですから人間の体ってどうなってるんですかね?」
シロサキ「それで朝起きた時にAさんに昨日自分がどうやって帰ったのか聞こうと思って携帯を見たんですけど、」
シロサキ「当然Aさんの連絡先なんて登録されてないんですよ」
シロサキ「夢の中では連絡先をお互い知っているってはっきり認識していたから一瞬訳がわからなくなったんですが」
シロサキ「昨日の夜は仕事終わってから普通に帰ってきて疲れてすぐ寝たんだっていう事実を思い出して」
シロサキ「ああ、あれは夢だったんだってやっと認識できたんですよね」
シロサキ「夢なんて大抵起きてしばらく経ったら忘れちゃうじゃないですか?」
シロサキ「でもAさんと飲んだ夢は実際にあったことみたいに覚えてるんですよ」
シロサキ「何を話したとかもAさんがどこの誰で何をしてる人なのかもしっかり覚えてるんです」
シロサキ「Aさんは元々大手の広告代理店でデザインやってたんですけど、今は独立して自分の事務所を構えてるんです」
シロサキ「僕の絵を前に広告で使ってくれて、その縁でちょいちょい飲みに行くようになったんです」
シロサキ「Aさんは結婚していてお子さんはいないですが、物凄く気立が良くて美人の奥さんがいます」
シロサキ「Aさんの家にも飲みに行った事があるので何度も会ったことがありますよ」
シロサキ「料理も美味いし、こっちが話が上手くなったって勘違いするくらい聞き上手で3人で飲んでると本当に楽しかったですね」
シロサキ「ある日Aさんの奥さんに似た人を街で見かけたんですよ」
シロサキ「夢の中じゃなくて現実にですよ」
シロサキ「でも一瞬自分が夢を見ているんじゃないかって錯覚しましたよ」
シロサキ「追いかけようとしたんですけどすぐに見失っちゃって」
シロサキ「それで思い出したのが、そういえばこの近くにAさんの家があるなって」
シロサキ「そう思うと行ってみたくなっちゃうじゃないですか?」
シロサキ「それで行ってみたんですよ」
シロサキ「どうだったと思います?」
シロサキ「あったんですよ」
シロサキ「夢の中の記憶通りのマンションが」
シロサキ「実際にそのあたりになんか一度も行った事ないんですよ」
シロサキ「それで思い切ってエントランスからAさんの部屋番号を呼び出してみたら女の人が出たんです」
シロサキ「「Aさんのお宅はこちらでしょうか?」って訊くと「いいえ違います」って言われちゃって」
シロサキ「まぁ当たり前ですよね」
シロサキ「それで何だか狐につままれたような気分で帰っている時にふと気が付いたんですけど、」
シロサキ「さっきの女の人の声がAさんの奥さんの声に似ていたような気がして」
シロサキ「でももちろんそれ以上確かめようもないんですけどね」
シロサキ「さっき見かけた奥さんも本当に似ていたのか、自分の頭がおかしくなって似ているように見えたのか」
シロサキ「それからちょっと怖くなっちゃって」
シロサキ「夢が現実を侵食していくような感じがしちゃったんですよね」
話し終えてシロサキは生レモンサワーのジョッキを飲み干した
シロサキ「ちょっとネットに投稿してみようかと思うんですよね。アカイさんどう思いますか?」
そう聞かれたアカイは島ほっけの骨と身を綺麗に切り分けながら
アカイ「嘘臭すぎないか?」
アカイは島ほっけの脂の乗った白い身を口の中へ入れた
シロサキ「いやいやマジですってマジマジ」
そう言いながらシロサキは立ち上がると腹を摩りながら
シロサキ「膀胱がトイレに行きたがってるんで」
シロサキはトイレに向かった
アカイ(まぁ面白い話ではあるけど、話す相手は俺じゃないだろう)
アカイ(そのAさんってのはどう考えても俺をモデルにしてるじゃねぇか)
アカイ(広告代理店を辞めて独立して、子供はいないが気立が良くて美人の嫁とマンション暮らしで)
アカイ(シロサキとの出会いもあいつの絵を広告に使ったことが縁で今もこうして飲んでるわけだ)
アカイ(まんま過ぎるだろ)
アカイ(いや待てよ)
アカイ(あいつ仕事に使えるんじゃないかと思ってこんな話してんじゃないだろうな?)
そう思ってアカイはしばらく考えてみたが仕事で使えそうもなかった
アカイ(やっぱりネットに投稿する為だけに作ったのか?)
アカイ「全く暇な野郎だな」
アカイ(でももしあいつが本当にそんな夢を見てるっていうなら今は夢の中ってことになるじゃねーかよ!)
アカイ(そしたら俺はあいつの頭が作り出した虚構の存在ってことになっちまうな)
アカイ「まったく勘弁してくれよ」
そんなことを考えながらアカイは島ほっけを食べ終わりビールのおかわりを注文して
そのビールを飲み干してもシロサキはまだ戻って来なかった
アカイ(あいつまさか吐いてんじゃねぇだろうな?)
そう思ってアカイはトイレに行くがシロサキの姿はなかった
アカイ(あいつどこ行ったんだ?)
アカイ(まさか何も言わずに帰ったのか?)
携帯に電話をしてみるがずっとコール音が鳴るだけだった
メッセージを送っても既読にすらならない。しばらく店で待ってみたがシロサキは戻ってこなかった。
一度家に帰ることにした
〇シックなリビング
アカイ(明日の朝連絡してみて連絡がつかないようならシロサキの家に行ってみるしかないな)
アカイは妻に相談してみようと思ったが部屋の電気は消えているのでもう寝ているようだった
アカイと妻は別の部屋で眠っている
静かに自分の寝室へ向かってベッドに入るとすぐに眠ってしまった
夢は特に見なかった
〇シックなリビング
朝起きると妻の姿はなかった
どこかに出かけたのかもしれない
アカイ(こんな朝に珍しいな)
どこかへ出掛けると言っていたか思い出そうとしたが思い出せなかった
特に急ぎの仕事は入っていないので事務所には昼過ぎに行けばいい
まずはシロサキに電話を掛けるがやはり出ない
昨日送ったメッセージも未読のままだ
シロサキの家に行ってみることにした
〇川に架かる橋
シロサキの家はアカイのマンションと電車で二駅の距離にある。
小さいながらも二階建ての一軒家だ
そこで一人暮らしだ
アトリエも兼ねているということだった
駅からは割と遠いのでそれほど家賃も高くないらしい
〇一軒家の玄関扉
シロサキの家に着いた。インターフォンを押してみる
「はい」
声を聞いてホッとしたのと同時に頭にきた
アカイ「シロサキか?どこ行ってたんだよ?心配したぞ!」
つい声が大きくなってしまった。まだ朝と言っていい時間帯だ
アカイは周囲を見渡した
これから通勤するであろうスーツ姿の通行人がこちらを見ていた
アカイ(やべ)
アカイ「おい、とにかく顔見せろよ」
アカイはインターフォン越しに小声で言った
「えっと、どちら様ですか?」
アカイ「え?」
一瞬家を間違えたのかと思って表札を見たが間違えていない
何度もきた事があるシロサキの家だ
アカイ「シロサキさんのお宅ではないですか?」
「シロサキですが」
アカイ(そりゃ表札にもそう書いてるんだから当たり前か)
アカイ「シロサキマナブさんはいらっしゃいますか?」
「私ですけど・・・」
アカイ(どういう事だ?シロサキは昨日何かがあって記憶を無くしてるんじゃないか?)
アカイが頭を混乱させて動揺していると玄関のドアが開いた
そこにはこちらが知っている顔とは違う男が出てきた
怪訝そうにアカイを見ている
アカイ「すいません、朝早くに。他にこちらに住んでいる方っていらっしゃいませんか?」
シロサキ「いいえ、僕一人です」
〇電車の中
アカイは電車の中で考えている
アカイ(どういう事なんだ?)
アカイ(シロサキの家に行ったら同姓同名の知らない男がいた)
アカイ(シロサキは俺が作り上げた妄想の産物か?)
アカイ(バカバカしい)
アカイ(それに今まであいつと会っていた記憶は現実としか思えない)
「それは奇妙な夢だったんです」というシロサキの声を思い出す
アカイ(もし妄想なら携帯にシロサキの番号が登録されてるのもおかしいじゃないか)
アカイ(この番号でシロサキと何度も飲みに行く約束をした記憶がある)
アカイ(でも本当に?)
〇事務所
事務所に着くとアシスタントのアオヤマが「あれ?」という顔でこちらを見た
アカイ(まさかこいつも俺を知らないなんて言うんじゃないだろうな?)
アオヤマ「社長今日はこっち来ないんじゃないんですか?」
アカイ「そんなこと言ってないよ」
アカイは椅子にどかっと座る
アカイ(やけに疲れた・・・)
アオヤマ「そうでしたっけ?」
アオヤマは納得していない顔で仕事に戻る
アカイ(そういえば嫁は今日どこに行ったんだろう?)
気になって連絡しようと携帯で妻の番号を探すが見つからない
アカイ「あれ?なんで・・・」
怪訝な顔をしているアカイを見てアオヤマは心配そうにしている
アオヤマ「どうかしました?」
アカイ「いや、嫁の番号を間違えて消しちゃったかも」
アオヤマ「え?社長いつ結婚したんですか?嫁ってなんですか?」
アカイ「は?」
アカイ(どういうことだ?)
アカイ(アオヤマは俺が結婚していることを知らないはずがない)
アカイ「お前、俺の家にも何度か遊びに来て嫁とも何度も会っているじゃねーか?ふざけてんのか?」
アオヤマ「ふざけてないですよ!家には何度も行きましたけど奥さんには会ったことないですって!」
話は並行線のままだった
〇シックなリビング
妙に疲れて仕事をする気も失せて適当に話を流して家に帰ってきた
嫁はまだ帰っていない
嫁の部屋を見ると物が何もなかった
クローゼットにも自分の洋服だけで嫁のものが一切ない
外は真っ暗だった。さっきまで昼くらいのはずだったのに急に時間が圧縮されたみたいだった
もう何かを考える気力がなく棚からスコッチを出して飲んだ
このスコッチはシロサキが持ってきた物だった気がするが違うかもしれない
決定的に何かがズレてしまったという感覚がアカイの奥深くにスコッチと一緒に沈み込むようだった
〇高級住宅街
既に真夜中だった
〇シックなリビング
携帯が鳴った
シロサキからだった
急いで通話ボタンをスライドさせる
「あれ?アカイさん?やっと繋がった!心配したんですよ!何度かけても電話出ないから!」
アカイ「そりゃこっちのセルフだ!どうなってるのか説明しろよ!」
「うーん」
シロサキはちょっと躊躇ってから話し始めた
「昨日一緒に飲んでる時に話したこと覚えてます?奇妙な夢の話。あれがよくなかったんだと思います」
「あの話をしたらアカイさんいなくなっちゃったから。もう会えないかもなって思ってたんですけど、でも連絡ついてよかったです」
「アカイさんと会ってから十年間ずっと言ってみたかったことなんですよ」
「夢の中で夢にしか存在しない人にこれが夢だってことを言ったらどうなるのかってずっと気になってたんですよ」
「でもそれを言ったことでアカイさんに会えなくなるかもって思ったら、ついAさんって仮名で誤魔化そうとしちゃいましたけどね」
「ちょっと、アカイさん聞いてます?」
〇シックなリビング
アカイの姿は消えていた
スコッチウイスキーは空になっていた
外は永遠に真夜中だった