第3話 狙われた花嫁(脚本)
〇綺麗なリビング
かまいたち「キシャー!」
遠山陽奈子「な、なにあれ!?」
満弦「かまいたち。小妖怪の類じゃな」
遠山陽奈子「かまいたち? あれが!?」
満弦「さよう。何故驚く?」
遠山陽奈子「だって、かまいたちって言ったら、ちょっとおこじょっぽい見た目の可愛いヤツでしょ!?」
かなり昔のことだけど、3匹組のかまいたちに通学路で遭遇したことがある。
あの時は伝承通り「転ばす・切りつける・薬を塗る」の3匹1組になっていて、私も大した怪我はしなかった。
けれど、目の前のこれは──?
かまいたち「キシャー!!」
遠山陽奈子「わっ!?」
私と少しも変わらない大きな体で、鋭い鎌を振り回すから、早くも部屋の中はメチャクチャだ。
遠山陽奈子「や、やめて! 集めた資料が! レポートが! てか、ここ賃貸!!」
満弦「ふむ・・・さすがにあやかし慣れをしておるようじゃの」
満弦「この程度ではさほど動じぬか」
遠山陽奈子「落ち着いてる場合じゃないでしょ! これ、なんとかしてよ!」
満弦「そうは思っておったのだがのう」
かまいたち「グルルルル・・・ッ!」
遠山陽奈子「ひっ! こ、こっち見てる!」
かまいたち「キシャーーーッ!!!!」
遠山陽奈子「きゃああ!」
ブンッ──!
と、大きく振りかぶられた鎌をギリギリ避けて、テーブルの後ろに回る。
かまいたちの鎌は、テーブルの天板に突き刺さっていた。
遠山陽奈子(か、間一髪・・・!)
満弦「上手く避けたものよの。 さすがは、我が妻となる娘じゃ」
遠山陽奈子「のん気なこと言ってないで早く助けてよ! あなた神様なんでしょ!?」
満弦「ふんっ。散々ひとを子狐妖怪扱いしとったくせに、よう言う」
遠山陽奈子「ぐっ・・・」
遠山陽奈子「あ、謝るから!」
満弦「さてどうしたものかのう」
ツーンと、そっぽを向いてしまうお狐様。
思った以上に、根に持つタイプらしい。
しかし、そんなことを言ってる場合じゃない。
テーブルに突き刺さった鎌を引き抜かんと、かまいたちは前後左右に大きく体を揺さぶっていた。
遠山陽奈子(このままじゃすぐに鎌が抜ける! ってか、その前にテーブルが壊れる)
満弦「かまいたちが再び襲い掛かってくるのも時間の問題じゃのう」
遠山陽奈子「い、イジワル言わないでなんとかしてよぉ!」
満弦「ふふ、神とは試練を与えるものじゃからのう」
かまいたち「グギギ・・・グルルッ!」
遠山陽奈子「うぅっ・・・もうっ、何でもする! 何でもするからお願い!!」
満弦「・・・!」
満弦「その言葉、忘れるでないぞ!」
満弦「──縛!」
かまいたち「グギャギャッ!?」
かまいたちが大鎌を引き抜くのと、お狐様が呪文を唱えたのはほとんど同時。
かまいたちは、さっき私がされたのと同じように──いや、それ以上の苦しみを与えられ空中でもがいていた。
遠山陽奈子「やった!」
満弦「喜ぶのはまだ早い」
満弦「これは単なる結界術。 このままでは、やつを滅することはできん」
遠山陽奈子「滅するって・・・こ、殺すってこと!?」
遠山陽奈子「何もそこまでしなくたって・・・!」
満弦「お主が小妖怪をどう捉えているかは知らぬが、これは人の血と精を求めて暴走したあやかしの慣れの果て」
満弦「同情なぞすれば、その身を滅ぼすだけぞ」
遠山陽奈子「でも・・・っ」
満弦「良いか? こやつが狙うは、お主の血ぞ」
遠山陽奈子「わ、私の?」
満弦「さよう。こやつらあやかしにとって、お主の高い霊力は何物にも代えがたい馳走」
満弦「大方、その匂いに引き寄せられてきたといったところだろうが・・・」
遠山陽奈子「そんなのおかしいよ! 」
遠山陽奈子「だって、今までそんなこと一度もなかったのに!」
満弦「これまでのお主は、強力なあやかしに目をつけられぬよう無意識に己を守っていたのだ」
満弦「しかし、わしが伴侶にと決めたことにより、あやかしどもにその存在が知れ渡ることとなり」
遠山陽奈子「ってことは、あなたのせい!?」
満弦「むぐ・・・っ」
満弦「遅かれ早かれ、お主の霊力の高さはあやかし共に感づかれておったはずじゃ!」
満弦「むしろ、わしがお主を娶ることで、その危機は──」
かまいたち「ギシャーーーッ!!」
遠山陽奈子「きゃっ!」
見ると、結界に縛られているかまいたちが、それを押しのけ始めていた。
満弦「いかん! このままでは早々に結界が解けてしまう!」
遠山陽奈子「ええっ!?」
満弦「言うたはずじゃ! 今のわしは力が弱まっておると!」
遠山陽奈子「そんな! じゃあどうすればいいの!?」
満弦「安心いたせ! お主は必ずわしが守る! それゆえ、口づけを──」
遠山陽奈子「こんな時に何言ってるのよ!」
満弦「たわけ! 最後まで聞かぬか!」
満弦「お主の霊力は、わしにとっても力となる」
満弦「お主の霊力を取り込むことで、わしはつかの間、本来の力を取り戻せるのじゃ!」
遠山陽奈子「ま、まさか」
遠山陽奈子「その方法がキス!?」
満弦「わかったならば、早よういたせ!」
遠山陽奈子「は、早ようって言われても・・・!」
目の前の相手は、狐の神様だけど、どう見ても子供なわけで。
遠山陽奈子(こ、こんな小さい子にキスとか・・・)
遠山陽奈子「やっぱ無理!」
満弦「お主、つい先ほど何でもすると言ったばかりであろうがッッ」
遠山陽奈子「だって!」
かまいたち「グギギギギ・・・!」
バチバチと音を立てて、かまいたちの体の周囲に電気のようなものが走る。
今にも結界が破られようとしているのは明白だ。
満弦「このまま死にたいのか!」
遠山陽奈子「うっ・・・うぅ・・・でもぉ・・・初めてのキスが子供とだなんてぇ!」
満弦「ええい、小さきことをゴチャゴチャと」
遠山陽奈子「ひどい! 女の子にとっては、大事なことなのに!」
満弦「ぐむむ・・・ならば、一瞬だけ元の姿に戻る」
満弦「それならばよいのじゃな!?」
遠山陽奈子「そんなことできるの!?」
満弦「だが保っていられるのは、ほんの数瞬」
満弦「だからすぐに、口づけをするのじゃ! 無論、お主からな!」
遠山陽奈子「っ・・・わ、わかった・・・!」
いよいよかまいたちの結界が壊れそうなのを横目に、私はそう答える他なく──
私の言葉を聞き終えるや否や、お狐様は元の麗しくも美しい大人の姿に戻っていた。
満弦「さあ、今ぞ!」
遠山陽奈子「っ・・・!」
遠山陽奈子(ど、どうにでもなれ!!)
突進するようにお狐様の胸に飛び込んで、私は真一文字にひき結んだ唇をぶつけた。
〇黒
ま、まだ・・・?
1秒か2秒か・・・音が消えていくような時間が過ぎる。
〇綺麗なリビング
遠山陽奈子「っ・・・は、はぁ・・・っ」
遠山陽奈子(キ、キスって、あんなに心臓が苦しくなるものなの・・・?)
満弦「うむ。少々硬いが悪くない」
遠山陽奈子「そ、そんなこと言ってる場合じゃな・・・」
切れかけた息を吐く私の視線の先には、大鎌を高々と振り上げるかまいたちの姿が。
しかし。
満弦「言うたであろう。お主は必ず守ると」
ニヤリと笑ったお狐様が振り返ることなく大鎌をかわし、かまいたちの体を鋭い爪で切り裂いた。
次の瞬間、かまいたちは断末魔の悲鳴をあげ・・・
たちまち消えたと思いきや、その場には小さなおこじょのような妖怪が残っていた。
遠山陽奈子「・・・元に、戻った?」
きゅきゅっ・・・きゅー!
遠山陽奈子「あっ・・・逃げちゃった」
満弦「ふん。 これで二度とお主を襲おうなどとはすまい」
遠山陽奈子「それって私を守って、あの子も助けてくれたってこと・・・?」
満弦「・・・ふ。あまり熱い視線を送ってくれるな?」
遠山陽奈子「・・・!」
トクン・・・と、一瞬だけ胸が跳ねた気がして、私は慌ててうつむいた。
遠山陽奈子(うそうそ。今のは、ちょっと見直しただけで、見惚れてたとかじゃないし・・・!)
何だか顔が熱い。
それを気取られないよう、お狐様に背中を向けた。
──その直後。
満弦「では、仕切り直しじゃな」
遠山陽奈子「わっ!?」
フワリと体が宙に浮く。
気づけば私は、お狐様にお姫様抱っこされていた。
満弦「今度こそ、婚姻の儀を始めようぞ」
遠山陽奈子(それって、もしかして・・・!?)