6月3日 生霊 ②バイバイ #シナリオ(脚本)
〇中規模マンション
〇マンションのエントランス
私がやる必要なんてない
失敗するに決まってる
もっとうまく誰かがやれるから
私は私のことで精いっぱいなんだから
言い訳なんていくらでもでてきます。そして、それはあながち間違っていないのです
だって、私は霊能力なんてないし、お化けにあったら怖くて動けなくなります。感性だって死んでません
妹「だけど、それでも、私は挑まなくちゃならないんだ」
「私達をあの世へ運んでくれるの?」
エレベーターから降りる二つの影
薄暗闇の中から、白いワンピースを翻して、泥の中の蓮の如きこの世ならざる美しい微笑をたたえたお姉さん
そして、まだ幼い容姿で無邪気な笑みを見せる、死体の皮を合わせたパッチワークを引きずる少女
満ちる空気の質が変わる。今までのお化けと違い、悪臭や死臭などはせず、清らかさすら感じさせる柔らかなもの
それがこの二人が他のお化けとは違うことを示していました
私は手にしたスマホを強く握りしめ、あの世タクシーを呼びました
私がお化けに対抗する武器は、兄の遺したあの世タクシーを呼ぶこと。今までどんなお化けも連れて行ってくれた切り札です
いつものように車の音がすると、黒装束の死神が姿を現しました
死神コス「今度はどいつを連れてゆけばいいんだ?」
妹「あの二人を連れて行って」
私はエレベーターを指さし、言いました。が──
死神コス「誰もいないぞ?」
妹「え?」
妹(視えてない? なんで? 今までのお化け、全部視えてたじゃん)
妹「あそこ! あそこだよ! エレベーターの中!」
死神コス「だから、エレベーターのどこだよ?」
妹「なんで、視えないの?」
女性「私たちは空想から生まれた屍体だもの」
妹「空想?」
ふと思い出すのは、ここを見た霊能者の子の言っていた『生霊』という言葉
妹(あの二人がそれだとして、死神には視えないの?)
私の疑問を問いただすより先に、死神は私の肩を掴みました
死神コス「悪いが、俺達は必ず誰か連れて行かなきゃならないんだ」
死神がそう言うと、私の体は、ぐっと強く引かれる感覚に襲われました
それは落ちる、滑るに似ているけど、ちょっと違う。するりと引きずり出されるような感覚でした
その一瞬間の後、見える景色は一転しました
〇マンションのエントランス
世界は白黒に変わり、温度も臭いも、吹き抜ける風すら感じなくなりました。体の重さも曖昧で、意識はぼんやりとします
そして、なにより驚くべきは、マンションの姿でした
マンションの至る所に目と耳と口が生えていました。目は事故物件を見ていました。口は絶えず何かを話し合っていました
妹「もしかして、これ・・・」
女性「死者から見た景色よ」
この目と耳と口・・・これが、複雑に絡み合った生霊
そのマンションの中に、目耳口以外で動く影が見えました
驚くよりも早く、私の体は恐ろしい速さで引っ張られました。目まぐるしく世界が回ります
行く先にあるのは、真っ黒なタクシー
妹「もしかしなくても、私、連れてかれる?!」
死神コス「呼ばれた先に霊がいなかったら、呼んだ本人を連れてくのがルールなんでな」
妹「ちょ、待って! お化けなんてそこら中にいるんじゃないの?!」
死神コス「お前と関係のある霊はいないな」
妹「いつもは向こうから押しかけてくる癖にー!」
妹(そんな、まさか自爆で終わりなんて・・・!)
妹(もうダメ)
と思ったとき、私の体を引く力が急になくなりました
死神コス「なんだ、自分から乗ってたのか」
妹「え?」
タクシーの中には、あの人形がいました
妹「なんで?」
問いかけるより先に、私の体は急速な逆戻しのように後ろへ落ちてゆきます
最後に見えたのは、笑顔で手を振るあの子の姿でした