5月26日 おとりかくれんぼ ①開始 #シナリオ(脚本)
〇中規模マンション
事故物件を中心に起きていた怪奇現象は、いつしかマンション全体に広がっていた
〇マンションの共用廊下
深夜のベランダに見知らぬ人影が映り、廊下から何人もの足音が行き交う音がした
〇地下広場
排水溝からは大量の髪の毛が溢れ、吐き気を催す悪臭を放った
〇散らかった部屋
おっさん「なんでこんな目に!」
男は味気ない安物のビールをぐっと飲み干し、空き缶を部屋の隅へ投げつけた
おっさん「こちとら高い賃料払ってるんだぞ!」
男はそう吐き捨てて、机の上のものを払い落し、空いた隙間に突っ伏した
服や空き缶の散らかる、狭くて汚くてみすぼらしい、おまけに幽霊まででてくるようになった部屋
おっさん「こんなとこ、さっさとおさらばしてぇ」
おっさん「でも行く当ても引っ越す金もねぇ。迷惑料として管理人が負担しろよ、くそ!」
「お兄ちゃん、急いでよ! タイムセールはじまっちゃうよ」
「分かってる! ただ誰かがズボンの裾を掴んで来てな」
「その手、地面から生えてるけど・・・」
外から若い男女の声がした
マンションの最上階の、かつて火事があった部屋。住民が次々と変死する部屋に平然と住んでいると有名な兄妹だ
おっさん「あの部屋の奴らか」
マンションの最上階は、この部屋より広く、設備も充実してるのに、家賃はとても安かった
おっさん「俺だって、住みたかったのによ」
おっさん「俺が探してたときは入居済みで、そいつが出て言ったらまた値上げして」
おっさん「そのあとまた下げるとか、ふざけんな!」
おっさん「いいとこに住んだ幸運のぶん、返ってくる不幸も特大だとか、ババアどもが週刊誌の話をしてたが」
おっさん「実際は普通に暮らしてるじゃねぇか。ちくしょう」
おっさん「それどころか、いまやマンション全体に変なことが起きてやがる。あいつらだけ苦しむのがスジってもんじゃねぇのか?」
男はそんなことを愚痴りながら、スマホをいじりはじめた。何か面白いものでも見て気晴らしでもしたかった
すると、まるで惹かれ合うように、ある記事が目に入ってきた
おっさん「こいつは・・・」
それは男の暗い欲望を満たすには、ちょうど良かった
おっさん「へへっ」
〇ビルの裏
男はゴミ捨て場へ駆けつけると、古い人形を見つけるが早いか手に取った
おっさん「へへっ」
〇散らかった部屋
自分の部屋へ戻ると、次は押入れから簡単な裁縫道具を、台所から生米を用意した
準備を終えると、男はニヤリと笑い
鋏を人形の腹に突き立てた
切れ味の悪い鋏だったため、何度も突き刺し、腹を割いていった
十分な切れ込みができたら、中の綿を、これまた雑に抜いていった。今このとき、男は弱者を虐げる暴君の悦びがあった
空になった人形に、生米を詰め、指先を切って血を数滴入れた
そして赤い糸・・・が無かったので白い糸に、これまた自分の血を付けて赤く染め、それで人形の腹を縫う
おっさん「俺が最初の鬼だ。俺が最初の鬼だ。俺が最初の鬼だ」
〇マンションの非常階段
男は小さな悪意に昂る気持ちを胸の奥に感じながら、人形を握りしめる
そして、誰にも見られないよう非常階段を使って最上階へと急いだ
兄妹はいつ帰ってくるか分からない。その緊張感もまたいやらしいスリルになった
〇マンションの共用廊下
階段の隅から廊下を確認し、誰もいないのを確認してから、兄妹の部屋の郵便受けに人形を落とし込む
入っていることに気付かれないよう、念入りに押し込んでいった
おっさん「次はお前が鬼だ。次はお前が鬼だ。次はお前が鬼だ」
おっさん「あとは誰にも見られないように」
と、そこに階段を上る足音がした。足音は止まることなくこちらへ近づいている
おっさん(まずい。ここで鉢合わせしたらバレるぞ)
おっさん「エレベーター!」
男は近くに遭ったエレベーターのボタンを連打した。すると扉はすぐに開いた
おっさん(天の助けだ!)
〇エレベーターの中
おっさん「へへっ、やったぜ・・・」
男がやったこと。それはひとりかくれんぼと呼ばれるものだった
人形がかくれんぼの鬼となり、生者を探し歩く恐怖のかくれんぼ
本来なら男が人形に狙われるのだが──
人形はまずは自分の置かれた部屋の住人を狙うと見込んで、兄妹の部屋に人形を入れたのだ
おっさん「さしずめ、ひとり、ふたり・・・違うな」
おっさん「あいつらを囮にした・・・ そう、おとりかくれんぼだ」
おっさん「はははっ! 兄妹仲良くかくれんぼを楽しみな」