5月12日 水槽(脚本)
〇中規模マンション
〇玄関内
兄がまた怪しげなバイトを取ってきました
( ´∀`)「熱帯魚を預かるだけで、日給一万円だぞ」
兄はそう言って、小さなキューブ型水槽を、うきうきと玄関に設置します
お魚は熱帯魚によくある大きな尾びれを持つ、カラフルなものでした
妹「可愛い」
妹「けど怪しい。素人にお魚の面倒を任せるのも、破格の報酬も怪しすぎる」
( ´∀`)「単にバブリーなだけだろ」
妹「いやいや、未経験者OK、フレンドリーな職場ですの謳い文句に並ぶくらい怪しいよ」
( ´∀`)「どっちも編集長がバイト募集で使ってるぞ」
妹「さすがは編集長。本人含めて、怪しさのスリーセブンが揃ったよ」
( ´∀`)「よし。これで、このバブリーな装置の電源を入れれば設置完了だ」
兄がエアーポンプを作動させると、ぶくぶくと小さな泡が出ます。準備が整い、ようやくお魚と水草が投入されました
お魚は綺麗な尾びれをゆらゆらと揺らして、すぃーっと小さな水槽の中を泳ぎます。とってもキュート
( ´∀`)「あとはこれを入れればいいのか」
兄は最後に肉が少しこびり付いた骨を、ぼちゃぼちゃと水槽に入れました
妹「何してんの?! 異物混入とかいうレベルじゃないよ」
( ´∀`)「これも依頼なんだよ」
妹「はあ?」
オブジェ?にしては野性的すぎる。お魚の餌でもなさそう。微生物でも育ててるの?
奇妙な注文をする依頼人を、少し不審に思うのでした
〇中規模マンション
〇女性の部屋
ズル、ズル、ズルゥ・・・
妹「ん?」
濡れた布束を引き摺る不快な音が、心地よい眠りを破りました
辺りは真っ暗で、スマホの時計は深夜二時。また怪奇現象でしょうか
べちゃっ! ズル、ズルゥ・・・!
べちゃっ! ズル、ズルゥ・・・!
その気色悪い濡れた布の音は、段々と近づいてきて、予想通り、我が家の前で止まりました
鍵を閉めたはずの玄関が開く音がします。また何かが侵入してきました
妹(まきびしがあるから、ここまで来ないだろうけど)
そう安心してましたが──
ぴちゃぁ・・・
今までとは別の水音がしました
ぴちゃ、ぴちゃ・・・ぴちゃぁ!
妹(犬や猫が水を飲む音に似てる。あれをとてもスローにした感じ)
妹(水を飲んでる? 何の?)
妹(水槽! 今日は玄関に水槽が置いてある)
妹(どうしよう?! お魚が危ない)
かといって、外に出るのは怖いです。でも、朝起きたらお魚が骨になってたら可哀そうだし
妹「と、とにかく、お兄ちゃんを起こして」
急いで電話をかけますが、寝入ってるのか出てくれません
妹(役に立たないんだから!)
妹「こうなったら!」
私はお魚のために、私は意を決して
扉に耳を付け、外の様子を伺います
妹「いざとなれば! いざというときは! いざ、いざ・・・」
お魚を見捨てられない気持ちと、恐怖心がシーソーのように大きく揺れ動きます
妹(水音は続いてるけど、お魚が暴れるような音はしてないね。セーフ?)
玄関の扉の閉まる音がして、べちゃぁ、ズル、ズルゥ・・・! と、移動する音が離れてゆきました
妹「満足して帰った?」
一先ず、難を逃れたのでしょうか?
〇中規模マンション
〇高層マンションの一室
水槽のお魚は無事でした。水量は少しだけ減ってますが、骨がなくなり、水が綺麗になってました
私は兄に昨日のことを話すと、兄はあっけらかんとした様子で
( ´∀`)「ああ、そんなこと言ってたな」
妹「知ってたの?!」
( ´∀`)「依頼人が言ってたよ。骨を入れとけば、魚に害はないから、そのままにしているんだとさ」
妹「何、その図太い神経・・・」
まるで兄のようです
( ´∀`)「少なくとも、これで十年以上、無事だからいいんだとさ」
妹「十年も?!」
妹「触らぬ神に祟りなしとはいうけど・・・」
妹(それは本当に正しいことなの?)
妹(手を出さないことと、目を逸らすこと。似ているようで違うと思うんだけどなぁ)
お魚は水槽の中で、スイスイと泳ぎ回っていました