〇黒
　　お侍とリモートワーク撤廃

〇映栄杉家の居間
映栄杉蔵之介「リモートワークを撤廃するとな!?」
部長　「そうだ」
部長　「ウェブ会議にも慣れてきた所だが、私の一存で撤廃することにした」
映栄杉蔵之介「乱心なされたか部長殿！」
映栄杉蔵之介「このサボリやす」
映栄杉蔵之介「否、理想的な労働環境を無に帰すとは！」
映栄杉蔵之介「そんなだからご息女に疎まれるのでござる！」
部長　「ほお？」
部長　「随分と威勢がいいな映栄杉？」
部長　「次の査定が楽しみだ」
映栄杉蔵之介「あいや！」
映栄杉蔵之介「乱心しておったのは拙者でござった！」
映栄杉蔵之介「部長殿のように立派な父は他におりませぬ！」
映栄杉蔵之介「ご息女は難しいお年頃なだけにござろう！」
映栄杉蔵之介「いつの日か、部長殿の素晴らしさに気づきますとも！」
部長　「ふん、まあいい」
部長　「とにかく、リモートワークは撤廃だ」
部長　「映栄杉もそのつもりで―――」
映栄杉蔵之介「お、お待ちくだされ部長殿！」
映栄杉蔵之介「何ゆえ撤廃なさるのです！」
映栄杉蔵之介「納得のいく説明を下され！」
部長　「・・・実は噂を聞いてな」
映栄杉蔵之介「噂とな？」
部長　「勤務時間中に放送されたサッカーの生中継で、観客席にうちの社員が映りこんでいた、との事だ」
映栄杉蔵之介（あ、それ拙者でござるな）
部長　「他にも」
部長　「ある社員が同僚へ業務連絡の電話をしたところ、後ろから野外フェスであろう音が聞こえていた、とも聞く」
映栄杉蔵之介（・・・それも拙者）
部長　「誰がサボっていたかはまだ分かっていないが、流石に見過ごせん」
映栄杉蔵之介（まだサボりの犯人が拙者だとはバレておらぬのか・・・）
映栄杉蔵之介（ならば！）
部長　「残念だがリモートワークは―――」
映栄杉蔵之介「部長殿！　果たして、その噂は事実にござろうか？」
部長　「なに？」
映栄杉蔵之介「サッカー中継に映った社員」
映栄杉蔵之介「電話で聞こえた野外フェスの音」
映栄杉蔵之介「それらは見間違い、聞き間違いの可能性がござろう！」
部長　「む」
映栄杉蔵之介「そもそも！」
映栄杉蔵之介「部長殿という理想的な上司がいるというのに、サボるような部下はおりませぬ！」
部長　「そ、そうか？」
映栄杉蔵之介「さらに！」
映栄杉蔵之介「リモートワークは通勤時間という無駄な時間を省き！」
映栄杉蔵之介「社員のモチベーションを高め！」
映栄杉蔵之介「今後の業績もうなぎ上り間違いなし！」
映栄杉蔵之介「なれば！　部長殿の昇進も時間の問題にござろう！」
部長　「い、言われてみればそうかもしれない・・・」
映栄杉蔵之介「しかり！」
部長　「リモートワークの撤廃は性急だったか」
映栄杉蔵之介「しかり！　しかり！」
部長　「よし、今後もリモートワークを継続して―――」
映栄杉ともえ「父上、映画始まっちゃいますよ」
映栄杉ともえ「まだ準備できてないのですか？」
映栄杉蔵之介「!?」
部長　「今の声は娘さんか？」
映栄杉蔵之介「し、しかり」
部長　「今、映画に行くと・・・」
部長　「まさかサボって」
映栄杉蔵之介「否、否、否！」
映栄杉蔵之介「拙者のような真面目な社員が、サボりなどあり得ませぬ！」
映栄杉蔵之介「部長殿！　信じて下され！」
映栄杉蔵之介「あくまでも！　映画に行くのは仕事の後でござる！」
部長　「・・・」
映栄杉蔵之介「・・・」
部長　「そうか」
映栄杉蔵之介「よし！」
映栄杉ともえ「ねえ早く早くっ」
映栄杉ともえ「始まっちゃいますってば！」
映栄杉蔵之介「ちょっ！　分かったからもう向こうで待っておれ！」
部長　「・・・」
映栄杉蔵之介「・・・」
部長　「なあ映栄杉」
映栄杉蔵之介「な、何でござろう？」
部長　「お前は随分と娘さんと仲が良いな」
部長　「ウチとは大違いだ」
部長　「なにか年頃の娘と仲良くするコツでもあるのか？」
映栄杉蔵之介「そうですなあ」
映栄杉蔵之介「やはり共に楽しむ時間が肝要にござろう」
部長　「例えば何をしているんだ？」
映栄杉蔵之介「つい先日、娘に誘われて一緒に野外フェスへ行って参りました」
部長　「・・・ほお」
映栄杉蔵之介「いやあ、実によいフェスでござった」
映栄杉蔵之介「同僚から電話がかかって来たのは誤算であり申したが！」
部長　「・・・」
部長　「サッカー観戦とかにも、一緒に行ったりするのか？」
映栄杉蔵之介「いかにも！」
映栄杉蔵之介「ちょうど先週、観に行ってきた所でござるよ！」
映栄杉蔵之介「いやあ、まさか中継に拙者の姿が映っておるとは・・・」
部長　「・・・」
映栄杉蔵之介「・・・」
部長　「やはり噂のサボり魔はお前か映栄杉！」
映栄杉蔵之介「ご、誤解にござる！」
部長　「何が誤解だ！」
部長　「今、自白しただろうが！」
映栄杉蔵之介「拙者としたことが！」
部長　「やはりリモートワークは撤廃だ！　撤廃！」
映栄杉蔵之介「そんなご無体な！」