エピソード5(脚本)
〇けもの道
ルシア「美味しいな・・・この飲み物は・・・」
ルシア「なるほど、君の世界では本当に魔法とは別の文明が発展しているのだな」
ユキオから差し出されたホットココアを口にした女戦士ルシアは、口角を崩しながら納得した表情を見せる。
異世界の稀人(まれびと)であるユキオの庇護を買って出てくれた彼女だが、二人が出合ったのは日没後の森である。
当然ながら、人里への出発は翌朝ということになり、お互いの身の上話をする中、
ユキオは恩人となる彼女にココアをご馳走したのである。
これまでの会話でユキオは、現代の地球で発達した科学文明と日本の文化について大雑把ながらルシアに説明していた。
そして彼女からは、この世界、リーミアで独自の発展を遂げている魔法についてより詳しく教えられ、理解を深めていた。
ルシアからすれば地球の石油や電気を利用した科学文明は、ずいぶんと型破りな概念だったと思われる。
だが、ユキオが携帯ガスストーブでお湯を沸かし、
個別のビニール袋に入ったインスタンスココアをアルミ製のカップに入れて彼女に振る舞ったことで、
自分達とは異なる文明が存在することを理解したようだった。
成崎ユキオ「ええ、俺が持っている道具はその文明で作られたもので、俺自身が作ったわけではないんですよ」
ユキオは納得したルシアに改めて説明を施す。握手を交わした後、
それぞれの質問に答え合う形になったが、彼女が特に気にしていたのがLEDランタンだった。
何かを燃やしているわけでも、魔法の作用もないのにこれだけの光量を発していることが、
彼女にとっては神秘あるいは驚愕に値するらしい。
ルシア「うむ・・・魔法が存在しなかったため・・・別の方向で文明が進んだというわけか・・・」
成崎ユキオ「たぶん・・・そうだと思います」
ルシアの結論にユキオも同意する。お互い、それぞれの文明体系を完全に理解したわけではないが、
異なる方向性に進歩していることだけは確かだと納得したのである。
〇けもの道
成崎ユキオ「ところで、ルシアさんの荷物はそれだけなんですか・・・」
根本から異なる文明の接触、この問題を語り合ったら、一晩どころでは済まないだろう。
ユキオは現時点の課題として、目の前のルシアに関する疑問に専念する。
しばらくは彼女と行動を供にするのである。更に詳しい、人となりを知るべきなのだ。
特に彼女の荷物は身に纏った武具と、あのオーガーの首が入った麻袋を別にすると、腰に下げたウエストバッグ的な鞄のみである。
今いる場所がどの程度、人里から離れているのかユキオは知らないが、少なくても森で一夜を明かすにしては軽装と思われた。
ルシア「ああ、その通りだ。逆にユキオの方は・・・まるで行商人だな。あと敬称はいらないぞ。ルシアで良い」
成崎ユキオ「敬称・・・わかりました。確かに、幾つかの道具は好みで持ち歩いていますが・・・」
ルシアの指摘にユキオは苦笑で答える。バックパックキャンプの本質は、快適性と重量の等価交換である。
快適性を重視すると荷物が増え、軽さを求めると快適性が下がる。
その辺りを本人の好みとキャンプ地の場所や季節等で
持ち込む道具や荷物を選択するのがバックパックキャンプの醍醐味の一つなのだが、
ユキオはルシアの指摘の通り、重さよりも快適性を重視する傾向が、ややあった。
テントとは別にタープを用意したり、薪で暖と調理が出来る焚火台を所持しながら、ガスストーブも別に所持したり等である。
もっとも、それでも全体の重量は食料と水込みで10㎏程度に抑えているので、そこまで大荷物というわけではないのだが、
ルシアからすればユキオの姿は行商人のように見えるらしい。
〇けもの道
成崎ユキオ「ルシアさ・・・ルシアは野営・・・寝る時はどうしているんですか?」
この世界の一般的な文化なのか、ルシア個人の流儀なのかは現時点では不明だが、
本人の希望ということもあり、ユキオは彼女の要請に合わせて、敬称を付けずに問い掛ける。
ルシア「ん? マントに包(くる)まって寝るだけだが?」
当たり前のことを聞くとばかりにルシアはその美しい眉をひそめながら、ユキオの質問に答える。
成崎ユキオ「え?! それだけ? 雨が降った時はどうするんです?!」
ルシア「大きい木か岩の影に隠れて寝るだけだな」
成崎ユキオ「そ、それじゃ・・・真夏ならともかく、今の時期だと寒くないんですか? 風邪を引いてしまいませんか?」
ルシア「もちろん寒い。だから〝錬体術〟・・・魔法で身体の活力を高めて夜を越す」
ルシア「それでも体調を悪くしたら〝治療〟で治す」
成崎ユキオ「魔法ですか・・・」
立て続けの出されるユキオの質問にルシアは淡々と答えるが、
魔法で寒さに耐えるという発想は彼にとって新鮮な考えだった。
魔法が発達したこの世界では、大概の事は魔法で解決してしまうらしい。
神秘の技と思っていた魔法だが、その用途はかなり多彩で大雑把である。
確かに、これでは魔法以外の文明は発達しようがないだろう。
成崎ユキオ「でも、食事はどうしているんです?」
夜の寒さは気合と魔法で乗り越えるとして、食事だけは魔法では解決できないとユキオは改めて問い掛ける。
これまでの印象から、ルシアは料理をするようなタイプに見えない。
レトルトやインスタント食品などは存在しないと思われる世界である。彼女の食生活が気掛かりだった。
ルシア「ああ、街の外での食事は・・・これで済ましている」
見せた方が早いとばかりにルシアは腰の鞄から小袋を取り出すと、その中身をユキオに見せる。
そこにはビーフジャーキーのような干し肉と、堅焼きのビスケット、結晶化しつつあるチーズ、ナッツ類が入っていた。
これらは日本でも保存食として知られる食品だ。つまりルシアは野外では保存食だけで食事を済ませているようだった。
成崎ユキオ「・・・あの・・・もし、夕食がまだなら何か作りましょうか?」
ルシアの食料事情を知ったユキオは彼女に食事を勧める。
何しろ彼女は、命の恩人とも言うべき人物である。今出来る感謝の気持ちは、まともな食事を提供することぐらいなのだ。
ルシア「おお、ユキオは料理が出来るのか、なら頼むよ!」
既に先程のココアで、ユキオの世界の食品の美味しさを理解したのだろう。
ルシアは破顔してその提案を受け入れるのだった。