エピソード4(脚本)
〇けもの道
成崎ユキオ「なんで・・・」
感情的には未だ現在の状況を受け入れられなかったが、
ユキオの理性は女性の言葉を、合理性のある説明として納得すると同時に困惑する。
これが事実なら、いきなり外国に放り出されたのにも等しいからだ。いや、それよりも状況は悪いと思われた。
謎の女戦士「ふう・・・どうやら、君はこのリーミアとは異なる別の世界・・・」
謎の女戦士「あるいは次元からやって来た人間のようだな・・・」
女性の方もユキオと同じ結論に達したのだろう。理解の溜息を吐く。
成崎ユキオ「あの・・・もしかして、俺を元の世界に戻せたりします?」
異世界の人間に出会ったわりには冷静としている女性の態度から、ユキオはこの世界、
彼女がリーミアと呼ぶ世界では自分のような異世界の人間がやって来るのは珍しいことではないのかと、
期待を込めて問い掛ける。
謎の女戦士「・・・残念だが、私は召喚魔法を体系的に学んだことがないから不可能だ」
謎の女戦士「・・・仮に私が召喚魔法の達人だったとしても、」
謎の女戦士「この場で直ぐ君を元の世界に・・・とはいかないだろうな・・・」
成崎ユキオ「そうですか・・・」
その返答にユキオは落胆を隠せずに頭を項垂れる。
魔法と思わしき術を使って、未知の言語を自分に授けてくれた女性ではあるが、
そんな彼女でも異世界の人間を元の世界に送り返すのは出来ないらしい。
どうやら、魔法とやらは用途や目的によって体系が細分化されていると思われた。
謎の女戦士「・・・すまんな。それより君はどこからリーミア・・・この世界にやって来たんだ?」
謝罪の言葉を掛けつつも、女性は更に質問を彼に与える。
入口は当然ながら出口となる可能性があるし、彼女の立場からすればユキオは未知の世界からやって来た異世界人である。
その原因を探るのは当然と言えた。
成崎ユキオ「えっと・・・そう言われても心当たりは・・・いや、たぶんあの時の霧か・・・」
謎の女戦士「霧?」
成崎ユキオ「ええ、突然霧が出て来て・・・今思えば、無理せず休憩でもしていれば、こんなことには・・・」
成崎ユキオ「いや、一本道だったので大丈夫だろうと、道なりにその霧の中を歩いて・・・しばらくして晴れたんですが、」
成崎ユキオ「気付いたら道に迷っていました。もしかしたらあの霧が原因かも・・・」
当時のことを思い出しながらユキオは心当たりを女性に説明をする。
他に原因があるのかもしれないが、あの霧を抜けてから携帯端末が使えなくなったのである。
そこから異世界に迷い込んでいたのなら、それもそのはずだった。
謎の女戦士「うむ・・・その霧が〝門〟の役割を担っていたのかもしれないな。その場所は分かるか?」
成崎ユキオ「・・・えっと、かなり歩き回ったので正確な場所は・・・」
謎の女戦士「そうか・・・いずれにしても私の魔法感知に引っ掛からないことから、」
謎の女戦士「既にその霧は消えているようだな・・・」
成崎ユキオ「そうですか・・・」
女性の結論にユキオは再び落胆の言葉で答える。
謎の女戦士「まあ・・・気持ちは理解出来るが・・・私と出会えたのは不幸中の幸いのはずだぞ」
謎の女戦士「ここに私がいなかったら、君は間違いなくオーガーに食われていたはずだからな!」
成崎ユキオ「そういえば、そんな化怪物がいるって言っていましたね・・・」
気落ちするユキオを女性は慰めるように語り掛けるが、その台詞は逆に彼を怯えさせる。
オーガーが伝説の通りの怪物だとしたら、とても人間が敵う相手ではない。
突然、それまで野営していた森が怖くなって周辺を警戒する。
〇けもの道
謎の女戦士「ふふふ・・・正確には〝いた〟だな!」
謎の女戦士「なぜなら先程、私が退治してしまったからな!」
怯えるユキオに対して、女性は笑顔を浮かべながら答える。
まるでちょっとした雑用を終わらせたとばかりにその口調は軽かった。
成崎ユキオ「ええ?!」
謎の女戦士「ふふふ。ほら、あそこの袋の中にオーガーの首を証拠として持って来ているぞ?」
驚くユキオの反応が心地良いとばかりに女性は親指を立てると、それで後ろ木陰を指差す。
そこには大きく膨らんだ粗末な麻袋が置かれていた。おそらくはユキオに姿を見せる前に手放していたのだろう。
成崎ユキオ「マジか・・・」
麻袋の中身は体積的にバスケットボールと同じか僅かに大きいくらいだ。
これが人型生物の頭部なら身長は3mを優に超えていたと思われる。
そして目の前の女戦士はそんな巨人を軽く屠る実力を持っているということでもあった。
謎の女戦士「君はオーガーを見たことないだろう。今、見せてあげよう!」
成崎ユキオ「い、いや!! 大丈夫です!! 本当に!!」
女性は嬉々として自分の戦果を披露しようとするが、ユキオは丁重に辞退する。
今はただでさえ、精神的に弱っているのである。
生首のようなショッキングな代物を見て、更に精神的なダメージを負いたくなかった。
謎の女戦士「そうか・・・まあ、無理に見せることもないか・・・」
幸いにして彼女も無理強いする気はないようで、大人しく引き下がってくれた。
〇けもの道
謎の女戦士「・・ところで君はこれからどうする?」
謎の女戦士「当てがないのなら、どこか人里か街まで連れて行ってあげようか?」
成崎ユキオ「えっと・・・そうですね・・・あ、ありがとうございます! お願いします!!」
話が一段落したことで、女性はユキオの提案を告げ、彼は即答する。
異世界にやって来た実感はないが、この世界はオーガーのような怪物が実在する世界なのである。
現地人のアシストを受けられるのは願ってもない幸運だった。
謎の女戦士「うむ。そういえば・・・まだ君の名前を聞いていなかったな?」
謎の女戦士「私はルシアだ。君は?」
成崎ユキオ「ああ、俺は成崎ユキオです」
ルシア「ナ、ナルザキユキオ・・・長いな・・・」
ルシアと名乗った女性はユキオの返答にその整った顔立ちを僅かに曇らせる。
日本人同士なら前半のナルザキが苗字であることは察しがつくと思われたが、
流石に言葉が通じても細かい文化的要素までは伝わらないらしい。
成崎ユキオ「えっと、成崎が苗字で名前はユキオです」
ルシア「なるほど・・・君の世界では他人にも真名を・・・。では、ユキオ、よろしくな!」
ルシア「だが、このリーミアでは、よほど親しい人間以外には苗字は名乗らない方がいいぞ!」
納得したとばかりルシアはユキオに警告を告げると、利き手である右手を差し出す。
成崎ユキオ「えっと・・・これは・・・あ、握手か・・・よろしくお願いします!」
それが握手であることに気付いたユキオは慌ててルシアの手を握る。
美女に触れる機会ではあったが、ユキオの期待に反して彼女の掌はマメだらけで皮膚は角質化されていたのだった。