エピソード3(脚本)
〇けもの道
謎の女戦士「・・・私の言葉が理解出来るかな?」
成崎ユキオ「ええ!! あ、はい! 理解出来ます!」
唐突に発せられた女性の日本語の問い掛けにユキオは驚くが、直ぐに肯定の意志を表わす。
彼女の凛とした声が奏でる発音はネイティブの日本人と全く遜色がない。
成崎ユキオ「に、日本語が話せるんですね・・・」
先程までのやりとりを思い浮かべながらユキオは確認をする。
ここまで日本語が堪能なら、最初からそれを使ってくれれば苦労はしなかったはずである。
謎の女戦士「・・・君が使う言葉は日本語というのか・・・、残念ながら私にはその言語の知識はない」
謎の女戦士「だから、君の方に私達が共通語と呼ぶ西アレン語を理解する力を付与させて貰った」
謎の女戦士「・・・魔法でね」
成崎ユキオ「西アレン語・・・いや、ま、魔法?!」
女性の解答にユキオは幾つかの単語を反芻するように口にする。
西アレン語はともかく〝魔法〟とは承知出来ない言葉である。
謎の女戦士「ああ、ストリック派の根源魔法には自分の知識を他者と共有させる魔法がある」
謎の女戦士「それを応用して君に私が持つ西アレン語の知識を授けた」
謎の女戦士「西アレン語は私の母国語だから、君も母国語として認知しているはずだ」
成崎ユキオ「・・・」
ユキオの言葉を単純な問い掛けと判断したのだろう。
女性は更に詳しい説明を加えるが、理解が追い着かない彼にとっては更に混乱を呼ぶだけだった。
もっとも、その丁寧な回答によって女性が冗談で〝魔法〟という単語を使ったわけでないことは理解出来た。
そうすると、目の前の女性は魔法の存在を信じる〝特殊な思考の持ち主〟ということになるのだが、
現実問題として、先程の光る手や、更にはこうして円滑にコミュニケーションを取れている今の状況と、
客観的には魔法の存在を肯定する材料が揃っていた。
成崎ユキオ「いや・・・ちょっと待って・・・じゃ、俺は今、えっと・・・西アレン語?」
成崎ユキオ「それであなたと会話しているってことですか?」
謎の女戦士「ああ、その通り。王都でも通用する全くの訛りのない完璧な西アレン語だ」
謎の女戦士「おっと、これは自画自賛になってしまうな! ふふふ」
ユキオの問い掛けに頷きながら女性は照れたような微笑を浮かべる。
確かに彼女の言う通りなら、オリジナルである本人が完璧な西アレン語を習得していることになる。
ユキオを褒めることは、自分を褒めるにも等しいことだった。
〇けもの道
成崎ユキオ「王都?! あなたは・・・どこの国の方なんですか?」
女性の笑顔に見惚れそうになりながらも、ユキオは新しく出て来た単語に反応する。
王都とは古風な呼び方だが、ヨーロッパには王国が幾つかある。彼女の外見からして、そちらの出身だろう。
国籍が判明すれば彼女に対する理解が深められると思われた。
謎の女戦士「国? 出身地のことか? それとも所属のことか?」
謎の女戦士「出身はアレンディア王国の王都バレッタで、所属は一応・・・王国軍になるのかな」
謎の女戦士「・・・いや、それより君の方こそ何者なんだ?」
謎の女戦士「こんな人食いオーガーが出ると噂されている森の中で、武装もせずに灯かりを煌々と付けながら野営するなんて、」
謎の女戦士「命知らずにも程があるぞ!」
どこか気まずそうな顔をしながら女性は自分の身の上を告げるが、
彼女の方もユキオの正体が気になっていたのだろう。
彼の身の上を問い掛け、更に肝心なことを思い出したとばかりに叱りつける。
成崎ユキオ「えっと! それはその・・いや、俺は普通の日本人だけど・・・人食いオーガー?!」
成崎ユキオ「もしかしたらとは思っていたけど・・・ここは日本じゃないのか?!!」
突然、叱られたユキオは萎縮するが、オーガーの単語を聞かされたことで、
女性との間にあった齟齬の根本的な問題に気付く。
オーガーとはヨーロッパの物語や伝説等で語られる、いわゆる巨人のことである。
日本の鬼に相当する怪物で粗暴でその体格に相応しい怪力を誇り、近隣の村を脅かすが、最後は英雄に倒される役割を担っていた。
そんな怪物や魔法の実在を信じて疑わない女性の態度と、それを裏付ける現象から、
ユキオは自分がどこか別の世界に迷い込んでしまったのではないかと、想定したのである。
謎の女戦士「ニホン? 聞き慣れない国か地域だな」
謎の女戦士「顔付きや西アレン語が通じないことから、この大陸の者ではないとは思ってはいたが・・・」
成崎ユキオ「マジか・・・」
女性は日本の存在をまるで初めて聞いたかのように困惑する。
もしかしたら、この女性が手間暇を掛けてユキオを騙している可能性もあったが、
それでは先程の手そのものが光った現象を説明することが出来ない。
あれは断じて、トリック等の安っぽい代物ではなかった。