エピソード2(脚本)
〇けもの道
ユキオがバックパックキャンプを趣味としてから数年が経過している。
出掛ける頻度は季節によって差があるが、平均すると月に二回はキャンプをしている計算になる。
あくまでも趣味の範囲ではあるが、ベテランと呼んでも差し支えはないだろう。
当然ながらユキオは野生動物にも、これまで何度か遭遇している。鹿や猪等だ。
初めて猪を見掛けた時は緊張したが、基本的に動物は感覚器官が優れているため、
彼の存在に気付くと先に逃げ出している。
稀に猪が人間を襲ったことがニュースなるが、あれは何かしらの理由で興奮状態にあったからだろう。
基本的に人間が刺激しない限り野生動物の方から逃げ出すのが常だった。
なので、ユキオは背後から聞こえた足音を野生動物のものとは思えなかったのである。
それに加え二足歩行の人間と四足歩行の動物とでは僅かに足音が異なる。
おそらくは重量と歩幅、バランスのとり方が関係しているのだろう。
明確に聞き比べたわけではなかったが、ユキオの勘は足音の正体は人間だと告げていた。
そして、人間ならばこんな携帯端末の電波が届かない暗い森の中を出歩くような性質の持ち主ということになる。
出来る事なら、出合いたくないタイプの人間と言えた。
それでもユキオは振り返って足音の正体を確認する。
もしかしたら自分と同じく道に迷ったバックパッカーの可能性もある。遭難者なら助けるべきだからだ。
成崎ユキオ「え?!!」
LEDライタンの人工的な光に照らし出される人影を見た瞬間、ユキオは思わず驚きの声を上げる。
ある程度の覚悟はあったが、その姿なりは彼の想定を軽々と越えていたからだ。
まず目に付いたのはその格好だ。彼あるいは彼女はマントを被り、
その下には金属の鎖を編み込んだ鎧、いわゆる鎖帷子を着込んでいて、
腰に巻かれたベルトには長剣一本と予備の武器と思われる短剣を装備していた。
それだけでも驚くべき事実だが、さらに意外だったのは金属製の面頬から漏れる金髪と、整った目鼻立ちである。
長い睫毛と顔立ちから若い外国人女性だと思われた。それもかなりの美人である。
彼女を見掛けた場所がアニメやゲームのイベント会場なら、プロのモデルかコスプレイヤーだと納得するのだろうが、
今は場所が場所である。それに加え、鎧の重量感とユキオを見つめる彼女の鋭い視線は、
本能的に〝本物〟だと思わせる説得力があった。
〇けもの道
謎の女戦士「%&$ #`*$&?」
数秒間、お互いを値踏みするよう見つめていたユキオと鎧の人物であったが、
先手を切ったのは相手側だった。ユキオには聞き慣れない言語で何かを問い掛ける。
成崎ユキオ「え?! 何語?」
驚きながらもユキオは、その良質のフルートを思わせる声から相手が女性であると確信する。
もしかしたら非常に美しい男性である可能性もあったからだ。
質問の意味は理解出来なかったが、彼にとってこの事実は喜ばしいことだった。
目線がほぼ水平に合うことから、女性の背丈はユキオと同じ175㎝程度で、年齢は二十代前半と思われた。
謎の女戦士「@#&% $%&# &%$`#@!!」
ユキオの反応に彼女はやや苛立ったような声を上げると、距離を詰めるために彼に向って歩み寄る。
美人とは言え、武装した不審者に近付かれるので、ユキオは極度の緊張に捕らわれる。
だが、森の中に安全な逃げ場等ないことと、彼女の正体を知りたいという好奇心が彼をその場に立たせ続けた。
ユキオまで、およそ2mの地点で足を止めた金髪美人は、不思議そうな表情を浮かべながら彼をまじまじと見つめる。
まるで日本人を初めて見たような反応だ。特に彼が手にしているLEDランタンには何度も視線を留めていた。
もっとも、ユキオの方はあまり生きた心地はしなかった。
彼には格闘技や武術を本格的に訓練した経験はなかったが、
女性が保ったこの2mという距離が攻撃を仕掛ける、あるいは攻撃を捌く、絶妙の距離であることを見抜いていた。
剣は腰に差したままだが、身体をやや半身に置きながら足は肩幅ほど開き、利き手と思われる右手は力を抜いて垂らしている。
完璧なほど隙がない立ち方だった。
〇けもの道
謎の女戦士「&%$#」
しばらくの間、ユキオと周囲を照らすランタン、そして後ろのテントを眺めていた女性だったが、
確認とばかりにもう一度、彼に向って語り掛ける。
成崎ユキオ「いや、やっぱり・・・何を言っているのかわからない・・・けど、ピロシキは美味いと思う」
謎の女戦士「#%&@ $%」
もしかしたらと、ユキオは唯一知っているロシア語を口にするが、
期待した反応はなく、女性は諦めたような表情を浮かべた。
行き詰ったように思えた状況だが、女性はユキオを指差すとこっちに来るようにとジェスチャーを始める。
その要求の意図は不明だが、武器を持った相手の機嫌を損ねるのは利口とは言えないし、
少なくても彼女は美人である。ユキオは変な抵抗をせずに大人しく従った。
素直なユキオの姿に満足したのか、女性は手袋を外して右手を出すと、
オーケストラの指揮者のように動かしながら何かを呟き始める。
それは先程まで彼女が発していた言語とはまた別のようで、読経のような響きを持っていた。
成崎ユキオ「おお!!」
しばらく女性のやることを見守っていたユキオだったが、彼女の右手が淡い光を放ち始めると感嘆の声を漏らす。
明らかに何かの照明器具を使っているのではなく、手そのものが輝いているからだ。
そして彼女はその光る指先をユキオのおでこに向ける。
得体の知れない現象に彼は緊張するが、女性の真剣な眼差しを信じてそのまま耐える。
指先が触れる寸前、ユキオは思わず目を閉じてしまうが、身体は何の異変を感じなかった。
再び目を開ける頃には女性の右手の光は消えていて、彼女自身も先程のような隙のない体勢に戻っていた。