異世界バックパッカー

月暈シボ

エピソード1(脚本)

異世界バックパッカー

月暈シボ

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〇けもの道
  森の小道を進む成崎(なりざき)ユキオが変化に気付いたのは、霧が晴れてしばらくしてのことだ。
  これまで彼は白樺といった比較的に背の低い木々が生えていた道を歩んでいたはずだった。
  それが今では樫や楢といった大型の広葉樹に囲まれている。後ろを振り返るが、特徴的な白樺の白い樹皮はどこにもない。
  いつの間にか自分は植生が異なる場所に迷い込んでしまったと認めるしかなかった。
  ユキオが向かっていたのは小さな湖に設けられた野営地である。
  車両が乗り入れるための道路が舗装されていないので、辿り着くには自分の脚で歩くしかない穴場だ。
  まともな道がないのは観光地としての見所もないということでもあるのだが、
  一人でのバックパックキャンプを趣味とするユキオにとっては、丁度良いキャンプスポットだった。

〇けもの道
成崎ユキオ「参ったな・・・」
  道なりに進めば辿り着ける。そのように思っていただけにユキオは自分の不甲斐なさを漏らす。
  事前の下調べで目的地の湖は白樺の群生地と判明している。
  白樺の姿が見えないということは、目的地から遠ざかっていることを意味していた。
  とは言え、嘆いても仕方がないのでユキオは腰のベルトポーチから携帯端末を取り出す。
  一本道で迷ったのは想定外だが、GPS機能を使えば現在地と目的地への新ルートが知れるはずだからだ。
成崎ユキオ「マジか!」
  だが、ユキオの期待は裏切られる。端末の画面には非情にも圏外の警告が表わされたのである。
  彼が野営地に選ぶ基準は団体客が楽しむような大型のキャンプ場ではなく、
  今回のように寂れた場所を好んでいたが、万が一に備えて携帯端末の電波が届く場所を選んでいた。
  一時間前、最寄りのバス停を降りた時には感度はやや低いものの普通に通じていたので、
  この一時間で圏外に出てしまったことになる。
成崎ユキオ「・・・仕方ない、戻るか・・・」
  渋々とユキオは判断を下す。これまで重いバックパックを担いで来た労力を無駄にするわけだが、
  下手に勘を頼りに動けば更に深みに嵌る可能性がある。ここは素直に戻るのが正解と思われた。
成崎ユキオ「よし!」
  苛立った感情を慰めるようにユキオは自分を鼓舞すると、向きを変えて来た道を引き返す。
  さっきまで出ていた霧のせいで迷ったのなら、十五分も歩けば見知った場所に戻れると、この時のユキオは信じていた。

〇けもの道
  西の空が赤く染まり、広葉樹の葉に覆われた森が一足早く夜の到来を迎えようとしている時刻、ユキオは未だに彷徨っていた。
  彼が引き返す判断をしてから既に三時間が経過しているが、
  依然として見知った場所はおろか、携帯端末が使えるエリアにも辿り着けていなかった。
成崎ユキオ「クソ!! もうここでいいか!!」
  ユキオは森の中で比較的に平坦な場所を見つけると、苛立ちを紛らわすように宣言する。
  もう少しすれば森は完全に夜の帳に包まれる。その前に夜を越す準備を整えなくてはならなかった。
  幸いにして自分はバックパッカーである。元々キャンプをするためにやって来ているので、
  テント等の野営の道具はもちろん、水と食料、更にはそれらを使いこなす知識を持っていた。
  本来なら野営地として許可されていない場所でのキャンプは違法なのだが、このまま夜通し歩くわけにはいかない。
  非常事態として大目に見て貰うしかなかった。もっとも、それを咎める者がいるとも思えなかった。
成崎ユキオ「よいしょっと・・・」
  決断を下した後、ユキオは背負っていたバックパックから、まずは小さ目のレジャーシートを取り出すと、
  それらの上にキャンプに使う道具を順番に取り出していく。肝心のテント、タープ、寝袋、照明器具、調理具等である。
  先が尖った枝や石を足で払いながら、下地となるグランドシートを敷き、ドーム型のテントを設営する。
  テントにも色々と種類があるが、ユキオは登山用のドームテントを好んでいた。
  これは軽くて設営もアルミフレームを組んだ後に、
  各所の穴に通してフックを引っ掻けるだけと、極めて簡単に組み立てることが出来た。
  次に雨や日差しからキャンパーを保護するタープを入れた袋に手を掛けるが、
  張る手間を惜しむと、バックパックの中に戻し、寝袋の下に敷くエアマットを膨らませて寝床の準備に移る。
  今日は四時間ほど森の中を迷い歩いたのである。
  食事を摂ったら直ぐに寝るつもりでいたし、緊急の夜営であるからタープは不要と判断したのだ。

〇けもの道
成崎ユキオ「ふう・・・」
  膨らんだエアマットと寝袋をテント内に敷いたユキオは安堵の溜息を吐く。
  これで疲れた身体を労わる準備が出来たのである。
  三ッ星ホテルのベッドとまではいかないが、エアマットが地面の固さと冷えをかなりの割合で緩和してくれる。
  ユキオにとっては重要なキャンプギアだった
  次に彼はアルミ製の折りたたみテーブルを広げると、
  その上に同じく小さく収納されていたガスストーブを組み立てて夕食の準備を始める。
  疲れてはいるが、食事だけは妥協したくなかったのである。
  本来は調理も兼ねてこのタイミングで焚火も開始するのだが、
  片付けの面倒と山火事のリスクを考えて断念する。
  そろそろ本格的に紅葉が始まる季節ではあったが、焚火での暖を必要とするほどの気温でもないからだ。
  コッヘル、キャンプで使用する収納に優れた鍋で沸かしていたお湯が沸騰したことで、
  ユキオはその中にコンソメスープの素、ケチャップ適量、香辛料、各種野菜、ベーコンを投入する。
  更に短めのパスタを加えて、しばらく煮込めば、彼オリジナルのミネストローネパスタの完成だ。
  ガスストーブの火を止めるとユキオはそのままコッヘルを食器として夕食を開始する。
  あまり上品とは言えないが、キャンプでは道具が限られているし、
  このような豪快な食事を楽しむのも野外活動の醍醐味の一つなのだ。
成崎ユキオ「やっぱり、外で食べる飯はうめぇ!」
  煮込むだけの簡単な調理ながら、温かい食事がユキオの疲れた身体に染み渡った。

〇けもの道
  夕食を終える頃には薄暗くなってきたのでユキオは小型のLEDランタンを取り出す。
  スイッチを入れるだけの手軽さとは思えない明るい光が周辺を照らし出した。
  食事を終えた後は寝るだけなのだが、調理の後片付けだけはしっかりしないと、野生動物や虫に荒らされる心配があるのだ。
成崎ユキオ「よし・・・」
  水の補給は見込みが立たないので、ユキオは常備しているトイレットペーパーでコッヘル等を拭い、
  未使用の食料等をバックパックに詰め戻すと、一仕事終えた満足感から溜息を吐く。これで後は寝るだけだ。
  本来のキャンプ場なら、ある程度片付けた後はそのまま道具をテントの外に置きっぱなしにするのだが、今は緊急の夜営である。
  さすがに熊は出ないだろうが、野犬や猪が出る可能性はある。荷物は全てテント内に収納する。
  中が狭くはなるが、こうしておけば、朝起きたら大事なキャンプギアが無残に荒らされていた。
  ・・・なんてことが防げるからである。
  最後に、近くの木に引っ掛けていたランタンを手に取ったところで、ユキオは落ち葉を踏む足音を聞く。
  それは彼に嫌な予感を覚えさせた。

次のエピソード:エピソード2

コメント

  • キャンプの知識が豊富で勉強になります。さて、ここからどうなるのか…楽しみです。

  • 山歩きの模様やキャンプの手順が、とても詳細に描かれているので作品世界に引き込まれるようでした。確かに森の奥に入り込むと、現実世界から切り離された感覚があり、あたかも異世界に迷い込んだような感覚がありますね。本当の異世界での模様、楽しみにしています。

  • キャンプの基本的な常識に基づいて事細かに描写しているところは感心しました。私も一人キャンプをします。ウンウンと納得しながら読んでいました。

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