其の伍(脚本)
〇後宮の庭
私は明との和睦だけを考え命をも捧げようとしていた。
しかし、一年後もこうして生きさらばえている。
遠く明で戦う侍達に恨まれながらヌクヌクと殿下に媚びへつらっている算盤大名。
これこそが私の罰だ。
だが『今の殿下』を他の者達に無暗に会わせる訳にはいかない。
何と罵られようと『今の殿下』と諸大名は私を通して話してもらわねばならぬ。
なぜなら・・・
太閤「京の河原の小さな橋の下にごみ溜めのような所がありましての~」
太閤「縫針いうてもお上品なもんじゃなく、獣を捌いて皮にしている連中に売っとるんです」
太閤「あそこは臭うて汚うての~」
太閤「あ・・・」
三成「どうなされました?」
太閤「・・・」
太閤「お酒はもういいんで、お茶を下されませんかの?」
太閤「石田様・・・でしたっけ?」
三成「・・・」
三成「どうぞ」
太閤「ところで寧々さんや」
北政所「はいは~い」
太閤「ワシはいつになったら村に戻れるんですかいの?」
北政所「まあまあ日吉丸さん。そう汚い所に戻らんでももう少しゆっくりしていって下さいな」
太閤「そうですな~。急ぐ用事もありゃせんし」
太閤「・・・あ」
三成「ど、どうなされました!」
太閤「そうそう。京の河原の小さな橋の下にごみ溜めの様な所がありましての~」
三成「・・・チッ」
〇風流な庭園
吉継「ほう、針売りの日吉丸とは・・・」
吉継「羽柴筑前守から随分と遡ってしまったものだな」
刑部は笑いを堪えつつ、私の盃を受けた。
三成「笑いごとではない。まるで信長公と出会わなかった日吉丸が、そのまま老いたようだ」
三成「退屈になったら村に帰ると騒ぎだすので、一日中お茶を出し昔話を聞かねばならぬ」
三成「正直、戦さ場よりも過酷だ」
吉継「眠り薬の量を増やしてはどうだ」
三成「これ以上増やせぬ。命に係わる」
吉継「囲碁の相手でもして時を潰せばどうだ」
三成「昔の話をすること以外面倒臭がって何もしようとせぬ。足が痛いだの腰が痛いだの。年寄りとはああいうものなのか?」
三成「しかも何度も何度も同じ話を繰り返し繰り返し・・・」
三成「ああ今でも頭に響く『京の河原の小さな橋の下にごみ溜めのような所がありまして』」
八方ふさがりの私に刑部はいっそ家中の方々に助けを求めろと告げてきた。
馬鹿を申すなと意地を張る私に刑部は怒鳴った。
吉継「自惚れるな!」
吉継「お前ごときが全ての采配を振るえると思うてか。豊臣家は家族であろう。今助けを求めず何とする!」
吉継「大体、私は病気なのだ!気力がないのだ!愚痴はうんざりだ!」
三成「す、すまぬ」
最後に友の本音が出たとあっては私も助言に従う他はなかった。
治部少輔ではなく豊臣の子、佐吉として。
〇城
まあ、大体予想はついていた。
殿下の惨状を聞いたお茶々様は・・・
すぐに秀頼様を殿下から遠ざけ淀城に引っ込んでしまった。
甥の金吾も他の奉行衆も、政を理由に伏見から離れていった。
秀秋「あ、あとは頼むぞよ。筆頭殿」
加賀宰相殿はもとより他家。所詮他人事。
加えて・・・
利家「しっかりせんか治部!おまえが左様な調子では豊臣家は内府に潰されてしまうぞ! 大体うぬの日々の態度が方々に敵を作り」
利家「コラ待たんか!話はまだ・・・」
〇後宮の庭
だがここにきて、意外な男が意外な才能を発揮した。
正則「ほう、京のゴミ溜めか。そりゃ随分難儀な所で働いてたんだな」
正則「なら日吉よ、そんな所出て侍になってみねえか?」
太閤「お侍ですか?」
正則「ああそうだ。尾張の織田信長は身分に関係なく取り立ててくれると聞くぜ」
太閤「こんな年寄りでもですか?」
正則「年齢経歴不問らしいぜ」
太閤「そりゃいい事を教えてくれた」
太閤「よ~し!わしゃあ侍になるぞ~!」
太閤「ゆくゆくは城持ち大名じゃ~!」
本国防衛の要として唐陣より外れて貰った市松が妙なやる気を出してきたのである。
正則「いいか治部。お世話というのはこういうもんだ」
正則「押し付けず相手の気持ちを汲むんだ」
正則「魂と魂とを通い合わせれば、その繋がりを人は決して忘れはせん」
三成「な、なるほど」
私は少々、市松を見くびっていた様だ。
〇幻想空間
魂の繋がりが人の人生を紡ぐ。
忘れ得ぬことのない記憶となって。
そうだ。
この調子で日吉の止まった時間を進めればその記憶はやがて太閤秀吉へと辿り着き。
太閤「京の河原の橋の下に、ごみ溜めの様な所がありましてのう~」
〇後宮の庭
正則「おい日吉・・・お前、侍になるんじゃねえのか?」
太閤「はて、何の話ですかいの?」
太閤「ではそろそろ村に帰らんと・・・」
正則「貴様あああああああああああああああ!」
正則「お前は織田信長の下で侍になるのだああ!」
正則「昨日話したであろうがああああああああ!」
太閤「く、苦しい~」
正則「てめえ!苦しいじゃねえ!思い出せジジイぶっ殺すぞ!」
三成「や、やめんか市松!」
太閤「ひい~すみませぬお侍様。ワシは阿呆じゃから何も分からんのですう~!」
太閤「帰して下せえ~!もう村に帰るうう~!」
正則「好きにせいジジイ!」
結局、素敵なお侍様市松は大大名福島正則の顔に戻り本国へ帰っていった。
太閤「ワシも帰る~。村に帰ります~」
三成「・・・全く」
どうすんだ・・・コレ。
続く