雨呼びの巫女と日照りの神

桜木ゆず

御魂鎮め(みたましずめ)(脚本)

雨呼びの巫女と日照りの神

桜木ゆず

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〇山中の川
紫苑「リン、この辺りは、ぬかるんでる。 足元気をつけろよ?」
リン「う、うん 歩きにくいね・・・」
リン「わわっ──」
紫苑「っと!」
紫苑「大丈夫か? 言った側から・・・ 全く、リンはそそっかしいなぁ」
リン「あ、ありがとう 泥だらけになるところだった・・・」
紫苑「ほら、手貸せよ」
リン「う、うん──」
リン「・・・」
リン「そう言えば・・・」
紫苑「ん?」
リン「昔はこうやって、 手をつないで歩いてくれたよね」
リン「小さい頃の紫苑ったら、 どこへ行くにも私の後を付いてきて──」
リン「いっつも危ないからって、 こうして手を握ってくれてたね」
紫苑「おいおい、いつの話だよ・・・」
リン「うーん、私が7才くらいの時?」
リン「懐かしいね! でも──」
リン「紫苑の手、こんなに大きかったんだね・・・」
紫苑「ん?何か言ったか?」
リン「な、なんでもないよ」
紫苑「・・・」
紫苑(俺が・・・リンを護るんだ。 おじさんや雨音さんの分まで──)
紫苑「リン、日が暮れてきた どこか休めそうな場所を探そう」
リン「うん」

〇集落の入口
リン「ふぅ・・・」
紫苑「リン、疲れただろう もう少しだからな」
リン「うん」
紫苑(助かった、村だ)
紫苑(野宿はリンにはこたえるだろうからな・・・)
紫苑「・・・」
紫苑「どこか泊まれる場所をあたってみよう」
リン「うん。 手前の家から声をかけてみようよ」
紫苑「すみませーん!」
リン「ごめんください」
村長「はい?どなたかな?」
紫苑「我々は旅の者なのですが、」
紫苑「どこか今晩、休ませて──」
村長「あんた達、その格好は陰陽師と巫女様かい!?」
リン「えっ?」
紫苑「は、はい そうですが・・・」
村長「助かった! この村を救ってくだされ!」
「ええっ・・・!?」

〇古いアパートの居間
村長「お疲れのところ、申し訳ないね」
紫苑「いいえ」
村長「座ってくだされ」
村長「今晩はとりあえず 話だけでも聞いてほしいのです」
リン「何があったんですか?」
村長「実は・・・」
村長「この村を祟りが襲っているのです」
紫苑「ええっ!?」
村長「長い昔話になりますが、 どうか聞いて下さい」
村長「かれこれ150年ほど前になります」
村長「この村に戦の落武者が助けを求めて 逃げ込んできたことがありました」
村長「しかし、当時の村長は、 落武者を助けたことが敵の武士にばれれば、 村に危険が及ぶのではないかと考えました」
村長「そして、なんとあろうことか 落武者の首を取り、体ごと井戸に投げ捨てたのです」
紫苑「・・・」
リン「なんてひどい・・・」

〇枯れ井戸
村長「そしてそれから すぐに村に異変が起こりました」
村長「村の民が悪夢を見るようになったのです」
村長「落武者が許さぬ、と言って、 切り付けてくる夢を何度も何度も・・・」
村長「悪夢を見るので、夜は浅い眠りになり、 村の者達は次第にやつれていったそうです」
村長「ですが、村の者は祟りを怖がり、 誰一人として井戸から遺体を引き上げて、 供養しようとする者はおりませんでした」
村長「そんなある日、 たまたま今のあなた方と同じように、 通りすがりの旅の巫女様が見えました」
村長「巫女様は落武者の怨念が強く、 供養することはできないからと、 井戸に結界を張って下さったのです」
村長「それから悪夢を見ることはなかったのですが・・・」
村長「1ヶ月程前、落雷が井戸に直撃したのです」
村長「それから村の者は皆、 悪夢に苦しむようになってしまいました」

〇古いアパートの居間
村長「どうか村を救っては下さいませぬか?」
紫苑「・・・」
紫苑「俺に任せ──」
リン「私がやります」
紫苑「!!」
リン「なんとかできないか、やってみます!」
紫苑「リン・・・」
村長「おぉ!ありがとうございます!」
リン「・・・」
村長「本当にありがとうございます!」
リン「ええ」
リン「・・・ふぅ」
紫苑「・・・」
紫苑「・・・ただし、 今日は疲れていることと、 策もなしに、夜に井戸へ近づくのは危険です」
紫苑「今日のところは休ませて下さいませんか?」
村長「ええ、もちろんですとも」
村長「夕食もご用意致しましょう」
村長「彩(あや)──!」
村長の娘「お父さん?どうしたの?」
村長「この方達に夕食を準備してくれないか?」
村長の娘「ええ、分かりました」
村長の娘「すぐに準備しますから、 居間でお待ち下さい」
「ありがとうございます」
紫苑「リン 今日は休ませてもらおう」
リン「ええ、分かったわ」
紫苑「・・・」
紫苑(大丈夫だ、リン 俺が絶対に護ってやるからな)

〇古めかしい和室
紫苑「・・・」
リン「・・・」
紫苑(くそ、虫の声がうるさくて眠れないな・・・)
紫苑(リンは・・・ 眠ってるな)
紫苑「・・・」
紫苑(かんざし・・・)
紫苑(あいつから貰ったかんざしを 今もまだ大事に持ってるみたいだな・・・)
紫苑(あいつは一体どんな気持ちで、 あの日、リンにかんざしをやったんだろう)
紫苑(俺達全員、殺すつもりだったはずだ)
紫苑(なのに何で・・・ 何でだよ・・・)
紫苑(清継は気づかない振りをしていたが、 リンの気持ちを知ってたはずだ)
紫苑(最後にリンに情けをかけたのか?)
紫苑(そのリンが今、どんな気持ちか!)
紫苑(絶対に許さない・・・)
紫苑(リンがもし、まだ清継を想っていたら・・・)
紫苑(不憫でならない・・・)
紫苑(リン、清継のことなんか、 忘れてしまえよ)
紫苑(お前が泣くのを見たくない・・・)

〇暗い洞窟
リン「・・・」
リン「ん?」
リン「えっ!?」
リン「水の中?! どうして!?」
リン「どこっ?! 寒い、冷たい・・・」
リン「紫苑っ!紫苑っ!!」
リン「助けて!紫苑!」
リン「紫苑っ!」
リン「ここから出して!誰か!紫苑・・・!」
リン「紫苑っ! きよつぐ・・・」

〇古めかしい和室
紫苑(眠れないな・・・)
リン「しぉ・・・・・ん・・・おん」
紫苑(ん?何だ? 寝言か?)
リン「清継!助けてぇ!」
紫苑「・・・!」
紫苑「おい!リン!」
紫苑「泣いてる!?」
紫苑「目を覚ませ!リン!」
リン「えっ?」
リン「し、しおんなの?」
リン「しおん!ううっ・・・」
紫苑「大丈夫か?どうした?」
リン「夢を見たの」
リン「たぶん村長さんが言ってた 落武者の悪夢だと思う」
紫苑「へーきか?」
リン「すごく恐かった・・・」
リン「でももう大丈夫・・・」
紫苑「・・・」
紫苑(リンは今、あいつの名を・・・)
紫苑(リンにとって頼りになるのは・・・)
紫苑(今でもまだあいつか・・・)

〇古いアパートの居間
紫苑「リン、大丈夫か?」
リン「ええ、あれから夢は見なかったから、 ぐっすり眠れたわ」
紫苑「そっか、良かっ──」
「お姉ちゃんお兄ちゃんだれ?」
リン「わっ!」
リン「び、びっくりした・・・」
紫苑「やぁ、おはよう」
紫苑「君は・・・ここの子かい?」
紗矢「そだよ? さやっていうの。 二人はおじいちゃんのお友達?」
紫苑「うん、村長さんのお手伝いをするんだ」
紗矢「もしかして、 落武者のおじちゃんをいじめるの?」
リン「えっ?」
紫苑「ううん、 落武者のおじさんは皆の夢で悪さをしているだろう?」
紫苑「悪さをしているおじさんも、本当はすごく辛いと思うんだ」
紫苑「だから、ゆっくり安らかに、 眠ってもらえたらいいと思うんだ」
紗矢「そうなの・・・」
紗矢「でもおじちゃんね、 苦しくて助けてって言ってるだけなの」
紗矢「紗矢、分かるもん」
紫苑「そうか、じゃあなおさら助けてあげないと」
紫苑「違うかい?」
紗矢「うん──」
紗矢「じゃあ紗矢、落武者のおじちゃんが ヤスラカニ・・・?眠ってくれるよーに、 お地蔵さまにお願いしてくるね!」
紫苑「あぁ、頼んだ」
リン「ふふっ」
リン「紫苑って案外、子どもの相手が得意なのね」
リン「びっくりしちゃった」
紫苑「ま、3つ下のそそっかしいリンっていう、 子どもの面倒を見てたからな!」
リン「ひどーい!」
紫苑「ははっ!」
リン「・・・」
リン「良かった。 始めてちゃんと笑ったね」
紫苑「えっ?」
リン「紫苑、 ずっとどこか寂しそうに笑ってたから」
紫苑「リン・・・」
リン「さっ! 落武者のおじちゃんを助けに行こっか!」
紫苑「あぁ」

〇集落の入口
紫苑「日も十分に高い。 見に行くなら、 おそらく今が一番良い刻でしょう」
村長「それでは井戸へ案内致します」
「お願いします」

〇枯れ井戸
村長「こ、ここです・・・」
村長「なんと恐ろしい・・・」
紫苑「嫌な気配だ」
紫苑「妖怪・・・ いや、これは悪霊の類いの気配だな」
紫苑「リン、どうする?」
紫苑「結界を張って、 もう一度封印してもいいし──」
紫苑「大変そうだが、二人なら、 ”滅する”ことが出来なくもなさそうだ」
紫苑「だが、もし失敗して──」
紫苑「悪霊の恨みが強まると厄介だから、 俺は結界を張るのがいいと思う」
紫苑「・・・」
紫苑「リン?」
リン「ちょっと井戸を覗いてみる・・・」
紫苑「あぁ、落ちるなよ」
リン「・・・」
リン「──」

〇暗い洞窟
リン「暗い、冷たい・・・」
リン「寂しい想いが伝わってくる・・・」
リン「そこにいますか──?」
  ・・・
リン「何か今──」
リン「──!!」
リン「いる・・・」
リン「あなたは・・・」
リン「あなたは何を望みますか?」

〇暗い洞窟
落武者「許さぬ・・・ 許さぬぞぉぉぉぉ!」
落武者「お前らを呪い殺し、 村を滅ぼしてやるぅぅぅ!!」
リン「・・・!!」
紫苑「離れろっ!リン!」
リン「わっ・・・!」

〇枯れ井戸
紫苑「何してんだよ。 危ないだろ!」
リン「ご、ごめん・・・」
村長「お二人とも! だ、大丈夫ですか?」
リン「ええ」
リン「でもおかげで、二つの事が分かったわ」
紫苑「えっ?」
リン「一つ目は、 まだ少し結界の力が働いてるってこと」
リン「もう一つは、 あの悪霊の怨念の強さ」
紫苑「そんなことが分かるのか?」
紫苑「──」
紫苑「確かに、言われてみれば、 結界の気配が残ってるな・・・」
紫苑「それでどうする? 悪霊は封じるか、それとも滅するか?」
リン「いいえ、どちらもしない」
紫苑「えっ!?」
紫苑「じゃあこのままにしておくのか?」
リン「いいえ、もう一つ選択肢があるじゃない」
紫苑「えっ?」
リン「魂を洗い清めて、天に還すの」
リン「御魂鎮め(みたましずめ)をするわ」

〇古いアパートの居間
村長「御魂鎮めとは何なのですか?」
リン「主に死霊や悪霊の魂を鎮めて清め、 その魂を天へ還す祈祷です」
リン「魂を滅する方が楽ですが・・・ それではあの悪霊は 魂ごと存在が消えるため、救われません」
村長「そうですか、なんと慈悲深いお方だ」
村長「我々は祟りがなくなれば良いので、 あなた方に方法はお任せします」
村長「何か必要な物があれば用意致しましょう」
リン「ええ、ありがとうございます」
リン「それでは紙と、筆を貸して下さい」
村長「分かりました、すぐ用意しましょう」
リン「よし、今夜やりましょう」
紫苑「なぜ御魂鎮めを選ぶ? 滅する方がまだ成功率が高いだろ?」
リン「さっきも言ったけど、 私は悪霊だとしてもその魂を救いたいの」
リン「助けを求めてやってきた村で、 残酷に殺されて、恨みを抱くのは当然だわ」
リン「突然命を奪われて、 憎みや恨みを持つ気持ちは分かるから」
紫苑「リン・・・」
リン「でね、紫苑にも手伝ってもらいたいの」
リン「紙札を書いてほしい その紙の形は天へ昇る鳥のものをね」
紫苑「あぁ、分かった」

〇集落の入口
リン「準備は整ったわ、行きましょう」
紫苑「あぁ」
紫苑「村の人達は井戸に決して近づかないように」
村長「わ、分かりました」
村長「我々はあなた方の無事をお祈りしています」
リン「ええ、ありがとうございます」
紫苑「じゃあ行こうか」
リン「うん」
村長「・・・」
村長「どうかご無事で・・・」

〇枯れ井戸
リン「やるわよ」
紫苑「あぁ」
リン「落ちたる武者よ 聞こえますか?」
リン「あなたが恨みを抱いてから、100年以上の季(とき)が経ちました」
リン「私はあなたに、 人として天に還ってほしいのです」
リン「どうか、安らかに、清らかに、その魂があらんことを──」
紫苑「・・・!!」
紫苑「気配が強くなった! 来るぞリン!」
落武者「・・・」
落武者「おさまらぬ・・・」
落武者「この恨みはおさまらぬ・・・」
紫苑「リン!下がれ!」
リン「待って!紫苑!」
落武者「だが、もう疲れたのだ・・・」
落武者「我をこの牢獄から出してくれ・・・」
落武者「地獄の炎のような、 この熱く煮えたぎる想いは、」
落武者「我の身をも焼き付くす・・・」
リン「天に苦しみはありません」
リン「きっと、凪のように、 あなたの心が穏やかになるはずです」
リン「あなたのために、心を込めて祈ります」
落武者「あり・・・がとう・・・」
リン「いいえ。 生者として当然のことをするまでです」
リン「・・・」
リン「どうか、鎮まり下さい・・・」
リン「──」
落武者「・・・」
落武者「おお・・・」
落武者「感じる・・・」
落武者「安らぎを感じる・・・」
落武者「・・・」
リン「──」
紫苑「祈祷が届いてるみたいだ」
紫苑「よし・・・」
紫苑「天の龍達よ・・・」
紫苑「この魂を受け入れたまえ・・・ 天の門を開きたまえ・・・」
紫苑「美しき鳥のさえずりと共に、 魂は天へ昇ろう・・・」
紫苑「行け・・・!!」
落武者「・・・」

〇枯れ井戸
リン「・・・」
リン「終わったね」
紫苑「上手くやったな、リン」
リン「うん・・・」
リン「綺麗ね」
紫苑「あぁ、そうだな」

〇古いアパートの居間
村長「ありがとうございます」
村長「昨日は悪夢を見ませんでした!」
リン「あなた方に平穏が訪れて、安心しました」
村長「お礼を!」
リン「お礼なんていりません!」
村長「ですが!」
紫苑「では日持ちする食料をいくつかいただけますか?」
紫苑「それくらいの好意はうけとってもいいだろ?」
リン「・・・そうね」
村長「ええもちろんですとも!」
村長「村から集めて参ります」
リン「感謝します」
リン「良かった、これで一件落着でね」
紫苑「あぁ」
村長の娘「本当にありがとうございました」
リン「いえ 当然のことをしたまでです」
紫苑「そういえば、あの子はどこですか?」
村長の娘「えっ?あの子って?」
紫苑「ほら、6歳くらいの女の子ですよ」
紫苑「確か、頭に白椿の髪飾りを付けてたかな」
村長の娘「6歳くらいの女の子?」
村長の娘「内にはそのような娘はおりませんが・・・」
「えっ・・・」
村長の娘「ささっ、 朝御飯は召し上がっていってくださいな」
村長の娘「支度をしてきますね」
リン「あの子、そういえば・・・」
リン「足音しなかったね」
紫苑「・・・」

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