太閤要介護・惨

山本律磨

其の壱(脚本)

太閤要介護・惨

山本律磨

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〇御殿の廊下
  治部少輔。
  律令制における八省の内の一つ。戸籍関係の管理、訴訟、儀礼全般を取り仕切りまた外国からの接待も行う役職。
  しかし平安時代以降遣唐使廃止に伴い更には戸籍制度解体によりその任務は有名無実化する。
  私が太閤殿下のご下命で任につくまでは。
  石田治部少輔三成
  戦国の終焉と天下統一により政における民衆の把握と対外国交渉は目下の急務となり
  また、この石田三成の実績に伴い治部少輔の名も大きく広く大名達に知らしめる事となった。
  だがこの『治部』という響きが私的にどうにも気に入らない。
  ジブ。
  二文字というものは、響きが軽いというかフレンドリィに過ぎるというか
  つまる所「治部め」だの「治部ごときが」だのという台詞は言われる側の私からしても実に口当たりがよい。
  ジブッ!
  ついつい乱暴に口走ってしまう単語だ。
  おいジブ!
  こらジブ!
  てめえジブ!
  もはや「言いたいだけやん」状態にも陥りかねない単語だ。
  まあ、先の唐陣以降何かと私を目の敵にしている福島や加藤などの陰口に使用されるのは仕方ないと諦めてはいるが
  父とも仰ぐ太閤殿下までも今は私を三成でも佐吉でもなくこう呼ぶのは心に刺さる。

〇屋敷の大広間
太閤「治部!」
  太閤豊臣秀吉
太閤「唐陣休戦より何年経った!」
三成「三年二か月と九日にござりまする」
太閤「我が子秀頼の誕生を寿ぎ、戦を止め考える機会を与えて三年。ようやく和睦の使者を遣わしてくるとは無礼もここに極まれり!」
太閤「最早面会不要ぞ!すぐに斬り捨て戦の支度じゃ!」
  近年太閤殿下は、我ら五奉行五大老に激昂する事が多くなった。
  戦国の覇者豊臣秀吉の激怒に怯まぬ者は、この私と前列中央に侍る三河の狸。
  内大臣徳川家康
  そして天下人の古き朋輩。
  権大納言前田利家
利家「のう三成よ。明の使者が来るのはいつだ」
三成「八月にございます」
利家「こりゃあいかん。八月は秀頼公の誕生月」
利家「使者を斬れば、伏見城を血で汚してしまいますぞ」
太閤「・・・むう」
利家「殿下。明国との講和は何卒穏便に」
太閤「ふん、運のいい奴らめ」
  な、ナイスフォロー!流石前田利家様!
  正直、今のこの国に大国明ともう一度戦をする余裕などない。
  御恩と奉公の時代は応仁の乱を以てすでに瓦解している。領土を与える以外の方法で武家を束ねる方法を考えねば先細るばかり
「はっはっはっは!」
家康「はばかりながら大納言殿。われらは百年に及ぶ戦乱を乗り越えた武士ではないか」
家康「先の戦では惰眠を貪る朝鮮軍に大勝利!」
家康「確かそうであったの戦目付の治部少輔殿」
三成「・・・」
三成「いかにも」
家康「ならば使者など恐れるに足らず。血を恐れ下手に出れば殿下が笑われる」
家康「それは武士が、いやこの国そのものが侮られるという事ですぞ!」
太閤「そうか。やはり斬り捨てよう!」
利家「内府殿。我らは血ではない。穢れを畏れるものである。祟りを、呪いを畏れるのだ」
太閤「う、うむ。確かに・・・」
家康「比類なき槍の又左衛門にして偉大なる加賀宰相ともあろうお方が、使い走りごときの怨念に怯えるとは」
太閤「そ、そうじゃ!今更、使者の首を刎ねるを躊躇うなど・・・」
利家「使者だから祟るのです!覚悟を決めたる者ではない使者だから怨霊となるのです!」
太閤「な、なるほど・・・」
  殿下は近頃どこかおかしい。
  感情が抑えきれない割に主体性がない。
家康「やむおえぬ犠牲など、これまでいくらでも強いてきたはずですぞ!」
利家「相手は異国の者ぞ!どれほどの怨霊となるか見当もつかぬ!」
  他人の意見に引きずられて何が何だか分からなくなり最後は・・・
太閤「ええい!もうよいもうよいもーーうよい!」
太閤「何の為の五大老五奉行か!次の衆議までに話をまとめておけ!」
太閤「この無能どもめが!」
  一事が万事この有様だ。全く最近の殿下は

〇風流な庭園
利家「何を訳知り顔で言うておるか!」
利家「もとはと言えばお前の大本営発表が家康の付け入る隙を与えたのではないか!」
  評定の後、前田様の雷が落ちた。
  ただ私にも言い分はある。
  唐陣は今は日本中が家来となってしまった太閤殿下が彼らに与える御恩、つまり領土拡大の為。
  少なくとも大義名分、その努力はしておるぞよとのアピール。
  本心では休戦すべきという分別くらい殿下も持っているはず。
  だからこそ、先の出兵は圧倒的勝利という報告を捏造しなければならなかったのだ。
  勝者日本が『寛大なる御心をもって休戦』の体裁を取れば無為に財政を圧迫するだけの唐陣をこれ以上続ける必要もない。
利家「ではその分別がなくなっているとしたら?」
三成「まさか殿下に限って」
三成「誰よりも苦労を重ね、誰よりも駆け引きを知る太閤殿下が分別を失い勝ち目のない戦さを続けるなど・・・」
利家「佐吉よ」
利家「あのお方は最早戦国の昇り龍でなく天下人なのだぞ。おいそれとその心を測れるなどとは思わぬことだ」
三成「・・・」
  いつもは煩わしいだけの前田様の説教が、今日に限ってふと腑に落ちた。

〇城
  今の我が主君は戦と駆け引きの天才、羽柴筑前守ではない。
  この国の王、豊臣秀吉なのだ。

〇風流な庭園
  その天下人の心中を想像せねば、我が政は務まらない。
  なぜなら・・・

〇御殿の廊下
  何故なら王の心を測り先を読み、よからぬ企てを目論んでいる
  獅子身中の狸が紛れ込んでいるのだから。
  続く

次のエピソード:其の弐

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