だれのしわざ

反時計

渋谷の語源(脚本)

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〇高架下
  駅周辺──
  昼の渋谷は人でごった返している。
  夏に入る前の街は、ほのかに熱気をはらんだ空気に包まれていた。
  その中を、ふたりの青年が歩いている。
広瀬「なあ、知ってるか? 渋谷の語源・・・」
真鍋「知るわけないじゃん 興味もないし・・・」
広瀬「話も聞いてくれないのか? 今日から興味なし男に改名しろ」
真鍋「はぁ・・・ それでなんだっけ、渋谷の語源?」
広瀬「そうそう 昔、このあたりは入り江だったんだってよ」
広瀬「そんで「塩谷の里」って呼ばれてたらしい 塩谷が、のちに渋谷に変わった、という説がまずひとつ」
真鍋「複数あるの?」
広瀬「河崎重家って武将が、渋谷って名字の賊を捕まえて、それで偉い人から渋谷姓をもらったんだと」
広瀬「それで領地も渋谷になったって説」
広瀬「あとは、川が赤錆色の「シブ色」だったから、とか」
広瀬「シブヤ川の低地が谷だったから、だとか」
真鍋「へえー 一生使わない知識をありがとう」
広瀬「おまえは今日から嫌男に改名しろ」
真鍋「そのうちな」

〇高架下
広瀬「なあ、知ってるか? 渋谷の語源・・・」
真鍋「知るわけないじゃん 興味もないし・・・」
広瀬「話も聞いてくれないのか? 今日から興味なし男に改名しろ」
  ・・・?
  彼らの話、前も聞いたような・・・
真鍋「へえー 一生使わない知識をありがとう」
  やはり。
  彼らの話は昨日も確かに聞いた。
  なぜ、彼らは同じ話をしている?
  どういう意味があるのだ?
  これは、一度調査してみなくては・・・

〇高架下
  彼らを調査して三日目になる。
  不可解なことが次々と明らかになった。
  まず、彼らは昼の渋谷駅前に毎日現れる。
  同じ時間、同じ場所。天気は関係ない。
  そして、決まった時間に同じ話を始める。
  例の「渋谷の語源」話だ。
  彼らのやり取りは、毎日少しも変わらない。
  表情も、声のトーンも、まるっきり同じだ。
  なんて不気味なやつらだ。
  好奇心が抑えられない。
  私は、彼らに声をかけることにした。

〇高架下
後藤「あのう、すみません」
広瀬「え?」
後藤「お二人とも、毎日同じ時間のこの場所で、まったく同じやり取りをしてらっしゃいますよね」
真鍋「はあ」
後藤「それはおかしいことですよね? なぜそんなことをしているんですか?」
広瀬「なぜって言われてもな」
真鍋「そうだな」
後藤「なにをうだうだとしていらっしゃる? はやく理由を! もう耐えられないのです」
広瀬「簡単に言うと、お金がもらえるからッスよ」
後藤「は? 金?」
真鍋「はい この人とは知り合いでもなんでもないです」
広瀬「台本もらってやってるだけです それでとんでもない額のお金がもらえるんス」
後藤「いくらですか」
真鍋「この会話のやり取りで2万もらえます」
後藤「なんだって? あんな5分足らずの会話で、2万!?」
広瀬「法外ッスよね この仕事で俺、スポーツカー買いましたよ」
真鍋「僕はマンションを買いました」
後藤「なんてことだ・・・ ありえないだろう、そんなこと」
広瀬「いやー、信じられないけど、事実なんスわ」
後藤「誰からお金を?」
真鍋「誰とかは知りません ネットの募集に応募しただけなんで」
後藤「一体なんの目的で?」
広瀬「知らねーッス 俺らはただやるだけなんで」
真鍋「今周りにいる人たちも、仕事でやってますよ」
後藤「・・・なんだって?」
広瀬「ほら、あそこのおばさんとか、ギャルも 店員もそうッスね」
真鍋「歩行者も、毎日同じ歩きかたで」
広瀬「車も、毎日同じ速度で」
真鍋「気づきませんでした?」
広瀬「むしろ、めずらしいッスよ この渋谷で、台本なしに動いている人って・・・」
後藤「バカな・・・ そんなバカなことが・・・」
真鍋「時間だよ」
広瀬「なあ、知ってるか? 渋谷の語源・・・」
真鍋「知るわけないじゃん 興味もないし・・・」
後藤「おい、待て きもちわるい やめてくれ」
広瀬「話も聞いてくれないのか? 今日から興味なし男に改名しろ」
後藤「たのむ、やめてくれ こんなこと間違ってる」
後藤「仕事とはなんのことだ? 本当に、渋谷はみんなそれに従っているのか?」
後藤「誰がなんのために? 私にはないのか? 台本は!」
後藤「なあ、たのむよ 誰がなんのためにやっているんだ?」
真鍋「複数あるの?」
広瀬「あとは、川が赤錆色の「シブ色」だったから、とか」
後藤「黙れ!」
  私は一体、なにに足を踏み入れたんだ?
  得体のしれないなにかに、私は騙されている。
  そうに違いない。
後藤「私を騙して、どうするつもりだ! 私は何者にも屈しないぞ!」
真鍋「そのうちな」
後藤「うはははははは!」
広瀬「あ、行っちゃった」
真鍋「渋谷にもああいう人はいるんだな」
広瀬「あ、それじゃおつかれー」
真鍋「おつかれー」

〇高架下
  渋谷の語源のひとつに、こんな逸話がある。
  ある年、無名の谷で、大量の不審死体が発見された。
  死体の顔面は、どれもある表情で硬直していた。
  それはいわゆるしかめっ面・・・
  「渋面」だった。
  渋谷の語源に定説はなく、この話もまた、ただの俗説に過ぎない
  当然、渋谷の人間が台本によって動いていることとは、
  なんの関係もないはずだ。

コメント

  • 日常の光景が急によそよそしくなって自分がストレンジャーになってしまうこの感覚、好きです。どの説も独特で、しかしどこかで因果関係によって繋がっている一つの歴史でもありそうで、興味深いですね。もしかして私は知ってはいけない説まで知ってしまったかな?秘密にしておきますね。

  • 思わず「へぇ」と言ってしまうような雑学と、
    とても独特な世界観が面白かったです!
    この世界に来たら確かに気が狂ってしまいますね…笑

  • 不思議な世界観が素敵でした。

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