その1(脚本)
〇海辺の街
一年に一度。この温泉街に来る。
『次、止まります』
〇田舎のバス停
目的は猿山でも水族館でもない。
太陽から逃げるように海に背を向け山影を目指す。
〇源泉
道の途中に地獄がある。だけどそんなものに興味はない。
鬼もワニも、血の池だって怖くない。
なぜなら・・・
〇幻想2
なぜなら私は・・・
ゾンビだから。
保湿ノZ
〇寂れた旅館
女将「いらっしゃいませ」
女将「お待ちしておりました。武藤いつき様」
Z「アー」
女将「本日もめいろう館にご宿泊頂き有難うございます」
女将「暑かったでしょう。木漏れ日の間、ご用意させて頂いております」
Z「アー」
〇旅館の和室
Z「アー」
女将「いつもご利用ありがとうございます」
Z「アー」
女将「一年に一度。もう五年になりますね」
女将「観光の方もひと通りは回られたでしょう」
Z「アー」
女将「ここは東京と違って新しいものがどんどんって町じゃないですからねえ」
Z「アー」
女将「ではごゆっくり」
Z「アー」
今年も適当に相槌を打つだけ。
会話なんてしたくない。
どうせ何も伝わらない。
なぜなら私はゾンビだから。
〇露天風呂
あー
沁みるなー
やっぱこの旅館じゃないとダメだー
女子「うわー!何ここ超ボロい!」
女子「このボロいのがいいんじゃんか~」
女子「でもナナコの傍、何か浮いてるよ」
女子「ギャッ!カメムシじゃん!」
女子「もー!最悪!」
女子「でたよナナコの掌返し」
菜々子・・・
掌返し・・・
嫌なこと思い出しちゃうな。
〇大衆居酒屋
あれからもう10年か・・・
いつき「で、その頭で面接受けちゃったんだ」
いつき「で、落ちたと」
健也「どう思うよ」
いつき「当然だろ」
健也「え?プログラマーだよ」
健也「髪の色関係ねーじゃん」
いつき「そういう問題じゃない」
いつき「誠意とかやる気とか社会通念の問題よ」
健也「チッ。古臭え」
健也「これからの時代、そんな意見炎上案件だぜ」
いつき「えんじょう?」
菜々子「インターネットで大騒ぎになるって意味じゃないですか~」
菜々子「わかんないけど~」
いつき「ふーん。だから何?」
いつき「所詮パソコンの中の世界でしょ」
健也「そのパソコンの中が現実以上になる時代が来るんだよ」
いつき「フン。オタクめが」
健也「なんだと?お前も俺の家で朝まで炎上させてやろうか!」
いつき「はいセクハラ!」
菜々子「あはははは!」
いつき「コラ。何笑ってんのよ」
菜々子「何ていうか~いつき先輩と健也先輩って、お似合いですよね~」
菜々子「私二人のこと見てると幸せな気分になるんです~」
菜々子「わかんないけど~」
いつき「な、なに言ってんのよ」
健也「だってさ。じゃあお互い後輩のリクエストに応えてみるか?」
いつき「バ、バカじゃないの?」
菜々子「みんなの期待に応えるのが斎先輩でしょ~」
菜々子「わかんないけど~」
『はーい皆さん!宴もたけなわですが新入生歓迎会一次会終了って事で~』
『締めの挨拶を我らが女王武藤いつき先輩にお願いしまーす』
いつき「こら!誰が女王よ!」
菜々子「素敵~女王様~」
健也「期待に答えろ女王様~」
いつき「仕方ないな~」
いつき「一発キメてやるか!」
『よっ!いつきネーサン最高!』
『宴会女王!』
〇ネオン街
いつき「あ、健也も二次会ボーリングでいいよね」
いつき「他にリクエストあるなら・・・」
健也「悪ィ。明日朝イチでバイトなんだ」
いつき「へー珍しいね。夜型人間が朝のシフト入れたんだ」
健也「はは。金欠だからな」
菜々子「あ、私も親がうるさいんで帰ります~」
いつき「あんた一人暮らしじゃなかったっけ?」
菜々子「・・・」
菜々子「親、泊まりに来てるんです~」
いつき「あっそ」
「・・・」
健也「じゃ、じゃあな」
菜々子「私のアパート、健也先輩とは逆方向なんです~」
いつき「だから?」
菜々子「おつかれさまでした~」
いつき「・・・」
いつき「じゃ、じゃあ二人以外はこの女王様について参れ~!」
〇ボウリング場
そして・・・
期待に応えるだけ応えて・・・
気付いたら一人
いつの間にか隅っこに一人
いつもそうだった
『あの~』
『聞いてますか~先輩~』
〇カウンター席
いつき「え?」
菜々子「だから~健也さんと私~付き合う事になったんで~」
菜々子「何ていうか~今までみたいな~ノリ~? やめて欲しいんですけど~」
いつき「ああ、うん、そうだね」
いつき「ゴメンね。気がきかなくて」
菜々子「謝らないで下さいよ~」
菜々子「私が悪いみたいじゃないですか~」
菜々子「わかんないけど~」
いつき「・・・」
菜々子「あ、もしもし~」
菜々子「話ついたから~」
菜々子「もうウザい感じやめてくれるって~」
いつき「・・・」
菜々子「うん。じゃああとで~」
「・・・」
菜々子「それじゃ。お疲れ様でした~」
いつき「・・・はい」
いつき「え?ううん。普通だよ」
いつき「う、うん。居酒屋バッチリ予約取れたから」
いつき「15人だっけ?」
いつき「金曜夜でも余裕余裕!この女王様に任せなさい!」
いつき「あはははは!」
いつき「・・・」
いつき「・・・え?」
その時、初めて窓に『彼女』が映った。
〇雑踏
雑踏の中、一人浮き上がっている
生きる屍
彼女こそがもう一人の自分だという事を
ほどなく私は、知ってしまう。
つづく
いつの間にか心が死んでゾンビになってしまったいつき。お湯に浸かって干からびた心が潤うならそれでもいいけれど、闇が深いですね。菜々子の言動がこれ以上ないくらいホラーなのにリアルによくいる存在なので読んでて辛かったです。
その鏡に映る違う自分に気づけない人もいると思います。その方がましなのかどうなのか別にして、ゆっくりと温泉地で英気を養って現実に戻ってほしいです。