【第六話】ナンセンス(脚本)
〇大企業のオフィスビル
時刻──0610。イコライザー本社ビル前
クリストファー・W・ジーク「ここが、イコライザーの本社ビルだ。覚悟は、出来ているな」
志田聖「ああ、出来ているよ。それに、この場所のことならよく知っている」
志田聖「幼い頃に、何度も入ったことがある。馴染みの場所だ」
クリストファー・W・ジーク「そうか、それは心強い」
クリストファー・W・ジーク「既に、潜入の手筈は整えてある」
クリストファー・W・ジーク「私たちは、社内に潜り込ませたスパイの手引きに従って窓から入るだけだ」
志田聖「不審に、思われないのか」
クリストファー・W・ジーク「これに着替えれば、大丈夫だ」
志田聖「清掃員の、服装か。窓拭きを装って、監視を掻い潜るつもりだな」
クリストファー・W・ジーク「ご名答、物分かりが良いな」
クリストファー・W・ジーク「ルートは、構築済みだ。中に入ったら、私から離れるなよ」
志田聖「既に、怪しいところの目星が付いているようだな」
クリストファー・W・ジーク「ああ、社内に潜り込ませた隊員が見つけてくれた」
クリストファー・W・ジーク「社長の隼人しか入れない、秘密の部屋だ。その分、セキュリティも強固だがな」
クリストファー・W・ジーク「その他のことは、追って説明する」
志田聖「了解、あんたに任せるよ。ボス」
クリストファー・W・ジーク「警戒は、怠るな。くれぐれも、油断するなよ」
〇白
第六話『ナンセンス』
ここには、何も無い。
私が、世界と呼んでいたもの。それらが、単なる電気信号の一種であったことを知った。
全ての感覚が、雲の様にふわふわと漂って定着しない。
その中で、微かに感じた存在がある。
腕を、伸ばそうと思った。声を、掛けようと思った。触れようとした。
だけどただ思考は空を切り、空虚感だけが残った。
ここで出来る事は、一つだけ。考える事、それだけだ。
そこでふと、疑問に思った。
どうして、考えることが出来るのだろう。
私は何故、私を認識することが出来るのだろうか。
〇病院の廊下
それは、目的の部屋に辿り着く直前の出来事だった。
クリストファー・W・ジーク「ジャクソン、貴様とはまたやり合うような気がしていたよ」
ロバート・A・ジャクソン「今の俺は、イコライザーの用心棒なんでね。そりゃあ、出会うだろうよ」
牽制の、銃声が響く。にやついた笑顔のまま、彼はその銃を下ろした。
腕が盛り上がり、筋肉が増強されていく。人間の限界を超え、その姿は異形へと変貌していった。
クリストファー・W・ジーク「お互い、手の内は分かってるんだ。正々堂々、勝負しようか」
ロバート・A・ジャクソン「勝負と言えるものになるかは、分からねぇけどな」
戦闘が、開始される。俺も必死で銃を構えるが、照準が定まらない。
クリストファー・W・ジーク「撃つな」
志田聖「えっ」
クリストファー・W・ジーク「お前は、この先の部屋に向かえ。ここは、私が食い止める」
ロバート・A・ジャクソン「ちっ、させるかよ」
クリストファー・W・ジーク「今の内に、早く」
志田聖「分かった」
二人の様子を横目で確認しながら、俺は目的の部屋へ向かう。
この先に、何が待ち受けているかは分からない。
ただ、垂れる汗に不穏な予感を感じ始めていた。
〇黒背景
俺の心を、暗闇が覆っていた。
誰も、見向きもしてくれない。父も母も、まるで俺なんて存在しないように扱った。
何処にも、居場所なんて無い。ただただ、こんな世界が憎かった。
千里と出会えたことは、何よりの幸運だったのだろう。
彼女の笑顔が、俺の存在を認めてくれた。
生きていても、良いって。俺は、俺自身を誇っても良いって・・・・・・言ってくれている気がした。
久景千里「聖君・・・・・・」
俺自身が認められない俺を、彼女だけが認めてくれた。
久景千里「聖君」
生きる意味を、与えてくれた。だから──
久景千里「殺してよ」
〇実験ルーム
久景千里「私は、一体何者なの」
久景千里「頭が、破裂してしまいそう」
久景千里「助けてよ、聖君」
異様な、光景だった。そこには、千里が並んでいた。
同じ顔、同じ声。脳が理解を拒んだように、真っ白になる。
目の前の、男を見つめる。
彼は、全てを知っているのだろう。余裕に満ちた表情が、それを物語っている。
志田聖「これは、一体どういうことなんだ! 隼人」
久景隼人「礼儀を、弁えたまえ。聖」
久景隼人「また、反省文を書かせるぞ」
志田聖「あんた、いかれているのか」
久景隼人「すまない。もう少しで、イコライザーが完成するところなんだ」
久景隼人「千里の能力を、模倣した装置。ニューロヴァイパーを、管理するための力だ」
久景隼人「まだ、精神が安定しないようでね。彼女たちには、申し訳ないことをしてしまっている」
志田聖「一体、お前は何をしているんだ。どうして、千里の顔をした人間が並んでいるんだ」
久景隼人「『真の平等』のためさ」
久景隼人「もう少しで、彼女たちの感覚や記憶は完全に同一化される。それまでの、辛抱だ」
久景隼人「これでようやく、人々は争いの無い平和な世界で暮らせるんだ」
志田聖「本物の千里を、何処にやった」
久景隼人「本物? 今更、誰が本物かなんてどうでも良い話だろう」
久景隼人「いずれ、世界の全ての人間の感覚と記憶が共有される。人類史上初めて、平和の歴史が幕を開けるんだ」
志田聖「あんたが、ここまでいかれていたとはな」
久景隼人「なら、どうする。その銃で、私を撃つか」
志田聖「くっ」
久景隼人「残念ながら、時間だ。イコライザーが、完成したようだ」
志田聖「何だと」
久景隼人「今、世界の全てが変わった」
久景隼人「残ったのは、私と君だけだ」
久景隼人「ジャクソンの報告で、君が変異種だと知った時は驚いたよ」
久景隼人「千里以外にも、同じ能力を持っていた人間がいたなんてね」
久景隼人「しかも、それがよりによって君とは。数奇な運命も、あるものだ」
志田聖「動くな」
久景隼人「私を撃って、どうするつもりだね」
久景隼人「君とて、イコライザーに対抗できる程の能力は持ち合わせていまい。現状を受け入れた方が、得策だと思うがね」
違う。銃口を向けたのは、隼人では無い。
久景隼人「ほう」
俺は、自分自身に銃口を向ける。
そうだ、俺は気づいてしまった。この事態の、解決方法を。
素人の俺に、ジークが拳銃を持たせた意味を。
薄れゆく視界の中、強烈な電磁波が脳を奔る。
気づいて、しまったんだ。
久景千里なんて、初めから居なかったことを。
ま、マジか…!
ラストで持って行かれました。今まで信じてきたものが崩れる瞬間…!
緊張感あふれる潜入そして対峙シーンですね!
この”解決方法”が意味するものとは、そして、千里さんが初めから居なかったとは、気になることだらけのラストです!