【第四話】Memories(脚本)
〇屋上の隅
第四話『Memories』
たった一度の失敗が、その後の人生を狂わせてしまうことがある。
今一人の少年の人生が、終わってしまった。
志田聖「やっちまった・・・・・・」
屋上から、地上を見下ろす。
ここからでは地上にいる人間の様子すら、確認することは出来ない。
志田聖「今頃、大パニックになっているんだろうな」
後悔しても、今更遅い。
俺は、とにかくこの場から逃げ出すための算段を立てていた。
突然、屋上の扉が開く。もう、誰かが嗅ぎつけたのか。
覚悟を決めて、目の前に立つ人物の顔を見る。
久景隼人「こら! お前ら、またやらかしやがったな」
「すみませーん」
久景隼人「幸い、誰も下に居なかったから良いが。屋上でサッカーをするなんて、あり得ない話だぞ」
久景隼人「そもそも、屋上への立ち入りは以前に禁止したはずだ。本当に、反省しているのか」
久景千里「ごめんなさい、お父さん」
久景千里「でも、聖は悪くないの。私が、遊びたいって言ったから」
志田聖「そうだぞ、俺は悪くない。あんたが、千里のことを放っておくからいけないんだろう」
久景隼人「開き直るな」
久景隼人「下に戻ったら、反省文を書かせるからな」
志田聖「ううっ、仕方が無いか」
〇渋谷の雑踏
この街は、活気に溢れている。
道行く人の誰もが笑顔で、世界は何て素晴らしいのだろうと思っていた。
吹きすさむ風も鳴く鳥の声も、美しい歌声の様に聞こえた。
何もかもが新鮮で、毎日が発見に溢れていた。
だけどそんな日常は、突如終わりを迎えてしまう。
〇ビルの裏通り
その日、俺はいつものように千里と遊んでいた。
何の変わり映えもしない、日常のはずだった。
あの男が、現れるまでは。
クリストファー・W・ジーク「まだ、子どもじゃないか」
志田聖「あんた、一体何者だよ」
クリストファー・W・ジーク「すまないが、名乗れないんだ。代わりに、面白いものを見せてあげよう」
男が取り出したのは、一丁の拳銃だった。
志田聖「すっげー、それ本物かよ」
クリストファー・W・ジーク「ああ、試してみようか」
久景千里「聖、怖いよ」
志田聖「大丈夫だって、日本は法律で銃を持ってちゃいけないって決まってんだ」
志田聖「どうせ、偽物──」
耳を劈くような、音が響く。
理解も反応もする間も無く、男はその場を立ち去っていこうとする。
久景隼人「お前は・・・・・・」
久景隼人「俺は、こいつの父親だ」
久景隼人「無事に、帰れると思うなよ」
隼人の腕には、一本の包丁が握られていた。日常とは程遠い異様な光景を目の当たりにしたことで、むしろ我に返る。
志田聖「あっ・・・・・・う・・・・・・」
それで、目に入ってしまった。千里の、死に顔が。
志田聖「うっ・・・・・・う・・・・・・」
志田聖「うわぁああああああああっ」
クリストファー・W・ジーク「まさか、こいつも・・・・・・」
〇黒背景
消えろ、消えてしまえ。
こんな世界なんて、滅んでしまえば良い。
人間は、簡単に死んでしまう。尊厳も何も、あったものじゃない。
死に方すらも、選べない。人間は、無力だ。
〇組織のアジト
目の前の血溜まりを見て、そう思った。
酷い、出血量だ。ヘルナンデスの顔には既に生気は無く、青ざめていた。
クリストファー・W・ジーク「ジャクソン、これはどういうつもりだ」
ロバート・A・ジャクソン「準備は、整った。もう、あんたらに用は無いんだよ」
ロバート・A・ジャクソン「さあジーク、お楽しみといこうぜ」
ジャクソンの放った銃弾が、薙ぐようにアジトの全方位を破壊していく。
ドロシー・R・ランドール「聖、私の後ろに隠れていろ」
ランドールが腕に取り付けられた端末を操作すると、周囲を取り囲むように光の壁が現れた。
クリストファー・W・ジーク「まさか、お前がイコライザーのスパイだったとはな」
ロバート・A・ジャクソン「俺が欲したもの、それは力だけだ」
ロバート・A・ジャクソン「DRAWに入ったのもそう、イコライザーに入ったのもそうだ」
クリストファー・W・ジーク「ふ、それで辿り着いたのがこの稚拙な戦法か」
クリストファー・W・ジーク「まだ、俺たちには一発の銃弾も当たっていないぞ」
ロバート・A・ジャクソン「へ、いつかは当たるさ」
遮蔽物の少ない中、あらゆる道具を駆使してジークは弾を捌いていく。
例えば、ナイフ術。だが、それは銃弾を捌くような超人的な能力では無い。
彼が操っていたのは、光だった。
僅かな月明かりが、鏡の様に磨かれたナイフの鏡面で反射する。
それが、ジャクソンの視界からどう見えているのかは分からない。
だが、明らかに照準が定まっていないのが分かる。
ロバート・A・ジャクソン「け、まるで魔法でも使っているようだぜ」
ロバート・A・ジャクソン「姿を捉えたかと思ったら、既にその場には居ない。あんたのナイフ術には、驚かされるばかりだ」
ロバート・A・ジャクソン「本来、ナイフの反射は戦場では致命的。それを敢えて磨き上げているんだから、酔狂だぜ」
クリストファー・W・ジーク「どうした、これ以上撃ってこないのか」
ロバート・A・ジャクソン「言われなくても、撃ってやるよ」
ロバート・A・ジャクソン「ち、弾切れか」
ジークが、その隙を見逃すはずは無かった。
ナイフが、ゆらりと弧を描くように曲線を形作る。
気づけば、その身体はジャクソンのすぐ手前まで迫っていた。
クリストファー・W・ジーク「ここからは、ナイフの間合いだ」
ロバート・A・ジャクソン「くそ、このままじゃ」
ロバート・A・ジャクソン「なーんてな」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ジークの脚に深々と突き刺さった触手が引いていって、ようやくその異常を理解する。
クリストファー・W・ジーク「ジャクソン、人間をやめたか」
ロバート・A・ジャクソン「大した力だぜ、ニューロヴァイパーの力ってのは」
ロバート・A・ジャクソン「これはこれで、退屈だ。俺に太刀打ちできる人間は、もう居ないんだからな」
ドロシー・R・ランドール「ボス! ここは、私が」
クリストファー・W・ジーク「下がっていろ、無駄死にするだけだ」
ロバート・A・ジャクソン「その身体で、まだ威勢を張るか。やっぱり、大した器だよあんたは」
クリストファー・W・ジーク「くそ、意識が朦朧としてきやがった」
クリストファー・W・ジーク「だが」
ジークは、再びナイフで襲い掛かる。
だが、その攻撃には先程の様な鋭さは無い。当然の様に、躱されてしまう。
ロバート・A・ジャクソン「ジ、エンドだ」
ドロシー・R・ランドール「ボス・・・・・・」
だが、腰を折り膝をついたのはジャクソンの方だった。
クリストファー・W・ジーク「光があれば、影もある。俺のナイフ術は、その両方を活かす」
ロバート・A・ジャクソン「てめぇ、そんな業を隠し持っていやがったのか」
クリストファー・W・ジーク「特別仕様の、ナイフだ。特殊な加工で、一切の光を反射しない」
ロバート・A・ジャクソン「くそ・・・・・・」
ジャクソンはその腕で壁を突き破ると、夜の闇へと消えていった。
誰も、その姿を追うことは出来ない。
ドロシー・R・ランドール「ボス、しっかりしてください」
クリストファー・W・ジーク「私よりも先に、ヘルナンデスを。彼女の方が、重傷だ」
ドロシー・R・ランドール「分かりました。医務室へ、運んできます」
不快な、静寂が訪れる。
俺は、ジークに確認しなければいけないことが一つだけあった。
クリストファー・W・ジーク「君にも、迷惑をかけたね。本来、このようなことに巻き込むべきでは無かった」
志田聖「それよりも、あんたに聞きたいことがある」
クリストファー・W・ジーク「何だ」
志田聖「あんた、小さな女の子を殺したことがあるか」
クリストファー・W・ジーク「分からないな。確かに、そのような仕事もやったことがある」
志田聖「黒髪の、日本人の女性だ。まさか、忘れちまったんじゃ無いだろうな」
クリストファー・W・ジーク「日本人の、女性だと」
クリストファー・W・ジーク「それは、有り得ない。私が日本を訪れたのは、これが初めてだからな」
志田聖「何だと・・・・・・」
クリストファー・W・ジーク「だがそれは、君の能力が関係しているのかもしれないな」
志田聖「俺の、能力だと」
志田聖「確か、洗脳された人間を正気に戻す能力だったよな」
クリストファー・W・ジーク「それは、表向きだ。これは、公にされていない情報だが」
クリストファー・W・ジーク「世界を改変する能力、それが君の持つ本来の能力だ」
〇研究所の中枢
彼が目指した『真の平等』。
その理念に、人間の生き死には関係ない。
何故なら。全ての人間が同じ感覚や記憶を共有すれば、死という概念すらも超越できるからだ。
最後の一人が朽ちるまで、この理想郷は終わらない。
それこそが、彼の望んだ未来そのものだった。
冒頭の回想シーンは聖くんの経験した過去のことなのか否か、違うのであれば何故に、という謎にどんどん関心が湧き立ってきます!