パラドックスをぶった斬れ!

咲村まひる

10.漠然とした囚人:後編(脚本)

パラドックスをぶった斬れ!

咲村まひる

今すぐ読む

パラドックスをぶった斬れ!
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇学校の部室
犬飼 レン子「このジレンマが成立するには、もうひとつの前提条件が必要なの」
乾 幹太「前提条件・・・」
乾 幹太(レン子先輩はさっき「あなたたちの場合は、ジレンマでもなんでもない」とも言ってたよな)
乾 幹太(つまり、答えはその逆ってこと?)
乾 幹太(石橋先輩とギャル子の関係って、僕からしたらレン子先輩を挟んだ特殊な三角関係に見えるけど・・・)
乾 幹太(でも、けっして仲が悪いわけではないし、それどころか、実はパラドックスにあまり興味がないという点が共通している)
乾 幹太(お互いそれなりに信頼もしているだろう──)
乾 幹太「――あっ!?」
乾 幹太「そうか、信頼関係だ!」
犬飼 レン子「正解」
石橋 仁「ん? どういうことだ?」
乾 幹太「すでに信頼関係が成立している間柄だと、このジレンマが発生しないんです」
乾 幹太「なぜなら、考える余地もなく互いが黙秘を選ぶから」
犬飼 レン子「実際にやってみたらいいわ」
犬飼 レン子「飼い主とギャル子、それぞれどちらを選ぶのか、私の合図で手をあげて」
犬飼 レン子「自白が右手、黙秘が左手よ」
犬飼 レン子「幹太はふたりのあいだに立って、お互いの姿が見えないようにしてちょうだい」
乾 幹太「わ、わかりましたっ」
犬飼 レン子「はい、あげて」
  ふたりは左手――黙秘を選んだ。
石橋 仁「おいおい、これはなんの茶番だ?」
ギャル子「べ、別にさっき幹太くんに言われたらから左手をあげたわけじゃないんスからねっ」
犬飼 レン子「じゃあ訊くけど、ギャル子はどうして黙秘にしたの?」
ギャル子「決まってるじゃないっスか」
ギャル子「バシ先輩なら絶対黙秘を選ぶと思ったからっス!」
犬飼 レン子「飼い主は?」
石橋 仁「以下同文」
犬飼 レン子「ギャル子が、私を独り占めしたい一心で裏切って自白する可能性は、考えなかった?」
ギャル子「ハッ、そうか!」
ギャル子「ここであたしが自白しておけば、10年間はレンちゃんを独り占めできたっスか~!?」
石橋 仁「見てのとおり、ギャル子がそんな策を思いつくはずがないって、わかってるからな」
ギャル子「酷いっス!」
ギャル子「バシ先輩酷いっス!!」
犬飼 レン子「――とまあ、こんなわけよ」
乾 幹太「な、なるほど・・・」
乾 幹太(囚人のふたりが、相手をよく知る立場であればあるほど、悩む必要がなくなっていくんだな)
乾 幹太(誰しも疑心暗鬼に陥る可能性はあるけど、少しでも相手のことを思う気持ちがあるなら黙秘を選ぶしかない)
乾 幹太(揃って釈放されることは最初からありえないわけで、次に軽い刑期1年を目指すことがベストの選択になるってことか・・・)
犬飼 レン子「この話には、対象となる囚人がどんな人物であるのかの定義がないの」
犬飼 レン子「『囚人』という言葉だけでは、説明がまったく足りていない」
乾 幹太「確かに『(赤の他人同士である)囚人のジレンマ』くらいは言いたいですね」
乾 幹太(そうじゃなきゃジレンマは発生しないんだから・・・)
犬飼 レン子「話を少し戻すけれど「すべての囚人にとって刑期は短いほうが嬉しいとは限らない」というのも、結局は同じことよ」
乾 幹太「え?」
犬飼 レン子「ふたりの囚人のうち、片方が長い刑期を望んでいたとしたら、どちらを選ぶと思う?」
乾 幹太「・・・最長の10年になるためには、黙秘しかないですよね」
犬飼 レン子「じゃあもう片方の、短い刑期を望んでいる人は、どちらを選ぶと思う?」
石橋 仁「同じように考えたら、釈放狙いで自白だな」
ギャル子「あれ?」
ギャル子「そうすると、お互いに希望どおりになるっスか?」
乾 幹太「あ・・・っ?」
乾 幹太(確かにそれじゃあジレンマは発生しない)
乾 幹太(相手を疑う、疑わない――そんな心理さえ無視して、どちらも希望を叶えてしまうなんて・・・)
犬飼 レン子「違和感があるでしょ?」
犬飼 レン子「そもそもこの『囚人のジレンマ』は、囚人たちが釈放を望む前提でつくられている」
犬飼 レン子「でも、実際に釈放が可能なのは、相手を裏切った場合のひとりだけ」
犬飼 レン子「だからこそジレンマが発生するの」
乾 幹太「自分の望みを叶えるためには、相手を裏切るしかない?」
犬飼 レン子「そう」
犬飼 レン子「でも相手だって同じことを考える可能性があるから、釈放が無理ならなるべく短い刑期で・・・と考えると、ドツボにハマる」
乾 幹太(なるほど、わかったぞ)
乾 幹太「つまり、より正確に言うなら──」
乾 幹太「『(できれば釈放されたい、それが無理ならせめて刑期を短くしたい、そんな赤の他人同士である)囚人のジレンマ』」
ギャル子「めちゃくちゃ長いっス!」
石橋 仁「んで、結局どう選ぶのが正解なんだ?」
犬飼 レン子「なに言ってるの?」
犬飼 レン子「斬るのはもう終わったわよ」
ギャル子「えっ? いつっスか!?」
犬飼 レン子「結論はもう出たでしょ」
犬飼 レン子「捕まるときは、仲のいいふたりでがベストよ」
犬飼 レン子「それと──」
  レン子先輩は石橋先輩とギャル子に視線を送り、言い放つ。
犬飼 レン子「あなたたちは、なるべく遅刻しないこと!」

次のエピソード:11.確率に過去を変える力はない:前編

コメント

  • レン子さんの屁理屈、お見事です!(個々の願望まで斟酌したら論理学の前提条件が設定できないというツッコミを飲み込みながらw)
    続けて読んでいくうちに、どんどんとギャル子さんに惹かれていってます。彼女の言動、クセになりますねw

成分キーワード

ページTOPへ