11.確率に過去を変える力はない:前編(脚本)
〇学校の部室
犬飼 レン子「さて・・・」
犬飼 レン子「ついでだから、もうひとつ囚人に関するジレンマの問題を出そうか」
レン子先輩はそう告げると、今度は僕を指差した。
犬飼 レン子「はい、幹太」
犬飼 レン子「次はあなたも囚人ね」
乾 幹太「えっ?」
犬飼 レン子「『3囚人のジレンマ』よ」
犬飼 レン子「知っている?」
乾 幹太「し、知りません」
乾 幹太(3人のパターンもあるのか・・・)
石橋 仁「今度はどんな罪をかぶせられるんだ? 俺たち」
ギャル子「大食いの罪とかなら、喜んでかぶるっス!」
犬飼 レン子「あなたたち3人は、珍しいものを狙う強盗犯よ」
犬飼 レン子「ある日、先代のパラ研部長が残した『究極のパラドックス』の資料の在処を突きとめ、それを奪いに行く途中で全員逮捕された」
石橋 仁「壮大なんだか矮小なんだか、よくわからん設定だな」
ギャル子「ってゆーか、それを欲しがるのって、レンちゃんくらいじゃないっスか?」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「だから私は、その在処を知りたかった」
犬飼 レン子「でも、それを知っているのは捕まった3人だけ」
犬飼 レン子「あなたたちはこれまでも様々な罪を犯してきたから、これから処刑されることになる」
犬飼 レン子「――ただし、ひとりを除いて」
乾 幹太「あ・・・ひとり残して、その人から在処を訊き出すんですね?」
犬飼 レン子「そういうこと」
乾 幹太「ち、ちなみに、誰を残すかは、どうやって決めるんですか?」
犬飼 レン子「もう決めてあるわ」
乾 幹太「えっ?」
犬飼 レン子「クジ引きで」
乾 幹太(運頼みだった!)
乾 幹太(運なんて最も自信ないステータスだからな・・・僕は処刑確定か)
犬飼 レン子「幹太、ずいぶんと怯えているわね」
乾 幹太「・・・っ」
犬飼 レン子「臆病な幹太は、処刑されるのが3人のうち誰なのか、気になって気になって仕方がない」
乾 幹太「い、いえ、そこまででは・・・」
犬飼 レン子「だから看守に訊いてみるの」
犬飼 レン子「自分は処刑されるのかと」
乾 幹太「あ」
犬飼 レン子「でも看守は答えない」
犬飼 レン子「あたりまえよね、守秘義務ってものがあるから」
石橋 仁「別に教えてもいい気はするけどなぁ」
ギャル子「知ったからって、なにができるわけでもないっスもんね」
犬飼 レン子「じゃあ話はここで終わりになるわ」
乾 幹太(それは困る・・・!)
乾 幹太「ぼ、僕はそれで諦めるんですか・・・?」
犬飼 レン子「諦めの悪い幹太は、もう1度訊ねるの」
犬飼 レン子「3人のなかのふたりが処刑されるということは、自分が処刑されるされないにかかわらず──」
犬飼 レン子「残りふたりのうちどちらかは確実に処刑されるはず」
石橋 仁「え?」
石橋 仁「ちょっと待てよ、どうしてそうなるんだ?」
ギャル子「混乱してきたっス・・・」
乾 幹太(僕も落ちついて考えてみよう)
乾 幹太(3人のうちふたりが処刑される、すべてのパターンは──)
A 僕と石橋先輩が処刑
B 僕とギャル子が処刑
C 石橋先輩とギャル子が処刑
乾 幹太(なるほど、すべてのパターンに、石橋先輩かギャル子が入っている・・・!)
乾 幹太「確かに、僕以外のどちらかひとり、あるいは両方が必ず処刑される・・・」
乾 幹太「しかも、それが誰なのか、ひとりだけ知ったところで、僕自身が処刑されるかどうかを判断することはできないですね」
犬飼 レン子「そう」
犬飼 レン子「だから教えてほしいと、幹太はすがった」
犬飼 レン子「そこで看守は、しぶしぶ教えることにする」
犬飼 レン子「処刑される囚人のうち、ひとりは──」
犬飼 レン子「ギャル子だと」
ギャル子「がびーんっス」
ギャル子「ど、どうにか免れる方法はないっスか!?」
犬飼 レン子「ないわね」
石橋 仁「諦めろ」
石橋 仁「どうせ俺か幹太も、そっちに行くんだからな」
乾 幹太(そう、あと処刑されるのは、残ったうちのどちらかひとり)
乾 幹太(逆に言えば、生き残るのもどちらかひとりということになる・・・)
乾 幹太「・・・あれ?」
犬飼 レン子「どうしたの? 幹太」
乾 幹太「いえ、なんか違和感があって・・・」
犬飼 レン子「違和感?」
乾 幹太「さっきまでは、処刑される側から確率を考えていましたけど」
乾 幹太「今残りふたりになって改めて、助かる側から確率を考えてみたんです」
ギャル子「あー、なんか幹太くんも難しいこと言い出したっス・・・」
乾 幹太「最初の段階では、3人のうちひとりが助かるんだから、確率は3分の1ですよね」
乾 幹太「でも、ギャル子の処刑が確定した時点で、助かる確率は2分の1に変わった」
乾 幹太「だから一瞬喜んでしまったけど、これってちょっとおかしいですよね?」
石橋 仁「ん? どこがだ?」
乾 幹太「えっと・・・うまく説明できないんですけど、レン子先輩は最初にこう言っていました」
乾 幹太「『誰を助けるかは、クジ引きでもう決めてある』って」
犬飼 レン子「確かに言ったわね」
乾 幹太「つまり、結果はすでに決まってるんです」
乾 幹太「それなのに、あとから確率が変動するって、なんか変じゃないですか?」
幹太くん、レン子さんの影響か、見事なまでに論理学的思考が身についてしまいましたね!
3囚人のパラドックス、ここからは数学的アプローチに移行するのが定番ですが、レン子さんはどのような力業論理をかましてくれるのか楽しみです!