パラドックスをぶった斬れ!

咲村まひる

8.危険な気づかい:後編(脚本)

パラドックスをぶった斬れ!

咲村まひる

今すぐ読む

パラドックスをぶった斬れ!
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇養護施設の庭
犬飼 レン子「どうやら『実験』は成功したようね」
乾 幹太「もしかして、パラドックスの実験ですか・・・?」
犬飼 レン子「正解」
乾 幹太(やっぱり!)
石橋 仁「パラドックスの実験?」
石橋 仁「って、どういうことだ?」
ギャル子「んー・・・」
ギャル子「あたしたちがレンちゃんの『日曜日に外で歓迎会をやろう』って提案を受け入れるかどうか、っスかね?」
犬飼 レン子「あら、珍しく惜しいじゃない、ギャル子」
ギャル子「たまにはあたしもやるっスよ!」
犬飼 レン子「幹太はわかった?」
乾 幹太「え、えっと・・・」
乾 幹太(まだ結論が出てるわけじゃないけど、喋りながらまとめるしかないか・・・)
乾 幹太「・・・さっきレン子先輩は、全員が今日なにかしらの予定を考えていたことを、確認しましたよね」
犬飼 レン子「そうね」
乾 幹太「でも実際には、みんなここにいる」
乾 幹太「予定を変更して・・・僕のために、集まってくれました」
石橋 仁「ま、新入部員は大事にしないとな」
石橋 仁「レン子の面倒を見てくれるのは、正直助かるし」
ギャル子「あたしは、ライバルの登場に俄然燃えてるっスよ~」
乾 幹太「ふたりはこう言ってくれてるけど・・・」
乾 幹太「レン子先輩は、そもそも実験のためだけに提案したのであって」
乾 幹太「僕の歓迎会を外でやりたいなんて、本心では思っていなかったんでしょう?」
犬飼 レン子「正解」
乾 幹太(ああ、やっぱり)
乾 幹太「もっと言うと、石橋先輩とギャル子も、本当は僕を歓迎したいという気持ちより・・・」
乾 幹太「レン子先輩が珍しく外に出て集まろうと言い出したから」
乾 幹太「それを叶えてあげようと思った気持ちのほうが、強かったんじゃないですか?」
石橋 仁「・・・言われてみると、そういう側面もあったかもな」
石橋 仁「レン子が外に出たいなんて言い出すの、初めてだったし」
ギャル子「あたしはいつでも、レンちゃん優先っスよ!」
乾 幹太「つまり、僕らはレン子先輩の『外で歓迎会しよう』という誘いに」
乾 幹太「本当は誰もそれを望んでいないのに、気づかいの結果従ったことになる・・・!」
犬飼 レン子「しかもこうして雨に降られて、なんで外で集まったんだろうって後悔してるの」
犬飼 レン子「馬鹿よね」
  レン子先輩は肩を竦めて続ける。
犬飼 レン子「これはね『アビリーンのパラドックス』を再現した実験なの」
犬飼 レン子「集団が本当は誰も望んでいない方向に動いていていってしまう、そういう状況よ」
石橋 仁「いや、でも、俺たちは別に、幹太を歓迎する気持ちが全然ないわけじゃないぜ?」
ギャル子「そうっス」
ギャル子「歓迎会をしたい気持ちも、ちゃんと持ってはいたっス」
犬飼 レン子「だとしても、わざわざ外で、しかも雨の日にやることはなかったじゃない」
犬飼 レン子「もっと言えば、みんな他の予定が入っている日にやる必要もないでしょ?」
乾 幹太「た、確かに・・・」
乾 幹太(僕らが今日集まろうと決めたのは、レン子先輩が「今度の日曜日」と言ったから)
乾 幹太(それ以外に理由はないんだ)
乾 幹太(もし誰かが、ちゃんと今日の天気を調べていたら)
乾 幹太(みんなの予定を確認して「別の日にしよう」なんて提案できていたら)
乾 幹太(状況は、変わっていた・・・)
犬飼 レン子「建前上、私は新入部員の幹太を気づかって、歓迎会の提案をした」
犬飼 レン子「それを聞いたみんなは、私と幹太を気づかって、それに乗った」
犬飼 レン子「その結果、本意ではないことを全員で行い、しかも雨に降られてびしょ濡れになっている」
犬飼 レン子「やっぱり馬鹿よ」
乾 幹太「き、気づかいって、すればいいってものでもないんですね・・・」
乾 幹太(・・・今まで、よかれと思って言わなかったこと、やらなかったことがたくさんあった)
乾 幹太(たんに口下手だから、人づきあいが苦手だから、行動に移せなかったという面もあるけど・・・)
乾 幹太(でもその結果、周りの人たちをマイナスの方向に引っ張ってしまう可能性があるのなら、それはとても怖いことだ)
乾 幹太(言葉を呑みこむのは、簡単だ)
乾 幹太(深く考えずに同調することも)
乾 幹太(でもそれは『気づかい』という言葉を隠れ蓑にしているだけの、思考放棄だったのかもしれない・・・)
犬飼 レン子「恐ろしいのはね、このアビリーンのパラドックスは、どんな集団でも起こりうるということよ」
犬飼 レン子「どの国でも、どんな大企業でも」
乾 幹太「あ・・・っ!?」
犬飼 レン子「だから私は、声を大にして言いたい」
犬飼 レン子「自分の考えをきちんと述べることもまた、気づかいだと」
石橋 仁「おまえは、それ以外の気づかいを覚えたほうがいいと思うがな・・・」
ギャル子「ノンノン、レンちゃんはそのままでいいっスよ!」
乾 幹太(・・・結構みんな好き勝手言ってると思うけど、そんな僕らでも引っかかったんだもんなぁ)
乾 幹太(なかなか油断のできないパラドックスだ)
犬飼 レン子「まあでも、あなたたちはまだマシなほうよ」
犬飼 レン子「最初私が提案したとき『今やればいいのに』って一応抵抗したし」
犬飼 レン子「これね、立場が上の人が言い出すと、すごく厄介な問題になるの」
犬飼 レン子「単純に、意見しづらいから」
石橋 仁「たとえば?」
犬飼 レン子「そうね・・・ちょっと極端な例になるけれど」
犬飼 レン子「とある会社の社長が、稼働日数が減ると損をするとわかっていても、社員を気づかって週休三日にしようと言い出したとする」
犬飼 レン子「社員も当然『そんなことしたら仕事が進まない』と思ってはいても」
犬飼 レン子「せっかく社長が思いきって決めてくれたことだからと気づかって、受け入れる」
ギャル子「一見すると、休みが増えるならよさそうっスけど?」
乾 幹太「でもそれ、絶対どこかにしわ寄せが来ますよね・・・」
犬飼 レン子「そう」
犬飼 レン子「その結果、仕事がまわらなくなり、かわりに残業とミスが増え、売り上げは落ち、給料も減っていく」
犬飼 レン子「誰も望まない方向へ、進んでいってしまうことになる」
乾 幹太(確かに極端な例ではあるけど、考えさせられるな・・・)
乾 幹太(もし誰かひとりでも、異を唱える人がいたら)
乾 幹太(気づかいに乗っかって楽をするのではなく、たとえ責められてでも本当の望みを伝えられていたら・・・)
乾 幹太(そう思ってしまうのはきっと、このパラドックスはレン子先輩でなくても簡単に破れるからだ)
石橋 仁「でもよー、理屈はわかるが、みんなが同調してるなか反対するのってきつくね?」
乾 幹太「そ、それですよね・・・」
乾 幹太「特に僕の意見なんて、基本的に無視されるのがあたりまえだったし・・・」
石橋 仁「なんだ幹太、おまえ、いじめられっ子だったのか?」
乾 幹太「そ、そこまでじゃないですけど・・・」
乾 幹太(ずっと生きづらさを感じてる・・・)
乾 幹太(その理由は、僕にだってよくわからない)
  そんな僕の肩を、レン子先輩がポンと叩いた。
犬飼 レン子「別に、無視されたっていいのよ」
犬飼 レン子「勇気を出して声をあげたその事実を、自分勝手に誇ればいい」
犬飼 レン子「そうしてみんなが最悪の事態に陥ったら、そら見ろとほくそ笑めばいい」
乾 幹太「レン子先輩・・・?」
犬飼 レン子「それでもきっと、黙っているよりはマシ」
乾 幹太「あ・・・」
  「無駄でもいいから、生きている証しを示せ」
乾 幹太(そう言われたような気がした・・・)

次のエピソード:9.漠然とした囚人:前編

コメント

  • 「アビリーンのパラドックス」でしたか!
    レン子さんの挙げた実例、とてもリアリティがありますね……その状況で冷飯喰った私自身の過去も、何だか救われたような気分です……

成分キーワード

ページTOPへ