第2話 天才博士の致命的な欠点(脚本)
〇古生物の研究室(3Dプリンタあり)
生島宗吾「動いている・・・このハルキゲニアは本当に生きているのか?」
小鳥遊遥「当然」
生島宗吾「細胞を培養して、体の一部を再構成し、 欠損を補うという医療技術を聞いたことはあるが・・・」
生島宗吾「こんなふうに生き物を丸ごと培養するなんて聞いたことがない」
生島宗吾「とんでもない大発明じゃないか。 どうして今まで報道されなかったんだ?」
斎川理央「それは・・・」
小鳥遊遥「あ、やばい」
生島宗吾「どうした」
培養液をのぞき込むと、ハルキゲニアは
もじもじと身をよじっていた。
生島宗吾「苦しんでいる・・・?」
小鳥遊遥「生体3Dプリンタに満たされている液体は、培養専用だからね。 生体が長く活動できる環境じゃないんだ」
生島宗吾「じゃあすぐに移し替えないとだめだろう! 水槽はどこだ?」
小鳥遊遥「こっちのバケツに入れておくよ。 さっき人工海水を作っておいたから」
生島宗吾「バケツ・・・! さっき作った?」
小鳥遊遥「いやー最近は便利だね。水に薬剤を入れただけで、海水ができるんだから」
生島宗吾「だけ、ってあんた・・・!」
バケツを見て、さあっと血の気が引いた。そこにあるのは、
ただの掃除用バケツだった。
エアレーションもしていない。
もちろん、
ろ過用のポンプもついていない。
小鳥遊遥「よっこいしょ・・・っと」
生島宗吾「待て!」
慌てて手を出そうとしたが、遅かった。
小鳥遊は奇跡の生物を乱暴にバケツに放り込んだ。
ハルキゲニアは水に入るなり、苦しそうに身をよじったかと思うと・・・くしゃくしゃに縮んで動かなくなってしまった。
小鳥遊遥「あ、死んだ」
生島宗吾「当たり前だ!」
生島宗吾「ここにはまともな飼育スタッフはいないのか!」
小鳥遊遥「いないよ?」
斎川理央「だから、生島さんをお呼びしたんです」
生島宗吾「・・・・・・」
斎川理央「小鳥遊博士は、古生物の体組織の分析と その再現にかけては、世界トップクラスの技術と才能をお持ちです」
斎川理央「ですが、生き物を飼育に関しては、 技術不足が目立つというか、 才能の芽がなかなか出ないというか・・・」
小鳥遊遥「そこはもう、 はっきり無能って言っていいと思うよ」
俺は周囲を見回した。
改めて見て見ると、
研究室の設備はひどいものだった。
生き物を再生する機械はともかく、
それ以外がぐちゃぐちゃだった。
予算はあるらしく、機材自体はいいものを購入しているようだが、管理がなっていない。
こんな環境で生き物を飼育できるわけがない。
斎川理央「さきほど、どうしてこの発明がニュースにならないのか、とおっしゃいましたよね?」
斎川理央「それは、この機械があまりに優れすぎていて、凡人には理解できないからなのです」
生島宗吾「そうだろうよ。 俺もまだ、悪夢を見ている気分だ」
斎川理央「そのうえ、博士はまだ若干二十歳。 若すぎる彼の理論は、 現在学会でオカルト扱いされています」
斎川理央「そんな状況で論文を世間に認めさせるためには、生体を長期飼育したという実績が必要不可欠なのですが・・・」
生島宗吾「まあ、無理だろうな」
小鳥遊遥「作り出した生き物を飼うために、 一応ボクも努力してみたんだけどねえ」
小鳥遊遥「どうやってもうまくいかない」
生島宗吾「努力? あの状態で?」
小鳥遊遥「人工海水の作り方を調べただけでも、 誉めてほしいな」
斎川理央「博士は、自分の研究以外には、 徹底的に興味がないんですよ・・・」
生島宗吾「無茶苦茶だな」
生島宗吾「こんな状況で、 未知の生物を飼育するのか・・・」
小鳥遊遥「わくわくするでしょ?」
生島宗吾「・・・・・・」
そう言った小鳥遊の瞳はキラキラと輝き、一点の曇りもなかった。
そこに生命を扱う迷いなど一切存在しない。
斎川理央「もちろん、相応の報酬はお支払いします。引き受けていただけませんか?」
生島宗吾「断る。生き物をおもちゃにするような人間と、一緒に仕事ができるか」
小鳥遊遥「そっかー、残念」
小鳥遊遥「斎川サン、 別の飼育員候補を探してくれる?」
斎川理央「えー・・・ 彼が一番優秀な方だったんですけど」
小鳥遊遥「やりたくない、 って言ってるんじゃしょうがないよ」
小鳥遊遥「さーて、待ってる間はヒマだし、 次はどの生き物を再生しようかな」
小鳥遊はさっさとゲノムエディタに向き直ってしまった。
そして、カタログショッピングでもするような気軽さで、次の生贄を選ぼうとしている。
生島宗吾「今一匹死なせたところだというのに、 また実験する気か?」
小鳥遊遥「当然! 古生物の再生は、 ボクのライフワークだからね」
俺は、大きく息を吐いた。
この状況を見過ごしておけるだろうか。
いや、無理だ。
生島宗吾「わかった。ここの飼育員を引き受けよう」
斎川理央「生島さん、本当ですか?」
生島宗吾「このままでは、ただいたずらに生き物が 作り出されて死ぬだけだからな」
生島宗吾「今、俺が引き受けるのが一番、 死なせずにすむ」
小鳥遊遥「やったね! じゃあ・・・」
生島宗吾「ただし、条件がひとつある」
小鳥遊遥「ふうん?」
生島宗吾「飼育に関しては、俺が主導権を持つ」
生島宗吾「水槽の設定も、与えるエサも俺が決定する」
生島宗吾「飼育に必要な予算も、 俺の要求する額を確保してもらう。 それが許可できるなら、やってやる」
小鳥遊遥「いいよ」
生島宗吾「えっ」
小鳥遊遥「モチはモチ屋っていうしね。 飼育に関する権限は、 全部あなたに委譲する」
小鳥遊遥「斎川サン、あとで経理関連のアカウントを彼にも付与してあげて」
斎川理央「かしこまりました」
生島宗吾「本当にいいのか・・・? かなり、無茶な要求を言ったと思うが」
小鳥遊遥「この件に関しては、ボクが判断しても ろくなことにならないからね。 だったら全部まかせちゃうよ」
小鳥遊遥「あなたは、権限をもらったからって、 無茶なことをする人じゃなさそうだし」
生島宗吾「あんたの無茶に比べたら、 だいたいの人間は常識人だと思うぞ・・・」
小鳥遊遥「早速、飼育に必要な環境を整えて。 ひろこサンからもらった資金はそこそこあるから、好きに使ってくれていい」
斎川理央「堺様は夢に挑戦する若者に優しいですからね」
生島宗吾「わかった。すぐにとりかかろう」
斎川理央「あ、そうそう。生島さんにお伝えしなければいけないことが、ひとつあります」
生島宗吾「なんだ」
斎川理央「このプロジェクトには、堺様からひとつ、課題が与えられています」
生島宗吾「うん?」
斎川理央「1年以内に、5種。 古生物の飼育を成功させ、 この古生物水族館をオープンさせること」
斎川理央「課題がクリアできなければ、プロジェクトは解散、水族館は解体されます」
生島宗吾「なんだ、その無茶苦茶な条件は!」
斎川理央「堺様は、 成果の上げられない若者には厳しいのです」
小鳥遊遥「あー、そういえばそんなのあったっけ」
小鳥遊遥「大丈夫、ボクの理論は完璧だし、 優秀な飼育スタッフも見つかったから」
生島宗吾「・・・決断を、早まったかもしれない」
エアーなし、濾過なし、水合わせなし、おそらく塩濃度もテキトー…
古生物じゃなくてもショック死しかねない雑な扱い、生島さんが唖然とするのも納得ですね…笑