第3話 水槽は、作るもの(脚本)
〇古生物の研究室(3Dプリンタあり)
生島宗吾「飼育に関しては、俺が主導権を持つ」
生島宗吾「水槽の設定も、与えるエサも俺が決定する」
生島宗吾「飼育に必要な予算も、 俺の要求する額を確保してもらう。 それが許可できるなら、やってやる」
〇古生物の研究室
そう、宣言してから三週間後。
生島宗吾「ふむ・・・溶存酸素濃度よし、 pHよし、硝酸濃度よし・・・」
小鳥遊遥「ねえねえ、生島サン! 水質チェック終わった? 安定してる? だったら生き物再生してもいいよね?」
生島宗吾「俺がいいと言うまで、生体3Dプリンタの使用は禁止だと言っただろう」
小鳥遊遥「そう言ってから、もう三週間も経つじゃないの。実験したい! しーたーいー!」
生島宗吾「不完全な環境で失敗しても意味がないだろう。無駄な実験は賛成できない」
小鳥遊遥「それはそうなんだけどさあ・・・ 水槽の立ち上げに、こんなに時間がかかると思ってなかったんだよー」
俺が古生物水族館の飼育員を引き受けて
まずやったこと。
それは生体3Dプリンタの停止だった。
ただいたずらに生き物を再生しても、
その後飼育するための環境がなければ
死なせてしまうだけだからだ。
飼育の主導権は俺に渡す、という約束で
雇った手前、おとなしくはしていたが、
そろそろ我慢の限界のようだった。
斎川理央「あれ、また喧嘩してるんですか?」
小鳥遊遥「喧嘩じゃないよ、抗議してるの!」
差し入れ片手に斎川が研究室に入ってきた。
生島宗吾「ああ、斎川さんか。今日はどうした? 人材のマッチングなら、 今はまだ必要ないと思うが」
斎川理央「先日、正式にこのプロジェクトのマネジメントを任されました」
斎川理央「ですから、私も水族館のメンバーのひとりというわけです」
小鳥遊遥「斎川サンも仲間だね! 前からそう思ってたけど」
生島宗吾「いいのか?」
斎川理央「ええ。私自身、このプロジェクトを気に入っているので」
斎川理央「それで、進み具合はどうです?」
小鳥遊遥「全然進んでないよー」
小鳥遊遥「今日も、空っぽの水槽のチェックだけ!」
生島宗吾「チェックだけとはなんだ。 だいたい、水槽は空なんかじゃない」
斎川理央「えっと? 博士の言うとおり、水槽には何の生き物もいないように見えますが・・・」
生島宗吾「ろ過材と砂の中にバクテリアがいる」
斎川理央「バクテリア・・・名前は聞いたことがありますけど、何でしたっけ?」
生島宗吾「まあ、細菌の一種だな。水槽に発生する アンモニアを、浄化する役割を果たすんだ」
小鳥遊遥「原初の地球に酸素をもたらしたのも、 バクテリアの一種だと言われてるよ」
斎川理央「へえ・・・水槽って、 生き物の力で水を浄化してるんですねえ」
斎川理央「もっとケミカルな方法で調整してると思いました」
生島宗吾「不器用な人間の手で、薬品をこねくり回すよりは、バクテリアに任せたほうが手軽で安定する」
小鳥遊遥「でも、増やすのに時間がかかるのが欠点だよね・・・二週間とか・・・」
生島宗吾「必要な時間だ」
小鳥遊遥「はいはい、ワカッテマスヨー。で、今日の水質チェックの結果はどうだったの? もう生き物が入れられそう?」
生島宗吾「まあ・・・悪くはないな。 明日には入れてもいいだろう」
小鳥遊遥「やったあああああ!」
斎川理央「博士のテンションが、 めちゃくちゃ上がりましたね」
生島宗吾「おあずけが長かったからな」
小鳥遊遥「再生する生き物はもう決めてあるんだ~」
生島宗吾「おい、それはいいが・・・」
小鳥遊遥「はいはい、 生島サンのオーダーはわかってますよ」
小鳥遊遥「環境適応能力が高い生き物でしょ。 ちゃーんと考慮にいれてますー」
斎川理央「環境適応能力?」
生島宗吾「ひらたく言うと、飼いやすい生き物だな」
生島宗吾「実験の成功確率を上げるため、多少環境が変化しても死ななそうなものにしろ、と条件をつけたんだ」
小鳥遊遥「今回再生するのはコレ! 三葉虫だよ!」
小鳥遊は俺たちの目の前にどどん、
と分厚いファイルを置いた。
ページをめくると三葉虫の体組織に関する分析がびっしりと書き込まれていた。
その細かさに思わず舌を巻く。
他はどうあれ、やはり彼は天才なのだ。
他はどうあれ。
斎川理央「わあ・・・かわいい!」
小鳥遊遥「このかわいさがわかるなんて、 斎川サン、ツウだね」
生島宗吾「なんのツウなんだ・・・」
小鳥遊遥「三葉虫は、カンブリア紀からペルム紀の間、二億五千万年にわたって繁栄した節足動物だよ」
斎川理央「におく・・・長いですね」
小鳥遊遥「長いだけじゃない。広くもあるんだ。 世界中から化石が発見されてる、つまりそれだけ多くの環境で生きてたってこと」
生島宗吾「ふむ・・・それは期待できるな」
生島宗吾「それで、具体的な生育環境は?」
小鳥遊遥「わかんない」
生島宗吾「わか・・・っ?」
小鳥遊遥「そういうものなんだって。特に海藻なんかは陸地と違って化石に残りにくいし」
斎川理央「手がかりが少ないですね。 だからこそ飼育実験をする意義があるとも言えるんでしょうけど」
小鳥遊遥「三葉虫が生まれたカンブリア紀は、爆発的に生き物の種類が増えた時期だから・・・」
小鳥遊遥「多分、 水温が低すぎるってことはないと思う」
生島宗吾「・・・日本近海、 南の穏やかな海の設定で様子を見るか」
生島宗吾「この体の構造だと、 海を泳いでいたのではなさそうだな」
小鳥遊遥「浅い海の底を這っていたんじゃないかな。 泳ぐ能力があったのかもしれないけど、 それは飼育してみてのお楽しみかな」
小鳥遊遥「あ、確か砂の中に潜っていたことを示す 化石が発見されてたよ」
生島宗吾「なら、底砂は厚めにしておくか」
小鳥遊遥「ふふふふふふ、楽しくなってきたぞー!」
小鳥遊遥「ねえ、今から入れちゃだめ?」
生島宗吾「砂を追加すると言っただろう。全部いれて水槽が安定するまでおあずけだ!」
小鳥遊遥「けちー!」
〇古生物の研究室(3Dプリンタあり)
翌日
小鳥遊遥「ふんふんふ~ん、今日は実験~♪ やっと実験~♪」
生島宗吾「水質チェックの結果が良ければ、だぞ」
小鳥遊遥「わかってるって。 さあさあさあ、早くチェックして!」
生島宗吾「急かしても、 作業にかかる時間は変わらないからな」
俺は背中に小鳥遊のプレッシャーを感じながら、水質チェックを始める。
斎川理央「こんにちはー、もう実験始めてます?」
小鳥遊遥「まだー。生島さんのチェック待ち」
生島宗吾「俺が待たせているような言い方はやめろ。必要な手順を踏んでるだけだ」
斎川理央「生島さんは真面目ですねえ。 本当に頼りになります」
生島宗吾「小鳥遊が雑すぎるだけろう。 ・・・ふむ、全チェック項目問題なし。 水槽に生き物をいれていいぞ」
小鳥遊遥「よーし、再生始めるぞー」
小鳥遊遥「ビデオレコーダーの撮影開始。 DNAコードよし、幹細胞の培養よし」
生島宗吾「培養液の温度は?」
小鳥遊遥「水槽と同じ23度に調整済み。 温度差が激しいとショック死するんでしょ、そこは学習した!」
生島宗吾「・・・よし」
小鳥遊遥「3Dプリント開始!」
小鳥遊がキーを押すと、
プリンタが高速で動き始めた。
再生実験を見るのはこれで二度目だが、
改めて見ても現実の出来事とは思えない。
現代に蘇った三葉虫は、その体の完成と同時に、ぴくぴくと足を動かし始めた。
生島宗吾「水槽に移すぞ」
俺は、その体を培養液の中からすくい出すと、水槽の中に入れた。
三葉虫は細かい砂の上で、
体をぎゅっと丸める。
斎川理央「えっ・・・これ大丈夫なんですか?」
生島宗吾「苦しんでいるのか・・・?」
小鳥遊遥「いや、三葉虫はダンゴムシのように丸まって防御姿勢をとることができるはず」
俺たちは、息を殺して三葉虫を見守る。
十秒・・・二十秒・・・。
一分ほど待っただろうか。
三葉虫は丸まった体の間から、
ゆっくりと足をのぞかせた。
見ているうちに、体をほどいて砂の上に
ぺたりと体を伏せる。
やがて、ゆっくりとした足取りで砂の上を歩きだした。
斎川理央「大丈夫・・・だったみたいですね」
生島宗吾「ああ・・・ということは」
小鳥遊遥「実験成功だ!」
小鳥遊は子供のようにはしゃいでジャンプした
三葉虫、それは古生物界のザク……
私はゴルゴムの偉い人だったりゴジラの足の裏に挟まってたヤツって認識ですね
三葉虫、一般でも購入できるメジャーな化石
逆に、世界中で沢山見つかってるからこそ環境の適応能力が高いと言える…なるほど!
実際、かなり近いカブトガニが今の海で生きてるので比較的強いのは間違いなさそうですね…☺︎