ただ、癒されたかっただけなのかもしれない…

真弥

疑心暗鬼(脚本)

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真弥

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〇おしゃれなキッチン
  今日も唯花は朝早く起きて、朝食の支度をしている。
松永 唯花「今日は、ベーコンエッグと、ハニーバタートーストと、コーヒー。 そろそろ斗真を起こさないと・・・」
波原 斗真「おはよう。 今日も美味そうな朝食。 ・・・唯花、いつもありがとな」
松永 唯花(ど、どうしたんだろう。起こさずに起きてきて、朝ごはんの用意にお礼まで・・・)
松永 唯花「コーヒー入ってるよ。どうぞ」
波原 斗真「ありがとう。 あ、今日ゴミの日だろ?俺出しとくよ」
松永 唯花「えっ!? あ、ありがとう。 玄関にまとめておくから、お願いします」
  普段と違う斗真に戸惑いを隠せない唯花だったが、あえて何も言わずに朝食を一緒に摂った。

〇玄関内
波原 斗真「じゃあ、俺会議もあるし先に出るな?」
松永 唯花「気を付けていってらっしゃい!」
  玄関のすみに置き忘れられたゴミ袋を見つけた唯花は、ため息をつきながら収集場所は捨てにいく。
松永 唯花(慣れないことしようとするから・・・。 でも、今日だけじゃなくて、これからもゴミを捨てに行くことを頼んでもいいのかな)
松永 唯花(少しでも斗真が手伝ってくれたら、本当に助かるし)
松永 唯花「今夜にでも斗真に相談してみよう。 あ!私も急がないと遅刻するわ」

〇オフィスの廊下
波原 斗真(しまったな。ゴミ捨てに行くの忘れてた。 出かける直前までは覚えてたんだけど・・・。唯花怒ってないかな)
具平 紘「お疲れ様です。 今朝は会議の時から難しい顔してましたね。 何か問題でもありましたか?」
波原 斗真「いや、ゴミがさ・・・」
具平 紘「ゴ、ゴミ? なんのことですか?」
波原 斗真「いや、俺さ。 今更だけど家のこと何もやってなかったなって反省してさ。今朝ゴミ捨て位はって思ったけど・・・」
具平 紘「あぁ、ゴミ捨てって面倒ですよね」
波原 斗真「そ、そうなんだよな。うち、マンションの外れの棟の方まで行かなきゃいけなくて・・・道路沿いにあったら思い出せたのに」
具平 紘「え? あ、まぁ。 曜日ごとに捨てるものは違うし、何よりただ家の中のゴミ集めて捨てればいいだけじゃないですからね」
波原 斗真「え、と。どういうこと?」
具平 紘「俺のうち、両親が共働きで家事とか自分も結構してたつもりだったんですよ。ゴミの日も部屋のゴミ集めて、袋変えて・・・」
具平 紘「で、ゴミ捨て場に捨てに行ってたんですよ」
具平 紘「ある時、夜中に母親が冷蔵庫とかストッカーとかチェックして消費期限過ぎてたり、古くなった野菜とか先にゴミ箱に捨ててくれて」
具平 紘「俺、そこまで見てなかったなって。家事って一つの作業にも色々タスクがあって大変なんだって知りました」
波原 斗真「へぇ〜💦」
波原 斗真(細かい! そんな面倒なこと、普段からするとか俺絶対無理だわ。ゴミを捨てに行くだけでも十分だろ)
具平 紘(これを機に斗真さんがもう少し家事を分担してくれたら、唯花さんも楽になれるだろう)
波原 斗真「ま、適材適所って言葉もあるし、俺らは俺らなりに上手くやるよ」
具平 紘(だめだ、この人絶対分かってない。 唯花さん、大丈夫かな)
  紘は呆れた様子で斗真を見たが、斗真はそんな紘の様子には気づかない様子でオフィスに戻って行った。

〇綺麗なリビング
波原 斗真「あー、さっぱりした。風呂上がりのビール最高。唯花も飲む?」
松永 唯花「今日も大変だったみたいね。お疲れ様。 私は、今日は飲まないかな。 それより・・・今朝のことなんだけど」
波原 斗真「今朝の事? あぁ、ごめん。ゴミ捨てのことだよな。 マジでうっかりしてた。ほんとゴメン」
松永 唯花「ううん、それはもういいの。 でね、もしよかったらこれからも2回/週のゴミ捨て斗真に頼んでもいい?」
波原 斗真「えっ?2回/週?」
松永 唯花「う、うん。 朝は結構バタバタするし。私も最近忙しくて、手伝ってくれたら嬉しい。 ゴミ捨ての時の段取りは教えるし・・・」
波原 斗真「いや!無理!」
松永 唯花「えっ?」
波原 斗真「2回/週必ずってのは約束できないよ。俺だって会議とかあって朝は忙しいし。 それに、ゴミ捨てって細かくて面倒なんだろ?」
松永 唯花「そりゃ、行政で決められてるものを守らないと捨ててもらえないからね」
波原 斗真「だろ?だから、俺には無理だなって。 今まで通り唯花担当で頼むよ。 唯花手際いいし、俺より向いてるよ」
松永 唯花「は?向いてるってなに?」
波原 斗真「あ、いや。その・・・」
  唯花の雰囲気が変わったことに斗真は気づいたが、ゴミ捨て仕事から逃げるために必死に言い訳を考えた。
波原 斗真「た、たしかに唯花には家のこと色々してもらって感謝してる。あ、共通のお財布に入れるお金、俺の分もう少し多くしてもいいから」
松永 唯花「お金を出すから、家事は全部私がしろってこと?」
波原 斗真「う、うん。適材適所って言葉もあるだろ? 苦手な人が苦手なことをやっても効率悪いというか・・・。唯花は料理好きだろ?」
松永 唯花「・・・もういい。 それで?お金、どのくらい多く入れてくれるの?」
波原 斗真「あー、えっと・・・5000円位?」
松永 唯花「月、5000円で家政婦は雇えないわよ」
波原 斗真「じゃ、じゃあ・・・20000円位でダメ? あ!でも今月はフットサルの靴カードで買ったから払えない・・・」
松永 唯花「分かった。 来月40000入れてくれたらそれでいいよ」
波原 斗真「来月40000円ね。分かった」
松永 唯花「言っておくけど今までと同額の50000円に加えてだからね!」
波原 斗真「嘘だろ? マジで来月やっていけないかも・・・」
松永 唯花「私、疲れたから先に休むね。 おやすみ」
波原 斗真「あー、こんなことなら朝ゴミ捨てに行くなんて言わなきゃよかった。毎月70000はキツすぎるよ」
波原 斗真「今までだってタダでしてくれてたのに、唯花意外とガメツイな」
  冬馬は自分がどれほど唯花を落胆させたのか気付かず、来月からのやりくりに頭を悩ませた。

〇明るいリビング
  週末、唯花は久しぶりに実家に帰ってきた。妹の唯実が出迎えてくれる。
松永 唯実「おねぇ、おかえり。久しぶりじゃない? 何かあったの?」
松永 唯花「別に何もないわよ。久しぶりに唯実の顔を見たくて帰ってきたの」
松永 唯実「えー?なにそれー、気持ち悪い」
松永 唯花「気持ち悪いはないでしょ?全く可愛く無くなってきたわね」
松永 唯実「可愛いでしょ?これでも彼氏が途切れたことはないのよ」
松永 唯花「あんたって子は相変わらず男子をいいように扱ってそうね」
松永 唯実「何言ってんの。女は愛されて尽くされてなんぼの存在でしょ。おねぇの彼氏みたいに何にもしてくれない男とかありえないから」
松永 唯花「・・・」
松永 唯実「そういえば、おねえの会社に紘さんが入社したんでしょう?」
松永 唯花「そうよ。よく知ってるわね」
松永 唯実「紘さんは、私の未来の旦那様になる人だからね。動向はチェック済みです」
松永 唯花「未来の旦那様って・・・。 そういえばあなたって、昔から紘くんのファンだったわね」
松永 唯実「仕事もできて家事もできて、気遣いのできる男の人なんてそうそういないわよ」
松永 唯花「確かに。この前アパートにお邪魔したとき、あんまり綺麗なんで驚いたよ。料理もとっても上手で美味しいの」
松永 唯実「どうしておねぇがそんなこと知ってるの?斗真さんと付き合ってるのに、紘さんの部屋にまで遊びに行くの?」
松永 唯花「ち、違うわよ。この間偶然、まこもちゃんと一緒にいる時に会って、お鍋一緒にって誘われたの。それでアパートにお邪魔したの」
松永 唯実「ふぅん。未来の義弟になるとしても過度な接触は避けてよね。姉妹で取り合いとか嫌だからね」
松永 唯花「そんなことになるわけないでしょ。 私には斗真がいるんだから・・・」
  冗談とは思えない唯実の言葉に唯花はたじろぎながら、慌てて話を変えた。
松永 唯花「ところでお母さんたちは?」
松永 唯実「2人なら昨日から温泉旅行に出掛けてるよ。私もこれから彼氏のうちに行ってお泊まりデート。家には誰もいないけどどうする?」
松永 唯花「えー?みんないないの?せっかく帰ってきたのにつまんないの。仕方ないからマンションに帰るよ」
松永 唯実「そうした方が賢明ね。温泉旅行も、2人の慰労会みたいなものなんだよ」
松永 唯花「2人の慰労会? どういう意味?」
松永 唯実「ほら、お父さん仕事だけの人だったでしょ?家のことお母さんに任せきりで」
松永 唯花「そういえばそうだったね。亭主関白だったし」
松永 唯実「でもね、これからはそれじゃあダメだって。お母さんが新人教育並みに家事をお父さんに教えてるの」
松永 唯花「よくお父さんが納得したね?」
松永 唯実「お父さんが提案したのよ。お母さんが1人で家事やって大変そうにしてるのを見て考えさせられたんじゃない?」
松永 唯花「へぇ・・・あのお父さんがねー」
松永 唯実「でも、人を使う立場の人間だった人って、なかなか受け入れられないみたいだよ。人に教わるの。その点はお父さんもよく辛抱してる」
松永 唯実「お母さん、結構スパルタだけど、お父さん素直に聞いてるもの」
松永 唯花「で、日頃のお互いを労わって温泉旅行に行ったとそういうことね」
松永 唯実「そういうこと。 おねぇも今のうちに斗真さんを躾けておかないと後々苦労するわよ。 結婚後家では地蔵男なんて最悪でしょ」
松永 唯花「地蔵男って・・・」
松永 唯花(確かに、将来斗真との結婚生活を想像して、お地蔵様が肩の上にのしかかっているような感覚に気持ちが重たくなってきた)

〇開けた交差点
松永 唯花(結局マンションへ帰ることにしたけど・・・斗真と顔を合わせなくないな。 お父さん達のことを聞いたせいか、気が重くて仕方ない)
松永 唯花(1人で飲みに行くのもなー。 映画でも見に行こうかな・・・)
  唯花はマンションに帰る道をUターンして、映画館ある街中に向かった。

〇映画館のロビー
  映画館のロビーで未来は出入り口から入る人の流れを見ていた。見知った顔を見つけて駆け寄る。
和坂 未来「斗真さん、こっちこっち!」
波原 斗真「未来ちゃん。お待たせ」
和坂 未来「今日は付き合ってくださってありがとうございます。もらったチケットの有効期限が今日までで、無駄になるところでした」
波原 斗真「いや、今日は偶然1人だったし、退屈してたからちょうどよかった。誘ってくれてありがと」
和坂 未来(今日、唯花さんがご実家にお泊まりすることは聞いてたから、わざわざ期限切れ間近の映画チケットを手に入れたんだから)
和坂 未来「こちらこそ付き合わせてすみません。 唯花さん、今日はおられなかったんですか?」
波原 斗真「あぁ。なんか、実家の様子を見てきたいって言ってさ。急に帰るもんだから、飯とかどうしようって思ってたんだよな」
和坂 未来「ここ、美味しい焼肉屋さんがあるんですよ。映画の後行きましょう」
波原 斗真「や、焼肉? あぁいいね」
波原 斗真(小遣い苦しいんだよな。でもまさか年下の子に割り勘とか言えねーし。唯花に来月のお金ちょっと待って貰えばいいか)
和坂 未来「じゃあ、中に入りましょう!」
  未来は腕を斗真の腕に絡ませて、戸惑う斗真を無視して映画館の中に入って行った。
松永 唯花(なんの映画を観ようかな。 1人だから笑えるやつにしようかな。それとも恋愛映画もいいな・・・)
  チケットを買って、ふと視線を映画館の通路に向けると見知った背中を見た気がして、唯花は目を凝らした。
松永 唯花(あれ?今の後ろ姿、斗真と‥和坂さん?まさか、見間違いだよね)
松永 唯花(え、でも、よく似てた。今どこのシアタールームに入ったんだろう)
  見知った2人を見かけて、唯花は気になって2人が入って行った映画のチケットを購入して自分も中に入った。

〇映画館の座席
  すでに場内はライトが落ちていて、足元を照らすライトを頼りに唯花は自分の席に座ったあと、周囲を見まわした。
和坂 未来「これ、すごく面白いって噂ですよ。楽しみですね」
波原 斗真「俺も予告見た時見にいきたいって思ってたんだよ」
  唯花の座る席から見下ろせる場所に、斗真と未来の姿を見つける。
松永 唯花(なに、どういうこと? 2人はこんなふうに今までも会ってたの? 私がいない時を見計らって?)
松永 唯花(斗真が、浮気? そんなこと・・・)
  唯花は信じられない思いで2人を見ていた。
  映画が始まっても、2人から視線を逸らすことができず、ただ茫然と2人を見続けた。

〇豪華なベッドルーム
  映画館で見かけた、2人の姿に唯花はショックを受けていた。そのまま斗真のあるマンションに帰る気にならずホテルにやってきた。
松永 唯花(信じられない。 斗真が浮気をするなんて。 あのあと2人がどこに行ったか知るのが怖くて逃げるようにここにきたけど)
松永 唯花(5年付き合ってきて、今まで一度だって斗真の浮気を疑うようなことはなかった。それは私は斗真を信じていたからだ)
松永 唯花(斗真だって、仕事は忙しくて残業や急な泊まりもあったけど、不安にさせるような態度はなかった)
松永 唯花(単純だけど、誠実で、平気で嘘をつけるような人じゃないと思ってた。 もしかして、これまでもこういうことあったんだろうか?)
  今まで疑うこともなかった斗真への信頼が、この日僅かな歪みとなって唯花の心に鈍色のシミを作った。

〇綺麗なリビング
波原 斗真「あぁ、疲れた」
  斗真は映画館の後、未来と焼肉屋へ向かった。
  高級店だけあってお肉は美味かったが、未来が単価の高い物を頼むのをヒヤヒヤしながら見ていた為、食べた気がしなかった。
波原 斗真「人の財布だと思って、遠慮なしなんだもんな。いただきますとごちそうさまもないし、頼んだものを残すのもあり得ないよ」
波原 斗真(こんなとき、唯花だったら絶対割り勘だったし、そもそも高級焼肉屋なんてねだる事もなかったな・・・)
波原 斗真「唯花、いつ帰ってくるのかな。 唯花のごはんが食べたいよ」
  唯花の気持ちを知らない斗真は、彼女が早く帰ることを思いながら、この日はビールも飲まずにベッドへ入った。

〇オフィスのフロア
松永 唯花「おはようございます、課長」
片丘課長「あぁ、おはよう。 ・・・どうした?顔色が悪いようだが何かあったのか?」
松永 唯花「いえ、何もないですよ。課長の気のせいだと思います」
  唯花はそう答えたが、明らかに顔色の悪い彼女のことを片丘は心配そうに見る。
片丘課長(彼女のことだ。何かを抱えていても助けを求めてくるまでは見守るしかないか)
片丘課長(なまじ、なんでもできる子だから、1人で抱え込みがちで、頼ることが下手だよな。倒れなきゃいいけど)
松永 唯花「課長郵便物の配送があるので、ちょっと出てきます」
片丘課長「あぁ、気をつけてな」
和坂 未来「課長、子供を送り出すんじゃないんですから。そんなに心配そうに見なくても大丈夫ですよ」
片丘課長「きみは人のことより、今日までに終わらせる作業はどうなった?」
和坂 未来「ちゃんとやってますけど、量が多すぎます。こんなの今日中にとか無理ですよ」
片丘課長「その仕事をきみに指示したのは先週だぞ?十分時間はあったはずだ」
和坂 未来「私だって通常の業務もあるんです。優先順位とか見ながら動いているので。とにかく私1人では無理なので松永先輩に頼みます」
片丘課長「和坂くん。 いい加減にしないか。 松永に甘えてばかりでは成長できないぞ」
和坂 未来「その言い方パワハラですよ」
片丘課長「パワハラかどうかは、コンプライアンス委員会が判断する。最近のキミの職務態度や、内容、言動を報告書にして上に提出済みだ」
和坂 未来「な、なんですか、それ。横暴です!」
片丘課長「悪いがキミの派遣元から、当初より報告書を依頼されていたんだよ。キミ、前のところでも態度が悪くて更新されなかったんだろう」
和坂 未来「ひどい・・・」
  泣き出した未来に片丘はため息をついてオフィスから出た。
片丘課長「キミの嘘泣きに騙されるのは、頭の軽い男だけだと思うぞ」
和坂 未来「何よ!あれ! SNSに晒してやろうかしら!」
  片丘の態度に未来は憤慨し、仕事も放置したままオフィスを出て行った。

〇開けた交差点
  郵便局の帰り道、唯花はボンヤリと歩いていた。
  結局今朝はホテルから出勤して斗真にはまだ会っていない。
  未来の顔もまともに見れない状況で、仕事も捗らない。
松永 唯花「今は仕事中なんだから切り替えないと」
  言葉に出して自分に喝を入れてみるものの、心の中は荒れ狂う台風みたいに思考がごちゃごちゃで苦しい。
松永 唯花「きゃっ!」
  自転車のベルの音と同時に、強い力が唯花の体を引き寄せた。
具平 紘「危ないなー! あの自転車歩道で猛スピード出すなっていうんだ! ・・・唯花さん大丈夫?」
松永 唯花「ひ、紘くん?」
松永 唯花「び、びっくりした。 あ、ありがとう。 自転車が来てたのに気づかなかったわ。考え事してたから」
具平 紘「本当にボーッとしてましたよ。 心ここに在らずって感じで」
松永 唯花「えへへ。ごめん。 いつも紘くんには助けられてばかりだね。 ありがとう」
具平 紘「それはいいんです。 今ここにいたのが俺でよかったと思ってるくらいなんで」
松永 唯花「・・・。 営業先の帰り?」
具平 紘「ええ。 今日も斗真さんガンガンやる気で、契約とってきたところですよ」
松永 唯花「と、斗真もいるの?」
  まだ、斗真と顔を合わせる勇気がない唯花は、慌てて辺りを見回す。
具平 紘「斗真さんは、他にやるところがあるからって手前の交差点のところで別れたのでいませんよ」
松永 唯花「そ、そう」
  唯花の安堵した様子と、それとは別に顔色の悪さが気になって仕方ない斗真だった。
具平 紘「愚痴は、吐き出したほうが楽になるらしいですよ」
松永 唯花「え?」
具平 紘「まこもが言ってたんです。 この前唯花さんに会ったとき、元気なかったって。昔は明るく優しく笑う人だったのにって」
具平 紘「今はなんだか諦めたみたいに笑ってるって」
松永 唯花「まこもちゃんが?」
  小学5年生の子に心配かけていたなんて、情けないと、唯花はますます落ち込んでしまった。
具平 紘「だから、愚痴とか悩みがあるなら、お兄ちゃんをサンドバックにしたらいいのにって言ってました」
松永 唯花「え?紘くんを?」
具平 紘「酷いやつだと思いません?実の兄をサンドバッグにだなんて」
松永 唯花「ふふっ、ははっ!」
松永 唯花「おかし・・・っ、 この間から私、紘くんに笑わせてもらってばかりだね」
具平 紘「唯花さんの笑った顔が、俺は一番好きなんで」
  多分これまでも何度も聞いたことのある親愛の情を込めた言葉が今日はいつもより少し違うように聞こえた。胸の奥がほんのり熱い。
松永 唯花「まこもちゃんの言葉に甘えて、サンドバッグにしちゃおうかな?」
具平 紘「いいですよ。唯花さんの力くらいだったら全然平気なんで」
松永 唯花「言ったな!本気でやるよ!」
  唯花は笑いながら紘に向かってパンチを繰り出す。
  それを紘は身軽にかわしていく。
松永 唯花「もー!受け止めてくれないとサンドバッグにならないよっ、」
具平 紘「あははっ!」
具平 紘「はい、じゃあどうぞ!」
  両手を目の前に出してきた紘は、唯花の繰り出した手を軽々と掴んだ。
松永 唯花(え、なんで手を握られてるの?)
具平 紘「細くて小さな手ですね。 この手で全部のことを1人で抱え込むのは無理があるでしょう? たまには頼ってください」
松永 唯花「紘、くん?」
具平 紘「仕事のことは手伝えないかもしれないけど、家政婦業務なら得意だっていったでしょ」
松永 唯花(嬉しい。 こんなふうに自分のことを気にかけてくれる人がいるって、すごく心強い)
松永 唯花「ありがとう。紘くん」
具平 紘「俺は、何もしてませんよ」
具平 紘(本当は、頑張り屋の唯花さんをもっともっと甘やかしたい。笑顔にさせたい。 俺にその資格はないのに。 諦め切れないなんて)
松永 唯花(周りに心配かけちゃダメだ。 斗真と話そう。 でも、もし彼が和坂さんを選んだら・・・。 ううん。今はそんなことは考えない)
  唯花は心の中で決心をした。紘は何も言わない唯花を黙って見つめながら、2人は会社までの道を並んで歩いた。
  2人の遥か後ろから、2人の様子をじっと見つめている人影があった。
波原 斗真「なんで、あの2人が。 どうして唯花はいつもアイツといるとき楽しそうに笑っているんだ?俺の前ではいつも・・・」
  斗真の呟きは、悲しみと怒りが混ざって吐き出された。

次のエピソード:また、なの?

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