幸多き未来を…中(脚本)
〇病院の診察室
棗絢音「んん!!!! あ、あああっっ!!!!」
看護師「棗さん。 呼吸しっかりしましょう!! 大丈夫ですよ!!」
棗藤次「・・・絢音・・・ 絢音がんばれ。 大丈夫や・・・ 絢音・・・」
花藤病院の産婦人科分娩室。
分娩台の上で必死に陣痛に耐える絢音の手を握りながら、藤次は震える足を必死に踏ん張り、見守っていた。
真っ白な顔は赤く染まり、血管は浮き出て、汗は滝のように流れ頬を濡らす。
握った手には、か細い絢音からは想像できない強い力が伝わってきて、痛いと思ったが、絢音はこれ以上の痛みに耐えてるのだ。
だから、今痛いと言うのは絶対違うと自分を叱咤し、藤次も負けじと手を強く握りしめ、愛する妻の名を必死に呼ぶ。
棗藤次「絢音・・・ 絢音ごめんなぁ・・・ 藤太の時、こない辛い思い、1人でさせて ホンマワシ・・・どうしょうもない阿呆や」
棗絢音「と・・・じ・・・ うあっっ!!!!! ああああっっ!!!!」
棗藤次「絢音・・・絢音・・・ 神さん、いてはるなら、後生や。 絢音と腹の子、守って下さい・・・」
棗絢音「ふぅ・・・・・・ふっ!!! あっ、ぐうううっ!!!!!」
看護師「頑張りましょう棗さん!! 赤ちゃん、もう直ぐ会えますよ!!!?」
棗絢音「と、じ、・・・・・・・・・ッッッッ!!!! こゆッッッッ!!! ああああああッッッッ!!!!!!!」
絢音が、一際大きな悲鳴をあげた時だった。
分娩室に、甲高い泣き声が響いたのは・・・
看護師「・・・はい!! おめでとうございます!! 2,800グラム・・・可愛い女の子ですよ」
棗藤次「・・・う、うま、れ、た?」
ガタンと、糸が切れたように、藤次は結んでいた手を離してその場に尻餅をつく。
看護師「だ、大丈夫ですか?!?」
棗藤次「あ、ああ・・・ す、すんまへん。 ち、ちょお、身体が、震えて・・・ 良かった・・・ ホンマ、良かった・・・」
看護師「ふふっ。 赤ちゃんは、念の為NICUでお預かりさせていただきます。対面はしばらくお待ちくださいね」
棗藤次「あ、は、ハイ・・・」
頷き、震える体を必死に立ち上がらせて、藤次は絢音を見る。
棗絢音「と、とうじ・・・さん・・・」
棗藤次「ははっ、 ホッとしたら腰抜けたわ。 カッコ悪」
棗絢音「藤次さん・・・」
棗藤次「・・・出産、お疲れ。 よう頑張ったな。 無事に産んでくれて、おおきに」
棗絢音「う・・・」
棗藤次「な、なんやっ?!どないした?! どっか痛いんか?!!」
棗絢音「違う・・・ 無事に産めたから、私も、ホッとして 良かった。 藤次さんが楽しみにしてた女の赤ちゃん、ちゃんと産めて」
棗藤次「絢音・・・」
棗絢音「ありがとう。 約束通り、ずっと側にいてくれて・・・ 藤次さん、大好き・・・」
棗藤次「・・・そんなん、お安い御用や。 2人きりの、夫婦やろ? ホンマに藤太ん時は、ごめんな? 愛してる。絢音」
〇シックな玄関
棗藤次「ただいま」
長山恵理子「あ! お帰り藤次!! 絢音ちゃんと赤ん坊、どないや?!」
・・・絢音と恋雪を病院に預けて、藤次はタクシーで帰宅の途につく。
扉を開けるなり現れた姉に、藤次はニコリと笑う。
棗藤次「心配おおきに。 そやし、無事に産まれたわ。 赤ん坊・・・恋雪との対面は、暫くお預けやけどな」
長山恵理子「ほ、ほうか・・・ 良かった良かった。 さ、早よ上がりよし。 ご飯用意しとるえ?」
棗藤次「うん。 せや、藤太は?」
長山恵理子「ああ。 よう寝てるわ。 ・・・疑うようで悪いけど、あの子ホンマにアンタの子? ずっとええ子で、手がかからんかったわ」
棗藤次「何言うてんにゃ!! 産まれた時姉ちゃんかて現場おったやろ!? 正真正銘、ワシと絢音の・・・愛の結晶や!!」
長山恵理子「・・・ああ、せやったなぁ・・・ あれからもう丸一年以上・・・ なあ藤次、あんたホンマに、立派になったなぁ・・・」
棗藤次「な、なんや姉ちゃん! そんな急に・・・」
長山恵理子「急やない。 結婚してからアンタ、ホンマに変わったわ。 アンタがお父ちゃんやなんて、大丈夫かいなて思うてたけど・・・」
棗藤次「姉ちゃん・・・」
長山恵理子「・・・なあ藤次。 お前ももう50で、人の親なんや。 そろそろお母はんのこと、許してあげること、できんか?」
棗藤次「・・・・・・・・・・・・」
〇実家の居間
棗藤次「(なぁ〜!なんでぇ?なんでワシ、よそさんちみたいにお母はんと遊べんの?)」
棗恵理子「(バカ藤次!なんべんも言わすやない!!お母ちゃんは「びょうき」なんや!真子おばちゃん困らすんやない!!)」
棗真子「(そうやとーちゃん。お姉ちゃんの言う通りえ? 姉さん・・・お母はんは身体弱くて寝てなあかんの。 そやし、3人で遊ぼな?)」
棗藤次「(嫌や!! お母ちゃんがええ!! 姉ちゃんもおばちゃんも嫌や! そやし、お母ちゃんがダメなら、お父ちゃんがええ!!)」
棗恵理子「(バカッ!! いい加減にしよし!!! お父ちゃんはお仕事忙しいんや!! 甘ったれ!!大人になりっ!!)」
棗藤次「(嫌や!!なんでウチのお父ちゃんもお母ちゃんも、よそん家と違うんや!!もう嫌や!!なんもかんも誰も彼も、嫌いや!!)」
〇おしゃれなリビングダイニング
棗藤次「「誰も彼も嫌いや」・・・か」
長山恵理子「藤次・・・?」
棗藤次「ん? ああ。 ちょっと・・・な」
長山恵理子「?」
不思議そうに自分を見る姉に、藤次は食事の手を止め、静かに恵理子に笑いかける。
棗藤次「姉ちゃん、あのな・・・」
〇田舎の病院の病室
棗絢音「えっ!!? と、藤次さん?!」
棗藤次「おう! 調子どないや? 京極ちゃん撒いてちょい覗きに来た!!」
棗絢音「もー・・・ そんな事してたら、佐保ちゃんに部長さんに言われるわよ〜」
棗藤次「大丈夫や! アイツの好物はリサーチ済みや!! 後で買うてご機嫌取りする!!」
棗絢音「全く・・・ そう言う知恵はお仕事に生かさないとダメじゃない。 仕様のない人」
棗藤次「へへっ!」
悪戯っぽく笑いながら、藤次はベッドで本を読んでいた絢音の傍に置かれた椅子に座り、彼女を抱きしめる。
棗絢音「なあに? 寂しかったの? 甘えん坊さん❤︎」
棗藤次「・・・うん。 寂しい。 お前にお帰り言うてもらえへんの、寂しい。 ・・・そやし、ワシはもう、親なんよな」
棗絢音「藤次さん?」
急に改まった口調になった自分に戸惑う絢音を眼前に置いて、藤次は心に決めた思いを伝える。
棗藤次「・・・なあ、恋雪がNICUから出て、退院決まったら、藤太も連れて、奈良に行かへん?」
棗絢音「えっ?」
棗藤次「・・・お母ちゃん、母親が、ずっと奈良の病院で療養してん」
棗絢音「えっ?! た、確か藤次さん、婚約の時、ご両親亡くなってるって・・・」
棗藤次「ああ、言うた。 父親は過労死。母親は病死したて。確かに言うた。 そやし、半分は嘘ついた。 お前に、知られとうなくて」
棗絢音「な、なんで・・・」
狼狽する絢音に、藤次は複雑そうに笑う。
棗藤次「ワシ、ずっと母親を憎んでたんや。 病弱で、ワシ産んだ後ずっと寝たきりでろくに相手してくれへんかったから・・・ そやし」
棗絢音「う、うん?」
棗藤次「そやし、お前の出産見て思たんや。 お母ちゃんも、こうして必死に身体弱いのに頑張って、ワシ産んでくれたんやなて。 そしたら」
棗絢音「そしたら?」
聞き返す絢音に、藤次は白い歯を出してニカッと笑う。
棗藤次「自然と思えたんや。 ワシは誰にも愛されてないなんてない。 産まれた瞬間から、言葉やない愛を2人の親から、もろてたんやて」
棗絢音「藤次さん・・・」
棗藤次「姉ちゃんに呆れられたわ。 50になってようやく気づいたんかて。 ホンマ阿呆やわ。 この世に産まれた段階で、幸せやのにな」
ハハッと強がってみたが、じわりと涙が込み上げてきて、絢音の姿が滲んでくる。
棗藤次「お母ちゃんは、身体弱かったよし、産むのはきっと、命懸けやったはず。 なら、堕ろす選択も迫られたかもしれん。 なのに」
パタパタと、膝に置いた拳に涙が落ちていく。
棗藤次「せやのに、命懸けて産んでくれた大切な人を、ずっと嫌って、避けて、お前に嘘ついて、ワシ・・・ホンマに・・・・・・!?」
キュッと、絢音に優しく抱かれて、藤次は彼女の腕の中で顔を上げる。
棗絢音「もう、自分を責めないで? 行きましょう。奈良へ。 あなた似の可愛い孫と築いた家族、お義母様に、見せてあげましょう?」
棗藤次「絢音・・・」
棗絢音「・・・うん。 藤次さん、大好き」
〇新幹線の座席
・・・それから約1ヶ月。
桜前線が西日本を覆い始めた4月始め。
姉恵理子の手を借りながら、藤次は築き上げた家族を連れて、母のいる奈良の桜山(さくらやま)病院を目指していた。
車窓に写る自分の顔をぼんやり見つめていたら、小さな手がちょんと頬に触れる。
パパ?
どおしたの?
こあいおかおして。
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