創作至上主義な女

底抜ノ海

──締め切り、3時間前(脚本)

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〇生徒会室
橘ねこ「ねぇ、君」
橘ねこ「そう、そこの君だよ、そこの君」
橘ねこ「君も──」
橘ねこ「やってみない?」
小林文明「──締切まで三時間切ったぞ?」
小林文明「作品、まだ完成しないのか?」
橘ねこ「そう急かさないでよ」
橘ねこ「一応、最後まで書き上げたんだよ?」
橘ねこ「問題なのは──」
橘ねこ「──死ぬほどありきたりな結末だってこと」
橘ねこ「こんな作品、提出しないほうがまし」
小林文明「──本気で言ってるのか?」
橘ねこ「だからそう急かさないでってば」
橘ねこ「プランBがある」
橘ねこ「君の手を借りたいの」
橘ねこ「つまり──」
橘ねこ「──この物語のオチ、君が考えてくれないかな?」
小林文明「俺が?」
小林文明「物語なんて書いたことないぞ?」
橘ねこ「かまわないよ」
小林文明「──」
小林文明「──じゃあ、例えばだけど」
小林文明「主人公が最後に死ぬってのはどうだ?」
小林文明「泣けるだろ」
橘ねこ「つまんない、ボツ」
橘ねこ「──あのね、この物語の主人公は芸術家なの」
橘ねこ「夭折の芸術家、なんて陳腐だと思わない?」
橘ねこ「他は?」
小林文明「──それじゃあ」
小林文明「芸術家を辞めて、幸せに暮らしましたとさ、ってのは?」
橘ねこ「──」
橘ねこ「彼が芸術を辞める動機は?」
小林文明「そりゃお前、芸術より愛を選ぶって筋書きよ」
橘ねこ「ふーん」
橘ねこ「──最悪ね、それ」
橘ねこ「愛なんてしょうもない物のために芸術を捨てるなんて」
橘ねこ「彼にとっては死んだも同然だよ」
小林文明「──言い過ぎじゃないか?」
小林文明「等身大の幸せ、ってのもあるだろ?」
橘ねこ「それは負け犬の幸せ」
小林文明「──」
小林文明「じゃあ、お前が考えた結末ってのはどういう話なんだよ?」
橘ねこ「──つまんないこと聞くね」
橘ねこ「今、君が話した結末とまったく同じだよ」
橘ねこ「愛に救われる、死ぬほど退屈なハッピーエンド」
小林文明「──」
小林文明「──」
小林文明「──俺、好きだよ」
小林文明「この結末」
小林文明「負け犬なんかじゃないし」
小林文明「ハッピーエンドだって、悪くねぇだろ?」
小林文明「なぁ?」
橘ねこ「──」
橘ねこ「──ダメ」
橘ねこ「これを許すのは、妥協」
橘ねこ「──愛なんてしょせん、性欲の錯覚でしかないから」
小林文明「──」
小林文明「──そっか」
小林文明「なんか、白けちまったな」
小林文明「俺、帰るわ」
橘ねこ「──」
小林文明「邪魔したな」
橘ねこ「待って」
橘ねこ「思いついたよ、結末」
橘ねこ「たった今」
小林文明「──」
小林文明「──どんな?」
橘ねこ「──彼は、芸術以外の全てをあきらめる」
橘ねこ「幸福な人生を、あきらめる」
小林文明「──」
橘ねこ「なぜなら──」
橘ねこ「──孤独によってしか、芸術は作り得ないと気がついたから」
橘ねこ「彼は青春を拒絶する」
橘ねこ「家族や友人──そして恋人を、拒絶する」
橘ねこ「そうすることで始めて、真の芸術を作ることに成功する」
橘ねこ「──どうかな?」
小林文明「お前らしいよ」
橘ねこ「私も、そう思う」
橘ねこ「だから──」
橘ねこ「ありがとね?」
小林文明「よせよ、今更」
小林文明「──」
小林文明「──なぁ、そんなにクリエイターが偉いのか?」
橘ねこ「──え」
小林文明「俺の感想、聞くか?」
小林文明「つまんねぇよ」
小林文明「孤独なんてしょせん、芸術の肥やしになる程度の不幸でしかない」
小林文明「お手軽な、不幸自慢で」
小林文明「悲劇の主人公ぶってるだけだ」
小林文明「青春を捨てたっていう、自分に酔ってるだけだろ」
小林文明「──そもそも」
小林文明「創作物がないと、人間は生きていけないのか?」
小林文明「エゴだよ、それは」
橘ねこ「──」
橘ねこ「──ふ」
橘ねこ「ふふ」
小林文明「──」
橘ねこ「刺さってんじゃん」

コメント

  • すごくわかる、と思ってしまいました。
    真剣に考えれば考えるほど、芸術論に入り込み哲学や観念論に迷い込むことってありますよね。しかも、締切が間近に迫った時に限ってw

  • 創作の哲学を聞いているようでした。
    良かったです!

  • 「小説の結末を考えて」という二人のやりとりが小説になるなんて、なかなか粋ですね。人と人との会話や人間関係の構築も創作と言えないこともないから、創作至上主義な彼女も満更じゃないみたい。これからは何を聞いても「ChatGPTに聞けばいいじゃん」とか言われる時代が来ることを思えば、人から見れば無意味なことを大層なことの様に悩んだりすることも芸術家の特権ですね。

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