狂おしいほど熱せられ

穂橋吾郎

第二話 平熱の狂気(脚本)

狂おしいほど熱せられ

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〇オフィスのフロア
課長「えー、みなさん」
課長「今日から福地さんが職場復帰となります」
課長「まだまだ本調子ではないと思いますので」
課長「みんなで助け合いながら業務を進めていきましょう」
福地 理沙「色々とご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
江藤 由紀「理沙、お帰りー! 待ってたよ!」
福地 理沙(・・・・・・)
福地 理沙(二週間前まではほとんど死を覚悟していたのに)
福地 理沙(今はもう仕事に復帰してるなんて)
福地 理沙(なんだか嘘みたい・・・)

〇病院の廊下
  二週間前
西川 満「なあ、理沙を返してくれよ! もう俺たちには時間が無いんだよ!」
看護師「落ち着いてください。先生が処置していますから、もう少しお待ちください」
西川 満「そんなこと言って、もう3時間も経つじゃないか!」
西川 満「一体なにをしてるんだよ!」
  満が騒ぎ立てていると
  扉の上に灯っていた『手術中』のランプが消えた。
西川 満「!」
西川 満「理沙!」
看護師「ちょっと、勝手に入らないでください」

〇手術室
  手術室に飛び込んできた満は
  ベッドに横たわる理沙に抱きついた。
西川 満「理沙、大丈夫か!」
福地 理沙「満・・・あたし、生きてる!」
西川 満「熱は? 体はなんともないのか?」
福地 理沙「うん。もうどこも苦しくない」
西川 満「良かった、ホントに良かった!」
医者「治療が上手くいって安心しました」
西川 満「先生、本当にありがとうございます!」
医者「こちらの方のおかげです」
西川 満「こちらの方?」
  医師が示した先には、もう一台のベッドがあった。
  ベッドで横になっていた男が起き上がり、二人に挨拶をした。
坂本 敏明「初めまして、坂本敏明と申します」

〇休憩スペース
江藤 由紀「うええん、理沙ー、生きてて良かったよー!」
福地 理沙「ありがとう、由紀」
江藤 由紀「もう病気は心配ないんだよね? 治ったんだよね?」
福地 理沙「・・・ううん」
福地 理沙「病気自体が治ったわけでは無いの」
福地 理沙「上がった体温を正常に戻す方法が見つかっただけで」
江藤 由紀「え、じゃあ、いまも高温症は残ってるの!?」
福地 理沙「そう」
福地 理沙「あたしとは逆に、0.1℃ずつ体温が下がっていく低温症患者の坂本さん」
福地 理沙「彼がいないと、また際限なく体温が上がっていってしまう・・・」

〇レトロ喫茶
坂本 敏明「本当に福地さんには、何度お礼を言っても言い足りないです」
福地 理沙「いえ、あたしの方こそ、坂本さんがいなかったらどうなっていたか・・・」
坂本 敏明「どんどん体温が下がっていって」
坂本 敏明「頼れるものが何も無くて」
坂本 敏明「まさに絶望だった」
福地 理沙「分かります・・・」
福地 理沙「なんの希望も無く過ごす日々の苦しさは、いま思い出してもゾッとします」
西川 満「・・・どうでもいいですけど」
西川 満「そんなにしっかり手を繋ぐ必要ありますか?」
西川 満「手を重ねるだけにするとか、小指だけひっかけるとか」
福地 理沙「満、しょうがないでしょ」
福地 理沙「体温を正常値の36.5℃に戻すためには」
福地 理沙「連続で3時間お互いの肌を接触させてなきゃいけない」
福地 理沙「途中で離れちゃったら、また一からやり直しなんだよ」
西川 満「それは分かってるよ! だけど・・・」
坂本 敏明「高温症と低温症は環境要因によって変質する珍しい病気だと、医師から聞いています」
坂本 敏明「お互いの症状を抑えるには、直接接触するしか方法がないのだと」
西川 満「だから分かってますって!」
西川 満「俺だって医師から説明は受けました」
西川 満「でも自分の恋人が、目の前で他の男と手を繋いでるんですよ」
西川 満「そりゃイライラもするでしょう」
坂本 敏明「ええ、お察しします。西川さんにも感謝しかありません」
福地 理沙「でも、今後はどうしましょうか」
福地 理沙「いつまでもカフェで会うわけにはいかないですよね」
坂本 敏明「実はそのことについて、私から一つ提案がありまして」
坂本 敏明「福地さん・・・」
坂本 敏明「私の家に住んではいかがでしょうか?」
福地 理沙「え!?」
西川 満「あんた、何言ってんだ!」
坂本 敏明「私の家にはいくつか使っていない部屋があります」
坂本 敏明「その部屋に鍵を取りつけて、福地さんに住んでいただく」
坂本 敏明「いわば私の家でシェアハウスをするような形です」
坂本 敏明「いかがですか?」
福地 理沙「いかがですか、と言われましても」
福地 理沙「そんな急に──」
西川 満「許せるわけないだろ、そんなの!」
坂本 敏明「しかし、いつでも体温を正常に戻せるのは お互いにとってメリットしかございません」
福地 理沙「たしかに体温変化に怯える必要が無いのは魅力的ですけど・・・」
西川 満「理沙まで、なに言ってんだ!」
坂本 敏明「もちろん、西川さんも一緒に住んでいただいて構いません」
福地 理沙「そ、それなら──」
西川 満「ふざけるな!」
西川 満「知らない男と三人で暮らすなんて、出来るわけないだろ!」

〇オフィスのフロア
福地 理沙「ふう・・・」
江藤 由紀「理沙、大丈夫?」
福地 理沙「うん。金曜日だと37℃になるから、ちょっと体がしんどくって」
江藤 由紀「坂本さんの家に住めてたら、毎日体温を戻せるのにねー」
福地 理沙「それは・・・」
江藤 由紀「満君って、男らしく見えて案外器小さいよね」
江藤 由紀「坂本さんと会うのは週一回、日曜日の午前中だけ」
江藤 由紀「必ず自分を同席させること、なんて」
福地 理沙「そんな、満のこと悪く言わないで」
福地 理沙「彼は優しいんだよ」
西川 満「理沙!」
福地 理沙「み、満?」
福地 理沙「あれ、今日は外回りで戻らないんじゃ・・・」
西川 満「理沙が心配で戻ってきた」
西川 満「体調、大丈夫?」
福地 理沙「う、うん、平気だよ」
西川 満「そっか、良かった。絶対無理するなよ!」
西川 満「何かあったら、まず俺に連絡しな」
福地 理沙「分かってる。心配してくれてありがとう・・・」
西川 満「由紀ちゃんも、理沙に何かあったらすぐに俺に連絡してね!」
江藤 由紀「は、はーい・・・」

〇高級一戸建て
満の声「坂本さん、もう少し離れてくださいよ」

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