およそ借金壱千万、如何に返さでおくべきか

底抜ノ海

読切(脚本)

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底抜ノ海

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〇オタクの部屋
井上千夏「借金、1000万円──」
井上千夏「・・・・・・」
井上京「ち、千夏?」
井上千夏「・・・え?」
井上千夏「あぁ、大丈夫」
井上千夏「ちょっと宝くじの期待値を考えよっただけ」
井上仁「・・・現実逃避のやり口が母娘でそっくりだなぁ」
井上京「誰のせいだと思ってんだ・・・」
井上千夏「・・・」
  ──うちの名前は井上千夏。
  両親は小説家。
  といっても、ここ数年は祖母がうちの親代わりだった。
  祖母との二人暮らし。
  大した不満はなかったけれど、どこか満たされない日々だった。
  しかし、それも今日まで。
  高校進学を機に祖母の家を離れ、両親と共に暮らすという道を、うちは選んだ。
  ──まぁそんなこんなで上京して、こうして今、久方ぶりの再会を果たした訳だけど。
井上京「・・・ごめんね、千夏?」
井上京「やっと一緒に暮せるって時にこんな話して」
井上京「・・・わたし、情けなくてさ」
井上千夏「・・・どうしてそんな借金したん?」
井上京「これ・・・このおっさんがね」
井上京「買いまくってたんだよ、本を」
井上仁「なぁ、千夏の前でおっさんは良くないよ」
井上京「うっさい」
井上京「黙れ」
井上京「おっさん」
井上千夏「・・・本って、どんな本?」
井上仁「全部だよ、全部」
井上仁「小説家だから本、読まないと話にならない」
井上仁「床が抜けそうだったから、けっこう処分したけどね」
井上京「賃貸で床抜けたらおしまいだろ・・・」
井上京「・・・ねぇ千夏、提案なんだけど」
井上京「わたしと一緒に暮らさない?」
井上京「二人でさ」
井上京「家具まで質にいれてこの有り様だし・・・」
井上京「とても子供が暮らせる環境じゃないよ」
井上千夏「・・・母さん、一人でうちのこと養えるん?」
井上京「千夏はそんな心配、しなくていいよ」
井上千夏「・・・」
井上千夏「父さんは、それでいいの」
井上仁「・・・」
井上千夏「うちは・・・」
井上千夏「・・・」
井上千夏「ぜーったい、イヤ」
井上京「えっ」
井上千夏「あのさぁ・・・」
井上千夏「自分たちの都合でうちをばあちゃんに預けて、今度は借金?」
井上千夏「別居?」
井上千夏「勝手すぎ」
井上京「・・・」
井上千夏「てか、うちのせいで別居するみたいじゃん」
井上千夏「それ、無神経すぎ」
井上千夏「・・・家族全員一つ屋根の下、一緒の生活を要求するのって」
井上千夏「うちが持つ当然の権利と思わん?」
井上京「・・・じゃあ、借金は?」
井上千夏「今から小説家やめてコツコツ働いても、どーせ1000万円なんて返せるわけないんじゃけぇさー」
井上千夏「なにかで一発当てて、一括返済」
井上千夏「これしかなくない?」
井上千夏「大丈夫、うち母さんと父さんの娘じゃし?」
井上千夏「アイデアなんかいくらでも湧いてくるし?」
井上千夏「いざとなったら相続放棄すればいいし、ね?」
井上京「・・・あのね、そう簡単に」
井上仁「よし、その線でいこう」
井上京「おい、待て」
井上京「おっさん」
井上仁「千夏が言ってることは正しいよ」
井上京「なっ」
井上京「・・・」
井上京「・・・はぁ、分かったよ」
井上京「・・・いっつも、こうなるんだよなぁ」
井上千夏「・・・じゃ、話もまとまったし?」
井上千夏「うち、荷ほどきしてくる」
井上千夏「娘の部屋、覗かんといてよ?」
井上仁「そうだな、母さんの気が変わらないうちに済ませたほうがいい」
井上京「おいおっさん、待てコラ」

〇勉強机のある部屋
井上千夏「ふぅ」
井上千夏「・・・ホントはね」
井上千夏「小説、続けてほしいだけ」
井上千夏「うち、二人の小説大好きじゃし」
井上千夏「それで、三人で暮らしたいだけ」
井上千夏「うち、欲張りなんかなぁ」
井上千夏「・・・あーあ、借金返すアイデア考えんと」
井上千夏「・・・」
井上千夏「・・・閃いた!」

〇オタクの部屋
  翌日
井上千夏「ねぇ、早速じゃけど」
井上千夏「うち、借金返済のアイデア思いついた」
井上千夏「聞いてくれる?」
井上仁「ん、構わないよ」
井上京「・・・なんか緊張するな」
井上千夏「・・・こほん、それじゃあいくよ?」
井上千夏「うちが考えたのはズバリ──」
井上千夏「小説家夫婦としてストリーマーになって動画収入で借金返済作戦!」
井上千夏「どう?」
井上京「一発当てるって小説でベストセラー狙うのかと思ってたけど」
井上千夏「まぁ、それも後々ね?」
井上千夏「でも、ストリーマーのほうが手っ取り早いと思わん?」
井上仁「いいじゃない、ストリーマー」
井上千夏「でしょ?」
井上千夏「パソコンくらいこの家にもあるじゃろうし?」
井上千夏「小説家にとって商売道具じゃもんね?」
井上千夏「んじゃ、早速準備するけぇートークのネタでも考えよって?」
井上千夏「あ、ちなみに生配信ね?」
井上千夏「編集せんですむし」
井上京「・・・え、今からやんの?」
井上千夏「当然!」
井上千夏「勿体ぶるほど名前、売れとらんじゃろー?」
井上京「うっ」
井上京「・・・はぁ、人前で喋るのが嫌で物書きになったのになぁ」
井上仁「小説家ってのは世知辛いな?」
井上京「おっさんのせいだろ」
井上千夏「そうそう、それをカメラの前でやってくれればいいから」
井上京「・・・」
井上仁「千夏は編集者向きかもな?」
井上京「・・・違いないね」
  ・・・
井上千夏「『小説家が視聴者の質問に答える配信』っと」
井上千夏「よし、枠たてた」
井上京「ねぇ、このカメラは?」
井上千夏「うちは小説家じゃないし?」
井上千夏「二人だけを映すにはノートパソコンのインカメだと無理じゃん?」
井上京「それは分かるけど、これ結構いい値段しそうな・・・」
井上千夏「もう始まっとるよ?」
井上千夏「ほら、自己紹介して」
井上京「え?!」
井上京「え、えーと、どうも小説家の井上京・・・です」
井上仁「小説家の井上仁です」
井上仁「よろしくどうぞ」
井上千夏「はい、さっそく質問来とるよ」
井上千夏「『どんなジャンルの小説を書いてるんですか』だって」
井上仁「はい、質問ありがとうございます」
井上仁「ジャンルは僕が純文学、妻はSFですね」
井上仁「最近はSFでも女性作家が増えてるみたいだね?」
井上京「ら、らしいね?」
井上仁「こんなところかな」
井上仁「はい、次の質問」
井上京「おっさん、意外とこういうの得意だよな・・・」
井上千夏「はい、次ね」
井上千夏「『京さんに質問です、好きな食べ物はなんですか?』」
井上京「わたし?」
井上京「えーっと、その・・・なんだろうな・・・」
井上仁「・・・これはちょっと質問がつまらないね?」
井上京「・・・!」
井上京「お、おっさん!」
井上京「せっかく質問してくれたのに失礼だろ!」
井上仁「そう?」
井上仁「ごめんなさいね」
井上京「いや、真面目に謝れよ」
井上千夏「・・・よしよし、その調子」
井上千夏「次はこんなのどう?」
井上千夏「『お二人は小説家として食べていけてるんですか』」
井上京「・・・まぁ、かろうじてね?」
井上仁「そうそう」
井上仁「作家ってプロでも貧乏暇なしが当たり前だから」
井上京「貧乏なのは借金のせいだけどな?」
井上仁「借金するのにも才能が必要なんだよ?」
井上京「はぁー・・・」
井上京「次いこう、次・・・」
井上千夏「次は、えーっと──」
井上千夏「────」
井上京「どうした?」
井上千夏「・・・いや、飛ばすから大丈夫」
井上仁「聞きづらい質問ってことは、答えたら盛り上がるんだろう?」
井上仁「いいよ、答えるから」
井上千夏「・・・じゃあ、読むけど」
井上千夏「・・・」
井上千夏「『井上仁の小説読んだことあるけどつまらない』」
井上千夏「『筆を折って、別の仕事を探したほうがいい』」
井上仁「──」
井上仁「・・・はい、答えましょう」
井上仁「まず、これ質問じゃないね」
井上仁「感想と助言かな」
井上仁「明らかな私怨を感じるけど──」
井上仁「まぁ、そこはいいや」
井上仁「結論からいうと、」
井上仁「僕は筆を折りません」
井上仁「才能とは何か、考えたことはありますか?」
井上仁「僕はね、才能とはその人にファンがいることだと思ってます」
井上仁「ただし、そのファンっていうのはたった一人でもいいわけ」
井上千夏「────」
井上仁「まぁ、あなたも僕のファンみたいなもんだしね」
井上仁「だから僕は筆を折ろうとは微塵も思いません」
井上仁「こんなところでどう?」
井上千夏「・・・いいと思う」
井上千夏「ね?」
井上京「・・・そうだね」
井上千夏「・・・結構、質問にも答えたし今日はこれで締めよっか」
井上千夏「二人とも、挨拶して」
井上京「え、えぇ?」
井上京「またねー・・・とか?」
井上仁「違うでしょ?」
井上仁「えー、もしよろしければチャンネル登録と高評価、お願いします」
井上仁「ではまた・・・これでいいかな?」
井上京「・・・おっさん、詳しいな」
井上千夏「はい、お疲れさま」
井上千夏「なかなか良かったんじゃない?」
井上京「なんとか乗りきれたかな・・・」
井上仁「・・・ところで、千夏」
井上仁「投げ銭はどのくらいになった?」
井上仁「最初だから赤はないにしても、」
井上仁「父さん、なかなかいいこと言ったと思うのだけれど」
井上千夏「0円」
井上仁「えっ」
井上千夏「0円」
井上千夏「まだ収益化してないし」
井上千夏「てかカメラ買ったからむしろ赤字」
井上仁「・・・」
井上京「・・・」
井上仁「人生とはままならないね?」
井上京「おっさん・・・」
  借金残高1000万円
  (+カメラ66800円)
  つづく

コメント

  • 夢を追いかけるだけで責任を持たない親としっかり者で現実主義の娘の親子ですね。今の時代は現実社会でもこういう親子がたくさんいそう。「筆を折らない」と宣言したからには、娘の言うことをよく聞いて、なんとか借金を返してほしいなあ。

  • 話の内容は割と切実なのに、とても軽快でテンポのよいお話楽しませてもらいました! 娘が評価している2人の作家、きっとこれから人生上向きなんじゃないかなあと予感させられます。

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