大回天、義挙!(3)(脚本)
〇森の中
陣の篝火を遠くに、薄暗い雑木林。
木の棒を槍に見立てて、訓練する四郎。
千鳥足の善蔵、四郎を横目に用をたす。
四郎、一心不乱に棒を振るう。
用をたした善蔵、四郎に近づく。
善蔵「ヒック・・・・・・」
善蔵「面白い時代が来るぞ。己の才覚ひとつでどこまでも成り上がれる時代じゃあ」
四郎「・・・・・・」
善蔵「やけどそのうち勘違いする奴も出てくるんじゃろうな。無能で一束幾らの凡俗が英雄になれると馬鹿騒ぎするんじゃろうな」
善蔵、雑木林から木の棒を拾う。
善蔵「夢見てええのは選ばれた者だけじゃ。それを教えちゃるのも上等兵士の役割よ」
善蔵「おりゃあ!」
棒を槍に見立て四郎に襲い掛かる善蔵。
四郎、必死で善蔵の攻撃をかわす。
善蔵、四郎を弄ぶように打ち込む。
善蔵の棒が角度を変え四郎の足を払う。
倒れた四郎の腹に棒が叩きつけられる。
四郎「ぐあっ!」
嗚咽する四郎に馬乗りになる善蔵。
薄笑いを浮かべながら平手打ちをする。
四郎「・・・・・・!」
善蔵「どうした?それでも志士か?防長男子か?」
四郎「・・・・・・」
善蔵「それでも男か?ああ?」
善蔵、四郎の首を絞める。
四郎「ぐ・・・がっ!」
善蔵「・・・・・・」
四郎「はあ・・・はあ・・・」
善蔵、興奮し四郎の隊服を脱がせる。
四郎「ぐっ・・・」
善蔵「おい、大人しゅうしちょけや」
暴れる四郎の口を塞ぎ、力ずくで股引きを脱がせようとする善蔵。
四郎「・・・!」
狂介「何をしちょるかお前ら!」
善蔵「チッ・・・!」
善蔵、走ってその場を離れる。
四郎「す・・・すみません」
狂介「お前が謝ることなのか?」
四郎「・・・・・・」
〇空
〇森の中
用を足しおえる狂介。
やみくもに木の棒を振るう四郎。
狂介「もう休め。心も姿勢も乱れておる」
四郎「・・・・・・」
四郎「畜生・・・畜生・・・ちくしょう・・・!」
狂介「やるならちゃんとやらんか馬鹿者!」
四郎「・・・・・・」
狂介「低く構え、背を立てる所からやり直せ」
四郎「は、はい!」
狂介「突け!」
四郎、気合と共に何度も突く。
その瞳から恥辱の涙がこぼれる。
狂介「・・・・・・」
狂介「宝蔵院流奥義に大悦眼(だいえつげん)なるものがある」
四郎「・・・・・・」
狂介「敵に相対した時睨みつけるのではなく、柔らかい顔で笑うのだ」
狂介「さすれば相手は油断し、己は余計な力が抜ける」
四郎「笑う・・・」
四郎「こ、こうですか?」
狂介「さてどうだろう・・・」
狂介「俺は出来んからな」
四郎「・・・・・・」
〇山並み
山深く細い道を歩く奇兵隊。
奇兵隊の旗を掲げ行進する四郎。
道の果てに、物見櫓の立つ柵が見える。
狂介「あれが絵堂砦。長州正規軍の本拠地か」
善蔵「チンタラ掲げてんじゃねえ百姓!」
善蔵、四郎から旗を奪い前に駆けだす。
善蔵「我らは長州奇兵隊!藩主敬親公の命により絵堂をまかりとおる!開門!開門じゃあ!」
柵に覆われ中の見えない砦。
鉄の砦門が開き、騎馬武者が現れる。
善蔵の足が止まる。
善蔵「・・・・・・!」
十騎程の武者、善蔵に向かい駆ける。
善蔵「ひいっ!」
善蔵、思わず隊旗を落とし、後退する。
武人と狂介、騎馬武者に向かってゆく。
狼狽し乱れる隊列から四郎が駆けだす。
騎馬武者と対峙する武人、狂介、四郎。
武人「礼儀を知らぬ雑兵ゆえご無礼仕りました」
武人「奇兵隊総督赤根武人と申しまする。我ら、馬関にて蜂起したる高杉晋作をおしとどめるべく参りました。御大将にお目通り願いたい」
武人に習う狂介と四郎を見下ろす武者。
『入れ!』
騎馬の蹄が奇兵隊の旗を踏みつけている。
四郎「・・・・・・」
踵を返し砦へ戻る騎馬武者。
四郎、旗を拾って汚れを払う。
武人「参るぞ」
狂介「堂々とせよ!我らは毛利公直々の兵ぞ!」
四郎「え・・・えいえい、おう!」
狂介「まだ早い・・・」
〇砂漠の基地
音を立てて開く鉄の大門。
広大な敷地を見下ろす幾つもの物見櫓。
敷地内に武器庫、厩、詰所、牢が配置されている。
おずおずと歩く奇兵隊士達は、やがて広場へと至る。
社殿造りの居館を向こうにしたその広場には奇兵隊を凌駕する数の鎧武者たち(撰鋒隊士)が集まっている。
武者の列に両脇から睨まれ歩く隊士達。
鎧武者達、槍を叩きつけ地面を鳴らし、獣の如く唸る。
『おおおおお・・・・・・』
そして、それは鬨の声に変わる。
『うおおおおおおおおおおおっ!』
百姓あがりの奇兵隊士たちはただただ怯えるだけ。
狂介、武人ですら、その異様になすすべもない。
『静まれ』
武者達の唸り声がぴたりと止む。
声の主が、ふき抜けの館の奥から現れる。
高欄がついた階がある簀子に仁王立ちし、威風堂々広場を見下ろすは撰鋒隊大将。
帯刀「粟屋帯刀である」