3.真の嘘つきはこの世に存在しない:前編(脚本)
〇学校の部室
犬飼 レン子「たとえばそこの飼い主が、嘘つきだとする」
犬飼 レン子「ほら、事前に教えた台詞を言って」
石橋 仁「へいへい」
石橋 仁「「俺は嘘つきだ」」
石橋 仁「――これでいいか?」
犬飼 レン子「よろしい」
乾 幹太(部室に来てみたら、なんか始まってたんだけど・・・)
乾 幹太(これは一体どういう状況なんだ・・・?)
ギャル子「気にしないで、入ってくるっス」
乾 幹太「は、はい・・・」
乾 幹太(気にするなって言われても、めちゃくちゃ気になるけど!?)
犬飼 レン子「幹太、今のちゃんと見てた?」
乾 幹太「嫌でも目に入りますよ・・・いつから演劇部になったんですか?」
犬飼 レン子「なに言ってるの」
犬飼 レン子「こんなダイコンすぎる役者がいるもんですか」
石橋 仁「悪かったな、ダイコンで!」
ギャル子「うわぁ~、バシ先輩は煮ても焼いても不味そうっスね」
石橋 仁「そこから話題を広げるなって」
乾 幹太(飼い主は今日も大変そうだな・・・)
犬飼 レン子「じゃあテストよ、幹太」
乾 幹太「テスト?」
犬飼 レン子「今起こったことを、説明してみて」
乾 幹太「え? っと・・・」
乾 幹太「まず、石橋先輩がレン子先輩から嘘つき認定されて、本人も「俺は嘘つきだ」と言った」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「で、それは本当だと思う?」
乾 幹太「え?」
乾 幹太「それって、どれのことですか?」
犬飼 レン子「だから、あなたがたった今説明してくれた状況のことよ」
乾 幹太「石橋先輩が嘘つきだということ?」
犬飼 レン子「と、私が事前に「そいつは嘘つきだ」と言ったこと」
乾 幹太「は? え? ・・・どういうこと?」
石橋 仁「これはな、いちばん単純な『嘘つきのパラドックス』なんだ」
乾 幹太「パラドックス・・・」
ギャル子「これはあたしもわかるっスよ!」
ギャル子「ようは、最初に嘘つき認定されたバシ先輩だけど、結局は嘘つきにも正直者にもなれないってことスよね」
乾 幹太「結局どっちにもなれない・・・?」
乾 幹太(ちょっと落ちついて考えてみよう)
乾 幹太(まず前提となるのは『石橋先輩=嘘つき』という情報だ)
乾 幹太(その嘘つきな石橋先輩自身が「俺は嘘つきだ」と言ったんだから・・・)
乾 幹太「・・・あっ、そうか!」
乾 幹太「「俺は嘘つきだ」という発言も嘘扱いになって、『本当は正直者』ってことになる・・・?」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「でも、それでは彼が嘘つきだという前提と矛盾する」
乾 幹太「そ、それなら、そもそもレン子先輩が言った「石橋先輩は嘘つき」というのが嘘だったんじゃ?」
犬飼 レン子「だとしても同じよ」
犬飼 レン子「彼がもし正直者であるのなら、「自分は嘘つき」という発言と矛盾する」
乾 幹太「あ・・・っ」
乾 幹太(だからパラドックスなのか・・・)
乾 幹太(石橋先輩が、本当は嘘つきなのか正直者なのか、わからなくなる・・・)
犬飼 レン子「この話はね、私が最初に与えた前提さえ、本来はいらないの」
犬飼 レン子「たとえば今、幹太自身が「自分は嘘つきだ」と言えば、それだけで矛盾は発生する」
乾 幹太「あ、そうか」
乾 幹太「本当に嘘つきなら、自分を正直者だというはずだし」
乾 幹太「本当は正直者なのなら、最初から嘘つきだなんて言わない・・・」
石橋 仁「前提を与えたのは、どうせ俺を嘘つき呼ばわりしたかっただけなんだろ?」
犬飼 レン子「それもあるけど、決定されていたはずの事項が、本人の発言によって揺らいでしまうという事象が、なんだか面白いじゃない」
犬飼 レン子「だから体験してほしかったの」
ギャル子「さすがレンちゃん、否定しない!」
乾 幹太「た、確かに面白い・・・感じはするけど・・・」
乾 幹太(なんか発言するって行為そのものが怖くなってくるな・・・)
乾 幹太(自分の言及によって、決まっていたはずのことが揺らぐなんて)
乾 幹太(本来なら白黒つけられない、ありえないはずのことでも、言葉にするのは簡単だから・・・)
乾 幹太「・・・・・・」
犬飼 レン子「ん? どうしたの幹太」
乾 幹太「いえ・・・」
犬飼 レン子「この嘘つきのパラドックスで有名なのは、クレタ島民の話ね」
犬飼 レン子「古代ギリシアの預言者であるエピメニデスが、「すべてのクレタ島民は嘘つきだ」と言ったの」
石橋 仁「それに島民が反対したのか?」
犬飼 レン子「違うわ」
犬飼 レン子「彼自身もクレタ島民だったのよ」
ギャル子「じゃあ、嘘つきなのか正直者なのか、結局わからないってことスね?」
犬飼 レン子「ええ」
犬飼 レン子「一般的には、そう言われているわね」
石橋 仁「お、来るか? レン子のスーパー屁理屈タイム」
ギャル子「待ってましたぁ~!」
犬飼 レン子「私、納得いかないのよね」
乾 幹太「納得がいかない?」
乾 幹太「って、なにに対してですか?」
犬飼 レン子「じゃあ訊くけど、嘘つきって常に嘘をつきつづけると思う?」
後編へつづく
今回は、「クレタ人のパラドックス」がテーマですね!
レン子さんの屁理屈横槍と、幹太くんの溜息まじりの所感が見られそうな後編が楽しみになります!