4.真の嘘つきはこの世に存在しない:後編(脚本)
〇学校の部室
犬飼 レン子「じゃあ訊くけど、嘘つきって常に嘘をつきつづけると思う?」
乾 幹太「え・・・?」
犬飼 レン子「この話をするたびに、私はいつも感じていたの」
犬飼 レン子「このパラドックスには、隠れた前提がある」
犬飼 レン子「つまり、『嘘つきの発言はすべて嘘である』ということよ」
石橋 仁「だから嘘つきなんだろ?」
石橋 仁「設定としてそうなってるだけで」
犬飼 レン子「ほら、あんただって今『設定として』って言ったじゃない」
犬飼 レン子「ようするに、『常に嘘をつきつづける人間』像がそもそも現実的じゃないと、感覚的にわかっているのよ」
乾 幹太「つ、つまり、レン子先輩はなにを言いたいんですか・・・?」
犬飼 レン子「簡単なことよ」
犬飼 レン子「この議論は、まず『嘘つき』の定義をはっきりさせるところから始める必要があるの」
乾 幹太「嘘つきの・・・定義?」
石橋 仁「いや、いくら嘘つきでも、全部に全部嘘をついてたら、生活できないだろ」
ギャル子「そうっスねぇ」
ギャル子「ナンチャラ詐称で、警察に捕まりそうっス!」
乾 幹太「嘘つきが必ず嘘をつくとは限らない――ってことですよね」
乾 幹太「いや、考えてみればあたりまえなんですけど」
犬飼 レン子「わかってくれた?」
犬飼 レン子「じゃあ次」
犬飼 レン子「その前提で、さっきの飼い主の話を考えてみて」
乾 幹太「えっと・・・嘘つきな石橋先輩が、『俺は嘘つきだ』と言った」
乾 幹太「でも、その言葉が必ずしも嘘とは限らない──」
乾 幹太「あっ!?」
乾 幹太「そうか、発言が本当かもしれない可能性があれば、矛盾はなくなる・・・!」
犬飼 レン子「同じことが、クレタ島民の話にも言えるわ」
犬飼 レン子「いくら嘘つきなクレタ島民でも、常に嘘をつきつづけて生活できるとは思えない」
犬飼 レン子「考えてもみてよ、全員が嘘しか言わない世界で生きていけると思う?」
乾 幹太「む、無理ですね・・・」
石橋 仁「9割くらいの嘘でも、きつそうだな」
ギャル子「あたしは正直者が好きっス」
犬飼 レン子「でしょう?」
犬飼 レン子「おそらくエピメニデスは、生活のなかにちょいちょい嘘を混ぜてくる島民たちに辟易していて、告発するために言っただけなのよ」
犬飼 レン子「『すべてのクレタ島民は嘘つきだ』って」
犬飼 レン子「だけどそれは、『常に嘘をつきつづける極悪人だ』という意味ではない」
乾 幹太「で、でも、だったらどうして『すべてのクレタ島民』なんて言ったんですかね?」
乾 幹太「自分を含めなければ、そもそもこんな問題にはならなかったと思うんですが・・・」
犬飼 レン子「そんなの簡単よ」
犬飼 レン子「エピメニデス自身も、たまには嘘をついていたんでしょ」
犬飼 レン子「それだけのことよ」
石橋 仁「でも考えてみりゃ、そうだよな」
石橋 仁「俺らだって、たった1回嘘をつかれただけで『あいつは嘘つきだ』って言ったりするし」
ギャル子「あー、確かにそうっスね」
ギャル子「意外と範囲の広い言葉だったんでスね~『嘘つき』って」
乾 幹太「そんなの、考えたこともありませんでした・・・」
乾 幹太(レン子先輩が言っていることは、確かに屁理屈なんだけど、その解釈から気づけることがたくさんあって)
乾 幹太(今まであたりまえに使ってきた言葉の定義が、揺らいでいく感覚がすごい・・・)
乾 幹太「じゃあもし、嘘つき以外の、もっと定義のちゃんとした言葉を使ったら、パラドックスは成立するんですか?」
犬飼 レン子「・・・・・・」
乾 幹太「カード・・・?」
差し出されたものを、素直に受け取った。
乾 幹太「おもてに『裏に書かれた文章は本当』って書いてありますね」
犬飼 レン子「裏返してみて」
乾 幹太「裏には『おもてに書かれた文章は嘘』って・・・」
乾 幹太「あ、『嘘つき』ではなく『嘘』ですか」
犬飼 レン子「そう」
犬飼 レン子「人を介する必要がなくなると、『嘘』は『嘘』として成立する」
犬飼 レン子「これは数学者のフィリップ・ジョーダンによって考え出されたパラドックスよ」
乾 幹太(『裏に書かれた文章は本当』という文章を信じるなら、『おもてに書かれた文章は嘘』は本当であることになる)
乾 幹太(でもそれだと『裏に書かれた文章は本当』という文章が嘘であることになり、『おもてに書かれた文章は嘘』ではないことになる)
乾 幹太(すると今度は『裏に書かれた文章は本当』は正しいことになり、最初に戻る)
乾 幹太(ずっと、それのくり返しだ・・・)
乾 幹太「どっちが本当で、どっちが嘘なのか・・・」
乾 幹太「こ、このパラドックスも、斬れるんですか・・・?」
問いかけた瞬間、
手元のカードは奪われて──
乾 幹太「えっ!?」
石橋 仁「ちょ・・・なにしてんだレン子っ」
ギャル子「きゃー、レンちゃん大胆っスねぇ」
乾 幹太(粉々に破いた──!)
犬飼 レン子「ほら斬った(物理)」
乾 幹太「・・・・・・」
乾 幹太「・・・レン子先輩でも、論破できないものはあるんですね」
犬飼 レン子「論破できないもの?」
犬飼 レン子「あるから私、まだ卒業できない」
乾 幹太「え?」
犬飼 レン子「どうしても解けないパラドックスがあるの」
犬飼 レン子「それを解くまでは──」
犬飼 レン子「――死ねない」
(物理)www
続きを楽しみにしていた本作、やっぱり面白いですね!論理学の問題でよく目にする「●●は嘘つき」という表記に対するモヤモヤが晴れました!レン子さんの解けないパラドックス……気になります!