硝子の花瓶 全十楽章

藤野月

第三楽章 束の間の安らぎ(脚本)

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藤野月

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〇大きな木のある校舎
先生「それでは、記念写真を撮ります。皆さん、番号順に並んでください」
  待ちに待った中学校の入学式。慌ただしく式が終わった後、同じクラスの子たちと4列に並んだ。
藤沢野ノ花(うわー、皆頭良さそうな人ばっかり。仲良くしてくれる人いるかな?)
  野ノ花は周りを見回していると、最後列の背の高い男の子と目があった。
藤沢野ノ花(えっすごいかっこいい人‥なんて素直そうな瞳だろう。あっ鼻が低くて長い。ムッツリスケベかな‥)
先生「それでは、撮ります。はい、ちーず」
  危なくガン見で写るのを回避し、前を向いて微笑んだ。いっきに春風が舞い込んだ気がした。こんな事初めてだった。
藤沢野ノ花(初恋かもー‥顔しか知らないのにこんなに好きになることあったんだ。一目惚れ馬鹿にしてたかも。はぁ~)
先生「じゃあ、明日から授業のガイダンスが始まりますので、事前に資料を読んでおくように。 それでは、お疲れ様でした」
藤沢野ノ花「はあー明日から頑張らなきゃ。あの人すごい頭良さそうだし、勉強勉強!お腹すいたー」
母さん「ののちゃん、おつかれさん! さあ家に帰りましょうか。ご飯はさっとできるラーメンだね」
藤沢野ノ花「うん!私も手伝う!」
母さん「あら、ののちゃん珍しい、自分から手伝うの。何かあったの?」
藤沢野ノ花「すごいかっこいい人がいた!お料理も頑張らなきゃなーって」
母さん「ののちゃんたら、乙女ねー。自炊できるまでにしとくと、大学になってから楽だよ」
藤沢野ノ花「うん!早く帰ろー!車どこだっけ?」
母さん「あ、あっちかな。すごい外車ばっかり。お嬢様とかお坊っちゃまばっかりで人間関係苦労しないといいけど‥」
藤沢野ノ花「うん‥でも、大丈夫だよ!勉強さえ頑張れば」
母さん「あんまり自分に負担かけちゃいけないからね。ゆっくり一歩一歩だよ」
藤沢野ノ花「うん!ありがとう」
  薄青色の春の空。舞い散っていく桜を見上げながら、野ノ花の胸は希望の光に染められていった。
  恋が人の心を明るく鮮やかにするのに、恋が人や自分を傷つけるなんて思いもしなかった。
  少しずつ暮れていく空を見ながら、野ノ花は束の間の安らぎに浸っていた。まだ知らない。まだ解りはしない。中学校期の始まりだ。

〇教室
藤沢野ノ花「ぷち、本当?クロ君に告白するって」
ぷち「うん!昨日いっぱい考えてラブレター書いてきた。いざっ」
ザワちゃん「ちょっと待て!冷静に、ゆっくり話しなよ。焦っちゃだめ!」
藤沢野ノ花「そうだよね、自然に話しかけたほうがいいよね。頑張って!」
ぷち「うん!言ってくる」
藤沢野ノ花「すごいねー、ぷち。勇気ある。あの人気者のクロ君が好きだとは。びっくりしたなー」
ザワちゃん「ま、結構脳天気なんだよね。倍率高いのに。あっ!始まった。見守ってよう」
  ぷちは真っ赤になりながらクロ君に話しかけて、手紙を渡した。クロ君はビックリしながらも、優しく手紙を受け取った。
  そして、「今日大切に家で読んで、明日また返事するね」と言った。でも、ぷちはもぞもぞして、「できれば今日中が‥」と言った。
藤沢野ノ花「だめだよー!ぷち。焦ったら、クロ君も困っちゃうよ」
ザワちゃん「よかった、のの‥言ってくれて。ほんとだぞー、ぷち!明日にしな!」
  ぷちは振り向いて、まだもぞもぞしていたけど、「うん、わかった。じゃあ明日お話できるの楽しみにしてる」と言って終えた。
ぷち「返事明日になっちゃったよー。気になりすぎて今日寝られない‥」
藤沢野ノ花「だめだよー、急がせたら。いい答えもだめになっちゃう事があるもん」
ぷち「でも、急いで攻めてったら落とされてくれるかなって‥」
ザワちゃん「甘いぞー。クロ君好きなギャルがうようよいるから。さっきも睨んでたぞ」
ぷち「でも、だから‥」
藤沢野ノ花「クロ君の気持ちを優先してあげないと、くっついてもすぐ別れちゃうよ」
ザワちゃん「だよな。振られたとしても、注目はしてくれたじゃん?これからだよ」
ぷち「うん‥、なんか落ち着いてきた。でも不安だよー」
藤沢野ノ花「うまくいくといいね。はあーでもいいな、青春」
ぷち「ののは好きな人にいないの?ののもザワちゃんも告白だよー!」
ザワちゃん「いや待て、おまえと一緒にすんな。こんなど派手な告白はゴメンだ」
藤沢野ノ花「私も、いたとしても卒業のときとかにするかなー。帰り道で」
ぷち「えっ、何それ皆現実的‥私はわたしだもんねー!」
ザワちゃん「本当、ぷちは情熱的というか、だな。ま、人それぞれでいんじゃね?」
藤沢野ノ花「ね」
ぷち「うわ2人分かり合ってるー!いいもんね!ぷちはぷち道を貫く!」
ザワちゃん「はい、じゃあ帰ろうかー。俺このあと塾。じゃな!」
藤沢野ノ花「私は家遠いからもうバス停に行く。ぷちは?」
ぷち「ぷちは、ぷちは‥もう!一緒に帰る!恋バナ聞いてよねー」
藤沢野ノ花「バス停反対だから、交差点までね。さあ行こうかー」
ぷち「待ってよー!まだ支度してない!」
藤沢野ノ花「はいはい、早くしてねー」
ぷち「もうー、いいもーん!」
  ぷちとザワちゃんと出会って、賑やかになった中学生活。マイペースに話せる友達ができて、野ノ花は幸せだった。
藤沢野ノ花(告白はまだできないけど。私も、皆と恋バナしようかな‥。自分のことって切実。どうしよー)
  だいぶノリが軽いぷちに、押しまくられながらも、今日はやめようと思った野ノ花。でも、ザワちゃんはどうなんだろう?
  今度3人で遊んだ時、話してみよう。そう思った野ノ花の中学2年生の春だった。

〇体育館裏
  次の日。ぷちは放課後にクロ君に呼び出された。テニスコートの近くで話す二人を見守るザワちゃんと野ノ花。
ぷち「あー!クロ君に振られちゃったよ‥。こんなに好きで好きで好きなのに!」
藤沢野ノ花「そっか‥でも、すごい優しい振り方だったね。皆聞き入ってたよ、他の子も」
ザワちゃん「だよなー、まるで振ってないみたい。ぷちのいいとこ褒めてくれて」
ぷち「それは嬉しいけど‥でも‥付き合ってみたかったー!」
藤沢野ノ花「いい子と出会ってよかったよね。振られてもこれで終わりって訳じゃないし、これからだよ、これから」
ザワちゃん「だよなー、早く攻めすぎだよ、ぷちは。普通友達からだろ。次はそこから!」
ぷち「でも、でも‥未練ー!いつになったらまた告っていいかな?」
藤沢野ノ花「うーん、あんまり早いとしつこくなっちゃうから、来年以降あたりかなー」
ぷち「遠すぎるよ!ぷちの春がー!ぷちのー」
ザワちゃん「まー、急いでもいいことなし!気分転換に今度の土曜日、映画見に行こうぜ!」
藤沢野ノ花「あ、今いいの放映されてるよねー!恋愛物」
ぷち「よし!土曜日の9:45バスターミナルに集合!」
ザワちゃん「切り替えはや‥さすがぷち」
藤沢野ノ花「真似できないな。でも、楽しみー!じゃあ、そろそろ帰ろうか」
  マイペースなぷちが羨ましく思えた。自分は、そんなふうに割り切れないから。これから時が進んでいったらどうなるんだろう。
  僅かな不安を覚えながら、少しずつ赤く染まっていく町並みをバスの窓から見ていた。止められない青春を自分は歩いている。
  そう感じながら野ノ花は家路をたどっていった。

〇商業ビル
藤沢野ノ花「あー!今日の映画、すごいよかったね〜」
ザワちゃん「ほんと!ざ・純愛って感じ」
藤沢野ノ花「私もあんな恋愛したいなー」
ザワちゃん「うん‥そうだな」
藤沢野ノ花「ザワちゃんは誰か好きな人いないのー?」
ぷち「あ。私知ってるかもー」
ザワちゃん「黙ってろよ、ぷち!もーこんちくしょー」
藤沢野ノ花「え?誰誰?」
ザワちゃん「うん‥いっこ年上のやつだよ。名前は聞かないで!お願いだから‥」
藤沢野ノ花「そうなんだー、ザワちゃん可愛いな!」
ザワちゃん「は?とこが?」
藤沢野ノ花「しっかり乙女じゃん!応援してるね」
ぷち「さー、皆頑張ろー!」
藤沢野ノ花「すごいな、ぷち。私も頑張ろー」
ザワちゃん「野ノ花は誰か好きな人いないの?」
藤沢野ノ花「え。藤田君」
ザワちゃん「ええ?あの地味メンの?!まじで!」
ぷち「ほんと?!野ノ花が?」
藤沢野ノ花「うん、顔も声も頭いいとこも全部好き!」
ザワちゃん「へ、へー。意外だったな」
藤沢野ノ花「一目惚れって初めてしたよ、藤田君に。顔格好良くない?」
ザワちゃん「え、まあ好みによるよな」
ぷち「でも、応援してるよ!上手くいくといいね、皆」
藤沢野ノ花「ほんとねー、好きな気持ちばかりはどうにもならないもんね‥私も切り替えれるようになりたい」
ザワちゃん「な‥。ま、今日はここら辺にしとこうぜ。あんま悩み過ぎんなよ、皆で相談しようぜ!」
藤沢野ノ花「ザワちゃん‥もー!すきー!」
ザワちゃん「俺も、な」
ぷち「ぷちもー!」
藤沢野ノ花「あ!やばバス行っちゃうー、ありがとね!また月曜日に!」
ザワちゃん「じゃなー」
ぷち「ばいばーい!」
  問題が解決したわけではないけど、野ノ花は急に胸が軽くなるのを感じた。一線を越えなければずっと横にいてくれる存在=友達。
  野ノ花が同性に強く惹かれたのは、3人。母さんと、ザワちゃんと、そして‥最愛の人。でも皆恋してしまうんだよね。
  だって自分もそう‥それに自殺したくなるくらい苦しめられるとは、思いもしなかった。まだ、今は。

〇教室の教壇
藤沢野ノ花「藤田君‥始めまして。藤沢野ノ花です。昨日はありがとね、国語の授業。助けてくれて」
藤田君「あ、始めまして。藤田真平です。あ、自分の家までの地図描く授業でしょ?君めちゃめちゃシンプルに描くよねー」
藤沢野ノ花「あ、バスの中で途中寝てるからあんまり覚えてないけど、こんなんだっけ?って言ったら皆ドン引きしてた‥」
藤田君「バスで45分直線ってあんまりないからね。まあ、あの描き方はウケたけど‥バスでずどーんと45分真っ直ぐいくと着きます、って」
藤沢野ノ花「うん‥ごめん」
藤田君「いや、別に謝ることじゃないよ」
藤沢野ノ花「でも、藤田君何で他の路線のこと知ってるの?びっくりしちゃった。反対方向だよね?」
藤田君「地図とか路線とか頭に入れるの趣味で」
藤沢野ノ花「すごー、運転免許証取ったらすぐ運転できるね!」
藤田君「あ、まー」
藤沢野ノ花「私あんまり図面覚えるの得意じゃないんだよね。それって数列覚えるのと似てるのかな」
藤田君「そうだね、少し。結構数学は好きかな」
藤沢野ノ花「席が横になったから、昨日のテスト返却見ちゃった。100点だったよね」
藤田君「あ、まあ」
藤沢野ノ花「あんな難問ばっかりのテスト、どんだけ‥すごーい。私も頑張ろ」
藤田君「自分の得意なとこからだよ。まだ最終学年まで半年あるから」
藤沢野ノ花「もうスタートが遅い気が。大丈夫かな、私‥」
藤田君「大丈夫だよ、まだ全然。皆だいたい3年から塾始めるよ」
藤沢野ノ花「ありがとう!私もそうしよう。今は基礎を固めて」
藤田君「うん。お互い頑張ろうね」
藤沢野ノ花「うん!ごめんね、放課後に長くお喋りしちゃって。ありがと、また明日!」
藤田君「うん、またね!」
  中学2年生の初夏。野ノ花は初めて藤田君と席が隣になって、初めてお喋りした。まだ胸の高鳴りが止まらない。
ザワちゃん「のの!やったな、藤田と話してたじゃん。どうだった?」
藤沢野ノ花「うん‥嬉しかった。友達にはなれたかな‥どうかな」
ぷち「えー?告らなかったの?」
ザワちゃん「バカだな、最初から告るやつなんてお前だけだよ!」
藤沢野ノ花「あははは!いーなー、ぷちみたいに気楽に生きたい」
ぷち「もー!皆、そんなことしてると誰かにとられちゃうよ!」
ザワちゃん「だって、友達から初めて恋愛感情持ってもらえたら、相手から他の人断ってくれるじゃん」
ぷち「そー、そだけど、そーかな?」
藤沢野ノ花「私もよっぽど確信もったり、卒業前だったりしたら告白するけど。それまでは」
ザワちゃん「なー」
ぷち「うーん、そーかなー」
ザワちゃん「ま、少しずつ、一歩一歩頑張ろうな」
藤沢野ノ花「ふふふ‥ザワちゃん、お母さんみたい」
ザワちゃん「え?なんで?」
藤沢野ノ花「あ母さんも言ってた、一歩一歩って、いつも。大好きだよ、ザワちゃん」
ザワちゃん「ののー!俺もだよ。告白された気分だ!」
藤沢野ノ花「あははは!」
ぷち「あのー、ぷちは?」
藤沢野ノ花「ぷちはぷちだよ。すきだよ?」
ザワちゃん「そうだな、すきだよ」
ぷち「なんか、かるー」
藤沢野ノ花「ぷちが軽いんだよ!ぷちが」
ザワちゃん「さーそろそろ帰ろうかー」
ぷち「もー!ぷちは、ぷちは」
ザワちゃん「お前まだ支度してねーの?早くしろ!」
ぷち「あ、はい、はいー」
藤沢野ノ花「あははは!ぷち可愛い」
ザワちゃん「お前が可愛いよ。もー」
藤沢野ノ花「私、こんなに幸せだった事ないな」
ザワちゃん「え?どうしたの急に」
藤沢野ノ花「いつも一人ぼっちだったから。今は幸せ」
ザワちゃん「おれもこんなに賑やかなのは初めてかも。人皆それぞれ事情あるよなー」
藤沢野ノ花「ね。さ、ぷち支度は終った?」
ぷち「え?まだ」
ザワちゃん「さー、先に帰ってよーか!じゃなー、ぷち!」
ぷち「待ってー!まってー!」
藤沢野ノ花「大丈夫、ゆっくり歩いてるからー早くー」
  信じられないくらい、今の友達が、藤田君が、クラスメイトが好きだった。こんなに夢を描けたのは青春時代のこの時だけだった。
  何も描かれていない真っ白な楽譜に、色とりどりの音をのせていく。未来は、自分で変えられる。そう信じて眠る14歳の初夏。

〇音楽室
  真夏の空が赤く染まってゆく。今日の最後の授業の帰りのことだった。
  藤田君が一人で、ピアノを弾いていた。それはとても優しくて甘いメロディーで‥
藤沢野ノ花「あ!それ、金魚花火だ。あれ、でもなんかクラッシックみたいな‥」
藤田君「ジャズ調にしたの。知ってるんだ、この曲」
藤沢野ノ花「うん、恋の歌だよね。私大好き!でも、藤田君の編曲もっと素敵‥」
藤田君「あはは、よかった。ねえ」
藤沢野ノ花「どうしたの?」
藤田君「今度の音楽の授業終わったら、横の器具室に来て」
藤沢野ノ花「えっ、うん‥。ありがとう!じゃあ、またね!」
藤田君「またね。」
  藤田君の意味ありげな誘いに、胸を焦がす野ノ花。音楽室での恋は、金魚花火のようにパッと散って消えていった。
  でもそれは、野ノ花の大切な宝物みたいな思い出。二人は付き合うことなく中学を終えた。
  青春の火花が真夏の空に散って消えていった。それ以上は、話したくない。宝物だから

次のエピソード:第四楽章 暗闇の奥底に響く千の声

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