第四楽章 暗闇の奥底に響く千の声(脚本)
〇学園内のベンチ
藤沢野ノ花(中学で結局告白できなかった。でも、同じ高校になれてよかった。でも‥もしかしてA子ちゃん、藤田君に告白したかな。聞いてみる)
藤沢野ノ花「あ、A子ちゃん。もしかして、A子ちゃんて藤田君と付き合ってる?」
A子ちゃん「え?藤田君?藤田君て違う高校じゃない?」
藤沢野ノ花「え?そうなの?今話してたあの子は?」
A子ちゃん「あ、あの子は‥」
藤沢野ノ花「もしかして、告白した?」
A子ちゃん「ううん、そんなんじゃないよ!ともだちー」
藤沢野ノ花「そうなんだ。ごめんね、変な事聞いちゃって」
A子ちゃん「ううん、全然いいよー。じゃ、授業あるからまたね」
藤沢野ノ花「うん、また!ありがとうー」
高校のオリエンテーションの後だった。二人きりで話し込んでいる藤田君とA子ちゃんを見て、つい聞いてしまった。
藤沢野ノ花(でも、おかしいな。あれ藤田君だよね。A子ちゃん違うって言ってた。うーん‥)
藤沢野ノ花(でも、あんなにそっくりな人いない。よし、クラス同じになったら話しかけてみよ!)
野ノ花の想定は甘かった。クラスは全部で10組あり、同じクラスになる確率は低かった
ここから、野ノ花の苦しみに悶えるような高校生活が始まる。
〇教室
入学して3ヶ月、野ノ花が3人に告白されて断った次の日の朝だった。
藤沢野ノ花(あれ。どうしたんだろう。誰も話しかけてくれない。あ、でもSちゃんなら)
藤沢野ノ花「Sちゃん!おはよー」
Sちゃん「あ、ののちゃん。おはよー」
藤沢野ノ花「クラスの皆、何かあったの?すごく静かじゃない?」
Sちゃん「そんなことないでしょ。ふつうだよー」
藤沢野ノ花「そうかな。ごめんね、変な事聞いちゃって」
Sちゃん「いいよー。あ、先生きた」
藤沢野ノ花「あ、ほんとだ。席つこー」
何もなかったように朝礼が始まり、授業が終わって終礼になった。Sちゃん以外誰も話しかけてこない。何かがおかしかった。
野ノ花にはヒソヒソくすくす笑いながら陰口を言う声が聞こえるのに、振り返ると誰も口を開けていない。気が狂いそうだった。
藤沢野ノ花「Sちゃん‥私皆から嫌われているのかな」
Sちゃん「そんなことないと思うよー、気にし過ぎだよ」
藤沢野ノ花「そっか‥じゃあ、また明日」
Sちゃん「じゃあねー、ばいばーい!」
野ノ花が教室から出ていくと、Sちゃんは教室の後ろの方で他の女子とたむろってにやにや笑いながら話していた。
廊下の壁に隠れて聞いていると「何であんなやつといるのー?Sちゃん」「え。偵察」クラスの女子が爆笑した。
藤沢野ノ花「えっ・・・Sちゃんも」
冷や汗が出てきて階段まで走ったら「あ、あいつ聞いてたよ」「大丈夫、大丈夫。気が弱いから」また笑いが弾けた。
藤沢野ノ花(もう、無理‥藤田君好きだから断ったのに。調子にのっていると思われたんだ)
藤沢野ノ花(そんなの、どうしようもないじゃん。私どうすればよかったんだろう‥)
この状態が2年間続くとは、野ノ花は思いもしなかった。それはもう、地獄のようだった。
証拠をとれない悪口と、誰かも分からない謎の頭に響く声に絡まれて、野ノ花は人生の挫折を味わった。
勉強どころではなくなり、精神科の病院に通うようになる野ノ花。事態は全くよくならず、声はどこまでもついてくるようになった。
薬を飲んで落ち着けばいい。そして、自分が変われば。でも、それでは変えられない現実があった。どうしようもない憎悪の波。
藤沢野ノ花(死にたい。でも死んでも逃れられないかもしれない、この声からは。わたしがどんな罪を犯したんだろう。ここは)
地獄よりも黒々しい地獄だ。そう、思えてならなかった。母さんだけを頼りに、毎日泣きながら過した。
藤沢野ノ花「学校休んでも聞える‥。もう、頭がおかしくなっちゃうよ」
母さん「大丈夫‥お薬飲もう、野ノ花。気分転換に連れて行ってあげれればいいけど‥」
藤沢野ノ花「そんなの無理!だって周りの人皆悪口言ってるように聞こえるもん」
母さん「そんなことないと思うけど‥なんか、気味が悪いね、その声」
藤沢野ノ花「私もわけわかんないよ‥もう無理‥お母さんだけだよ、優しいの」
母さん「大丈夫よ、心療内科の先生からも、学校に伝えてあるし。そのうちきっと‥」
藤沢野ノ花「信じられない!もう、いや‥」
母さん「薬を飲もう。さっ‥」
麻酔のように眠りに絡め取られていき、また学校の夢を見た。
藤沢野ノ花(あれ‥藤田君?何であんなに悲しそうな顔してるんだろう。私に向かって、何話してるんだろう‥)
藤沢野ノ花(ああ、会いたいな‥話したいな。でも、私嫌われてるし。私と一緒にいたら藤田君まで嫌われちゃう)
藤沢野ノ花(でも‥好意だけは伝えていいかな。通路ですれ違ったら、後ろ姿だけでも見ていよう。今は伝わらなくても‥努力しよう)
野ノ花は深い眠りに落ちて、暗闇に吸い込まれていった。そして野ノ花は2年生になった。
〇まっすぐの廊下
昼休みが終わり、食堂から教室へ帰る時だった。廊下の反対側から藤田君が歩いてくる。
藤沢野ノ花(あ、藤田君だ。一瞬目があって幸せ。もう下を向かなきゃ‥)
野ノ花も藤田君も言葉をかわさずに静かにすれ違っていった。藤田君が教室の前についた時、野ノ花は顔を上げて後ろ姿を見つめる。
藤沢野ノ花「やっと背中が見れた‥この一瞬が一番幸せ」
シャボン玉のように儚い野ノ花の幸せは、高校卒業と共に弾けて消える。でも、その前に夢のような六ヶ月があったことは忘れない
〇教室
藤沢野ノ花「久しぶり、藤田君。元気だった?3年になってやっと同じクラスになれて嬉しいな」
藤沢君「えっ。人違いだと思うけど。俺、藤沢だよ」
藤沢野ノ花「えっ‥そうなんだ。ごめん、そっくりな子がいて」
藤沢君「あ、君と同じ中学のやつから聞いた。藤田君ね。彼はF高校に行ったらしいよ」
藤沢野ノ花「えっ、A子ちゃんの言ったこと本当だったんだ」
藤沢君「ああ、A子ちゃん。あの痩せ型の」
藤沢野ノ花「うん。藤沢君はA子ちゃんと付き合ってるの?ちょっと言いづらいかな‥」
藤沢君「ううん、全然。あいつ、他校に彼氏いるよ。ところで、君の名前は‥」
藤沢野ノ花「あ、ごめん!藤沢野ノ花だよ。同じ苗字だね」
藤沢君「ののちゃんって呼んでいい?ごめん、馴れ馴れしいかな‥」
藤沢野ノ花「ううん、そう呼んでくれると嬉しいな!これからよろしくね、藤沢君」
藤沢君「よろしく、ののちゃん。途中まで一緒に帰らない?」
藤沢野ノ花「え?いいの?ありがとう!」