第二楽章 苦しみの足音(脚本)
〇教室の教壇
野ノ花は小学2年生になっていた。
給食の時間が始まって、皆にこにこ喋りながら食べていた。
藤沢野ノ花「わー!今日は大好きな食パンと苺ジャム。これから食べよー」
Kちゃん「え?ののちゃんジャムつけてパンこするんだ。ちょっと品が悪くない?」
藤沢野ノ花「えっそうなの。いつもこうしてた」
Kちゃん「こうして、綺麗に出すとこすらなくていいんだよ」
藤沢野ノ花「そうなんだ・・・」
なお君「別にいいんじゃない。好きなように食べれば。色んな食べ方があるんだから」
藤沢野ノ花「なお君。ありがと!」
Kちゃん「ふんっ」
野ノ花は女友達が少なく、常に入れ替わっていた。最初は仲が良かったのに、離れていく友達。なぜなんだろう。
男友達の、なお君とのりちゃんだけが小学校生活の燈火だった。
〇実家の居間
藤沢野ノ花「ただいま!お母さん!」
母さん「お帰りー。遅くなったね。遊んできたの?」
藤沢野ノ花「うん!なお君と皆で鬼ごっこ。なお君足超はやいー、50メートル走6秒台だよ!むりむりー、捕まっちゃう」
母さん「そうなんだ、速いねー。6秒台の子はそう多くないね。これから皆で高橋さんに行こうと思ってるんだけど、どう?」
藤沢野ノ花「あ、駄菓子屋さん?行く行くー!」
母さん「じゃあ、車に乗って皆で行こう!おいでみんなー」
〇ボロい駄菓子屋(看板無し)
藤沢野ノ花「久しぶりだー!じゃが丸あるかな」
母さん「こんにちは、高橋さん!子供全員連れてきました。ごめんなさいね、夕飯近いのに」
藤沢野ノ花「ねえ、ひとり何円までだっけ?」
母さん「300円かな。大丈夫、それでもけっこう買えるよ。ほれ、」
藤沢野ノ花「あっ、ほんとだ!一週間、1日1個食べれる!わーい」
母さん「うふふ、本当に、1日一個だよ。お夕飯をしっかり食べること!」
藤沢野ノ花「はーい!今日のご飯は何?」
母さん「鶏もも肉のオーブン焼きだよ。お野菜とチーズたっぷり!」
藤沢野ノ花「やったー!高橋さん家は煮物?いい香りー」
駄菓子屋のおばあちゃんはにこにこしながら頷き、会計をしてくれた。「藤沢さん家はいい子ばっかり。手癖の悪い子おりゃせんわ」
母さん「それだけはもう、気をつけています。 ありがとうございます、それじゃまた!」
藤沢野ノ花「盗む子なんているんだね!」
母さん「そうね、ご近所付き合い出来なくなっちゃうし、それだけはだめよね」
藤沢野ノ花「私気をつける!」
母さん「ふふふ、ののは大丈夫よ、そんな事しっこないもの」
藤沢野ノ花「あははは!ありがとう、母さん。ずっとそうでいたいな」
母さん「ずっとそのままでいてね、のの。さあ、帰ってご飯ご飯!」
夏の夕日が鶴瓶のように山並の向こうに落ちていった。生きる苦しみと喜びを知り始めた小学校時代だった。
〇教室の教壇
小学3年生になった夏の放課後。野ノ花は教室でのりちゃんの描く絵を見ていた。
藤沢野ノ花「うわー!のりちゃん魚の絵上手。本物の魚みたい。お魚さん好きなの?」
のりちゃん「うん!そうだね。家で母さんがよく魚料理作るから見てるし、学校の池の鯉もよく写生してるよ」
藤沢野ノ花「そうなんだ!すごいなー、特技あって。私は何にもないや」
のりちゃん「そう?ののちゃんは優しいからそれだけでいいよ。気にすんなって!」
藤沢野ノ花「ありがとう!のりちゃんは、恋が実るといいね。噂聞いたよー」
のりちゃん「えっ!何いってんだよ。そんなデマ誰が流した?」
藤沢野ノ花「え?Yちゃんが言ってたけど‥」
教室の前の方で、YちゃんやKちゃんが固まってざわざわしていた。苦虫を噛み潰したような顔だった。
のりちゃん「まあ、そんなの気にすんなよ。俺は‥俺だから。ね!」
藤沢野ノ花「そうなの?Nちゃん優しくて美人さんだからお似合いだと思ったのに。誰が好きでものりちゃんはのりちゃんだよ!」
藤沢野ノ花「じゃあ、ばいばいー!またね」
のりちゃん「はー‥。誰だよ野ノ花に言ったやつ」
鯉みたいにじゃれ合って気がついたら終わってた恋ってあるよね。私にとっての、のりちゃんとなお君みたいに。
学年が上がるにつれて二人とは離れていき、そのまま別の中学に行くことになった。野ノ花の行くことになった中学は街中にある。
落ちた子たちから調子にのっていると言われたりしたけれど、ただ新しい人間関係の中に身をおきたいだけだった。
〇中庭
藤沢野ノ花「ああ。卒業式も一人ぼっち。だーれも一緒に帰ってくれないや、同じ区の子」
なお君「こらー!寂しそうな顔してんなよ。別の中学に行っても元気でいろよ!」
藤沢野ノ花「なお君!ありがとう。スポーツ中学でも頑張ってね!応援してる」
なお君「うん!じゃな」
のりちゃん「ののちゃん、別の中学に行くって本当?」
藤沢野ノ花「うん。人間関係新しくしたくて‥」
のりちゃん「そっか。さびしいなー。でも、大丈夫だよ」
藤沢野ノ花「えっ?」
のりちゃん「ののは、ののだもん。緊張し過ぎんなよー、そっちでも!」
藤沢野ノ花「‥うん、ありがとう。また会えるかな、のりちゃんに」
のりちゃん「会えるさ!高校とかな!じゃあ、元気でね!」
藤沢野ノ花「うん!のりちゃんも元気で!」
こうして野ノ花の小学校期は幕を閉じた。実らなかったけれど、温かな光を残してくれたふたりとの思い出。
この時期の苦しみはまだ序章に過ぎなかった。次は「第三楽章 束の間の安らぎ」へと続いていく。