硝子の花瓶

藤野月

全ての愛を知った人に贈る物語(脚本)

硝子の花瓶

藤野月

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〇路面電車のホーム
  小学校の卒業式だった。桃の花咲く街角を、藤沢野ノ花は1人で家に帰っていった。
藤沢野ノ花(悪い子なんていないのに、何で私って一人ぼっちなんだろ)
  ふと空を見上げたら、綿飴みたいな雲から一筋の光が差していて、思わずお祈りをした。
藤沢野ノ花(中学では友達ができますように・・・)

〇教室の外
ぷち「もー、つら。K君に振られちゃった。大好きで大好きで大好きだったのに!」
サワちゃん「でも優しい振り方するよなー」
藤沢野ノ花「本当。今は辛いけど、でもこれで終わりってわけじゃないし」
ぷち「えー、本当?また告っていいかな?」
藤沢野ノ花「また、時間を置いてね。友達からだよ!」
  中学で2年目にやっと友達ができた。サワちゃんとぷち。明るくなった自分に気づいた。
サワちゃん「気分転換に今度の土曜日映画に行こう!面白そうなのやってるよ」
藤沢野ノ花「あっ!私も知ってる。恋愛物でしょ?」
ぷち「じゃあ土曜9時45分にバスターミナル集合!」
サワちゃん「立ち直り早っ。さすがぷち」

〇商業ビル
  映画館に行った帰り道。話題は恋の悩み。
藤沢野ノ花「今日の映画すごい良かった!純愛したいなー。サワちゃんは好きな人いる?」
サワちゃん「えっ、私は別に・・・」
藤沢野ノ花「えー、ホントに?秘密にするから教えて!」
ぷち「あっ、私知ってるかも」
藤沢野ノ花「ええっ、誰?」
サワちゃん「学年いっこ上の人。名前は聞かないで!」
藤沢野ノ花「えー、かわいい!サワちゃんも乙女! 応援してるね♪」
サワちゃん「そういう野ノ花はどうなの? 誰かいる?」
藤沢野ノ花「うん。藤田君」
サワちゃん「えー、藤田?!あの地味メンの?」
ぷち「ほんとー?!野ノ花が?」
藤沢野ノ花「うん。背が高いとこも、数学が得意なとこも、顔もめっちゃ好き」
サワちゃん「ふーん、そうなんだ。意外だったけど、応援してるよ!ね、ぷち!」
ぷち「うん!みんな頑張ろうね!」

〇水中
  ただ単純に愛していた。これから愛を奪い合うとも知らず。
  進学校へ入学できた野ノ花だったけれど、高校でまたいじめを受ける。
藤沢野ノ花「何も伝えられなかった、藤田君に」
藤沢野ノ花「馬鹿みたい。勉強を頑張ったのも、藤田君と同じ高校に行くためだったのに」
  苦しみの海に呑まれながら、自分を変えようと必死にもがく高校時代の幕開け

〇まっすぐの廊下
  野ノ花が食堂から教室へ戻っていく時、藤田君が通路の反対側から歩いてきた。
藤沢野ノ花(顔を見たいけど、だめ。皆に嫌われてるから)
  野ノ花は下を向いて彼の横を通り過ぎていった。彼も静かに自分の教室へ歩いていった。
藤沢野ノ花「ああ。今日もやっと見れた、藤田君の背中。この瞬間が、一番幸せ・・・」
  彼が教室に消えていくその瞬間まで背中を見つめていた。横にいた彼の友達が、「また、見返りの君だね」と言っていた。
  そんな片思いが続いて、3年目にやっと藤田君と同じクラスになった。

〇教室
藤沢野ノ花「久しぶり。藤田君、元気だった?」
藤沢君「えっ人違いだと思うけど。俺、藤沢だよ」
藤沢野ノ花「えっ!ごめんね、ずっと藤田君だと思ってた」
藤沢君「あ、君と同じ中学のやつからも言われた。藤田君はF高に行ったらしいよ」
藤沢野ノ花「そうなんだ」
藤沢君「君の名前は・・・」
藤沢野ノ花「あ、藤沢野ノ花だよ。よろしくね」
藤沢君「野ノ花ちゃんって呼んでいい?」
藤沢野ノ花「うん!」
  藤沢君と出会って、野ノ花は幸せだった
  「なんでそんなに人の目気にするの?」自然な優しさで包んでくれる藤沢君を深く愛するようになる
  でも、幸せは長くは続かなかった

〇水中
  女子からの嫌がらせはエスカレートしていった。彼はいつも助けてくれた。
  けれど野ノ花は、自分のせいで藤沢君が嫌われてしまうのではないかと考えた。そして高校最後の夏・・・

〇学園内のベンチ
藤沢君「野ノ花。高校卒業したら結婚しよう。俺は、君だけいたらいい」
藤沢野ノ花「ううん、みんな私が悪いの。ごめんね、もう、終わりにしよう。さよなら」
  野ノ花は急に倒れ昏睡状態になってしまった。極度の精神摩耗のせいだった。
  ただ、愛していた。自分と一緒に孤独に落ちていくのを許せなかった。でも、そんな分かりにくい愛ってないよね。
  藤沢君の顔を見つめながら、静かに意識を失っていった。どうすればよかったんだろう。他に、どうすれば

〇美容院
藤沢野ノ花「こんにちは!今日も素敵ですね、お姉さん。いつものショートボブヘアでお願いします」
ミントのお姉さん「あら、久しぶり、ののちゃん。今日は他にお客さんいないから、ゆったりできるよー」
藤沢野ノ花「嬉しい!お姉さんをひとりじめですね」
ミントのお姉さん「大学のほうはどう?楽しい?」
藤沢野ノ花「建築設計はだめだったけど、街づくりは好きになれてそっちで就職できそうです」
藤沢野ノ花「すごいラフな3年契約のお仕事ですけど!」
ミントのお姉さん「いいの、ラフだなんて言わなくて!就職おめでとう!」
藤沢野ノ花「ありがとうございます!お姉さんみたいに包容力のある社会人になりたいなー」
  高校のことは殆ど覚えていなかった。気付いたら大学最終学年、卒業間近。
  友達と呼べる人は今もこの美容室のお姉さんだけだったけど、いじめは無い。寂しいけれど、充実していた。

〇農村
藤沢野ノ花(ここが今日から私が暮らす水窪町か。市街地から3時間。素敵な町だな)
藤沢野ノ花(おもに町役場で務めるんだ。ちゃんと挨拶しとかないと)
  そこでの3ヶ月は、忘れられない思い出。
  優しさも醜さも正直まるだしの町の人々が、野ノ花は大好きだった。
  こんなふうに笑い合いながら正直な気持ちを伝え合う生き方をしたい、そう思った。
藤沢野ノ花(水窪の人、全員彼女持ちか既婚者。大学でも彼氏できなかったし。恋の1つもしてみたい)
  大好きな水窪の完成した人間関係を崩すのが嫌だった。
  大切だから、壊せない。どこにいてもそれは同じ。じゃあ。私は結婚を放棄したい。
藤沢野ノ花(明日はまた、美容室に行く日。楽しみだなー)

〇美容院
藤沢野ノ花「お久しぶりです!今日はイメチェンしようと思って来ました」
ミントのお姉さん「あら、ののちゃん!元気そうねー。どんな髪型がいい?」
藤沢野ノ花「ボーイッシュなベリーショートでお願いします!ワンピースのゾロみたいな」
ミントのお姉さん「えっ・・・そうなの?大丈夫?ののちゃん、何かあったの?」
藤沢野ノ花「いえ、何も!やっぱり、お姉さんみたいな魅力的な女性に愛される人になりたいなって」
ミントのお姉さん「私はののちゃんが女の子でも、男の子でも、ずーっと一緒だよ。本当に、何かあったの?」
藤沢野ノ花「・・・どうしたらいいのかな。皆優しいけど、女になったらまた嫌われちゃう」
ミントのお姉さん「色々あったんだね。大丈夫だよ、私はののちゃんをいつも応援してるから。大丈夫・・・ね。今は春だから、可愛らしい髪型にしよう」
  彼女の優しさに包まれる度、やはり男性になりたくなる野ノ花だった。苦しむ前に、苦しみを放棄したかった。

〇路面電車のホーム
  それから5年後。母と街に訪れた、よく晴れた日曜日のこと。
藤沢野ノ花「ごめんね、母さん。32歳にもなって就職活動なんて。来年までには頑張るね」
母さん「あまり自分を追い込んじゃだめよ。ゆっくり着実に前へ向かっていけばいいよ」
藤沢野ノ花「ねえ、母さん。ミントのお姉さん来月結婚するって」
母さん「そうなの!よかったわねー、あんなに綺麗なのにと思ってたから。お祝いどうしようね」
藤沢野ノ花「ね」
  ずっと前から好きだった人。目の前にいても自分を変えても、届かない想い。溢れ出してこぼれていった
藤沢野ノ花「あ。雨だ」
母さん「あら、ほんと。早く帰ろうか」
  隠した涙も、癒えない傷も、全部全部が
藤沢野ノ花「花束をあげようかな。お姉さんにぴったりな、赤い赤い花束を・・・」
藤沢野ノ花「ねえ、お母さん」
母さん「ん?どうしたの?」
藤沢野ノ花「私って、硝子の花瓶みたい。何も花がない」
母さん「大丈夫。いつか幸せになれるんだよ、ののちゃんは」
  永遠に叶わない想い。すぐに隠せなくなって、笑うように泣いていた。
  私の言葉と行動と思い、全部が愛の花束だった。苦しくて、切ないくらい好きだった二人
藤沢野ノ花「空も、泣いてるみたい。あれ、でも、わたしは・・・」

〇水中
  全ての愛する人へ。あなたは今幸せですか?私はとても苦しいけれど、苦しんだ自分を愛しています。
  あなたは愛のために何をしますか?
  あなたの言葉と行動と心が、全てのあなたを表しています。
  例え別れという結末だとしても、出会えた幸せを噛みしめて、果実酒やジャムや料理を作って季節ごとに会いに行けます。友達なら。
  そんなささやかな暮らしと、硝子のような儚い愛を花瓶にさしています。硝子の花瓶に、花を飾るときはきっと・・・

コメント

  • 野ノ花ちゃんの子供時代から大人になるまでの人生を読んで、人にはいろんな思いや葛藤があるんだなあと改めて感じました。いろんな経験を経て「私は硝子の花瓶だ」という表現は美しくも切ないですね。たとえ花が入っていなくても、硝子の花瓶は存在するだけで美しいと私は思いますよ。

  • 人を好きになったり、ときめいたり、単なる欲望からは生まれてこない感情だからこそ大事にしたいですね。人から愛されることはもちろん素敵なことですが、どれだけ力いっぱい誰かを愛せたかは自分の成長にもつながると思います。ののちゃん頑張ってといいたいです。

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