白い檻と黒の少年(脚本)
〇古い洋館
僕は、生まれつき菌に対する抵抗力が低いらしい。
空気の澄んだ環境でしか生きられないし、水も綺麗なところでなければダメだ。
剣モグロク「シロキくんだね? 歓迎するよ。木崎家の館へ、ようこそ」
国の援助により紹介された、とある片田舎にある洋館。
僕はこれからここで、執事として働くことになる。
今は、執事長のモグロクさんから仕事の説明を受けるところだ。
剣モグロク「館内を案内しよう。ついてきなさい」
狗飼シロキ「はい、お願いします」
〇城の廊下
窓から、広い庭が見渡せる。環境としては、申し分無さそうだ。
空気は澄んでおり、木々や草花も綺麗に手入れされている。
ここなら、僕でも暮らしていけそうだった。
剣モグロク「大方の仕事内容は、事前に説明した通りです。まずは、ネネお嬢様に会いに行きましょうか」
廊下を進み、階段を上がって二階の部屋の前へと辿り着く。
モグロクさんがノックすると、中から女の子の声が聞こえてくる。
「入っていいわよ」
〇可愛らしい部屋
ドアを開けると、そこには一人の少女がいた。
歳は、十代前半くらいだろうか。人形のように、整った顔立ちをしている。
彼女は、ベッドの上で本を読んでいたようだ。
剣モグロク「失礼いたします。ネネお嬢様、新しい使用人を連れて参りました」
木崎ネネ「そう。この子が、私の新しい世話係って訳ね」
狗飼シロキ「よろしくお願いします、ネネお嬢様」
丁寧に、頭を下げる。彼女は不機嫌そうな顔をして、僕のことを睨みつけてきた。
何か、まずいことでもしてしまっただろうか。
木崎ネネ「何で男の使用人が入ってくるわけ? 普通、女でしょう?」
剣モグロク「今までのことを、お忘れですか?」
剣モグロク「ネネお嬢様に泣かされた使用人は数知れず。並大抵の精神力では、すぐに辞めてしまいますから」
木崎ネネ「男なら、いくらこき使っても平気だってこと? 貴方も、とんだ悪人ね」
剣モグロク「そういう訳では、ありませんが」
木崎ネネ「まあ、いいわ。モグロク、貴方は下がっていなさい。私が、この子に仕事を教えてあげるから」
剣モグロク「承知しました。それでは、私はこれで」
モグロクさんが出ていった後、二人きりになる。
彼女が何を考えているのか分からないけど、とりあえず自己紹介をしておこうと思った。
狗飼シロキ「改めまして、私はシロキと申します。これから、よろしくお願いいたしします」
木崎ネネ「ふん。それじゃあ早速、初めての仕事をやって貰うわ」
狗飼シロキ「はい、なんなりとお申し付けください」
木崎ネネ「それじゃあ、靴でも舐めてもらおうかしら? 一度、やらせてみたかったのよ」
狗飼シロキ「本当に、それでよろしいのでしょうか」
木崎ネネ「な、何よその目は。気に入らないわね。もういいわよ、部屋の掃除でもしておきなさい」
狗飼シロキ「畏まりました」
掃除を始めた、彼の背中を見つめる。
少しやり過ぎたとはいえ、冗談も分からないのかしら。
それにあの目を見ていると、なぜか胸の奥がきゅっと締め付けられるような気がする。
人に厳しくあたってしまうのは、私の悪い癖だ。最早、病気と言っても良いかもしれない。
それは、私の父親から引き継いだ特徴なのだろう。父もまた、他人に対して高圧的な態度を取る人間だった。
木崎ネネ「嫌なことを、思い出したわ」
〇華やかな裏庭
部屋に居るのが辛くなって、外に出る。
外には、色とりどりの花が咲いていた。庭師によって手入れされている花壇を通り過ぎ、噴水の方へと向かう。
水面に映った自分の姿を見ていると、何とも気分が悪くなる。
吊りあがった目は、父と同じ血を引いていることの証明だ。
木崎ネネ「やっぱり、部屋へ篭っていた方が良かったかしら」
〇可愛らしい部屋
窓の外では、ネネお嬢様が散歩をしているようだ。
彼女は厳しい言葉を投げかけるが、その瞳はどこか寂しげに見える。
きっと、本当は優しい方なのだと思う。
木崎タカネ「あら、そこに居るのはシロキ君かしら?」
後ろから、声を掛けられる。そこにいたのはネネお嬢様の母親のタカネ様だった。
慌てて、深く頭を下げた。
木崎タカネ「そんな堅苦しい挨拶は良いわよ。それより貴方、ネネはどうしたの?」
狗飼シロキ「庭を、散歩しているようです。私は、部屋の掃除を頼まれたのでここに居ます」
木崎タカネ「そう、大変だったでしょ。あの子、口が悪いから」
狗飼シロキ「いえ、大丈夫です」
木崎タカネ「私たちがこの洋館に来てから、一年くらい経つんだけど。まだ、馴染めていないみたいね」
木崎タカネ「貴方から見て、ネネはどんな感じなのかしら」
狗飼シロキ「とても、素敵な方だと思います」
木崎タカネ「素敵って、どういうところが?」
狗飼シロキ「ネネお嬢様は、感情豊かです。表情もころころ変わって、見ていて飽きません」
木崎タカネ「ふふふ。貴方も分かっているじゃない、あの子の良いところ」
狗飼シロキ「はい。私には無いものですから、羨ましいぐらいです」
木崎タカネ「シロキ君って、殆ど表情が変わらないもんね。もう少し、笑ったら良いのに」
狗飼シロキ「笑うのは、苦手なのです」
木崎タカネ「それは、ちょっと寂しいわね。まあ、ここで生活している内に慣れていけばいいわ」
木崎タカネ「夕食が出来たら、食堂にいらっしゃい」
狗飼シロキ「私も、一緒に食事をするのですか?」
木崎タカネ「当たり前よ。貴方もこれから、家族の一員になるんだから」
狗飼シロキ「家族、ですか」
木崎タカネ「そうよ? とにかく、遅れないようにね。それじゃあ」
ここでは、使用人も揃って食事をとるらしい。
夕食までに間に合わせるために、急いで仕事を片付けることにした。
〇おしゃれなリビングダイニング
木崎タカネ「それでね、モグロクったら酷いのよ。私が本を読んでいると、「虫ですね」って罵ってくるの」
木崎ネネ「お母さん。それは本の虫って言って、本をたくさん読む人のことを尊敬して言うのよ」
木崎タカネ「そうなの? でも私、別に虫になりたくは無いのだけど」
剣モグロク「ははは、確かにそうですね」
木崎タカネ「私、ゴキブリとかは絶対に嫌よ」
木崎ネネ「ちょっと、食事中にそういう話は止めてよ」
この洋館の住人は、誰も彼もが個性的な人間ばかりだ。
でも、不思議と居心地は悪くない。これまでの生活と比べたら、身に余るほどの環境だと思う。
木崎ネネ「ちょっと、シロキも何か喋りなさいよ」
狗飼シロキ「ああ、うん」
ふと、窓の外を見るといくつもの車がヘッドランプをつけて停まっているのが見える。
僕は、何となく嫌な予感を感じて立ち上がる。
木崎タカネ「どうしたの、シロキ君」
狗飼シロキ「すみません。トイレに行ってきます」
木崎ネネ「ちょっと、貴方まで汚い話をしないでよ」
〇城の廊下
ネネお嬢様の言葉を背に受けながら、廊下へと出る。
そのまま玄関から庭へ向かうと、そこにはスーツに身を包んだ男性の姿があった。
〇華やかな裏庭
木崎キサメ「ん、使用人か。ネネは、何処に居る?」
狗飼シロキ「あなたに話す、義理はありません」
木崎キサメ「は? 俺を、誰だと思っていやがる。ネネの父親だ、分かったら道を開けろ」
狗飼シロキ「お断りします。ネネお嬢様に、会わせることは出来ません」
木崎キサメ「貴様、何を言っているのか分かっているのか?」
狗飼シロキ「はい、分かっています。そのナイフをこちらに渡せば、考えても良いですが」
木崎キサメ「何で、気づいた」
狗飼シロキ「自覚が、無いようですね。一度ご自身の顔を、鏡でご覧になってみるのがよろしいかと」
木崎キサメ「ち、仕方がねぇ。なら、無理にでも通らせて貰うぞ!」
男が、ナイフを振りかざす。
僕は、医者に激しい運動を禁止されている。
だが、直撃すれば死は免れないだろう。仕方なく、僕は最小の動きで男の攻撃を躱した。
父の教えを、思い出す。
師範として道場を運営する父は、僕に色々なことを教えてくれた。
それが、愛と呼べるものだったのかは分からない。
だけど僕にとって、その時間はかけがえのない大切なものだった。
木崎キサメ「なっ、こいつ・・・・・・」
木崎ネネ「シロキ君!!」
洋館から飛び出してきたのは、ネネお嬢様。彼女は、僕に向かって叫んだ。
木崎ネネ「警察には通報したわ! 早く逃げて・・・・・・そいつは・・・・・・」
木崎キサメ「自分から出て来るなんて、感動したぜ。さあ、お父さんと一緒に行こう」
木崎ネネ「貴方なんかが、父親を名乗らないで! この、下衆野郎が」
木崎キサメ「口の悪い娘だ、親の顔が見てみたいぜ。あ、俺だったか!」
品も無く男は笑い、ネネお嬢様に近づいていく。
木崎キサメ「さあ。無断で俺の元から逃げ出すような悪い子には、たっぷりお仕置きしてやらないとな」
木崎タカネ「やめて、ネネに近づかないで。もう、暴力は止めて!」
立ち塞がろうとする、タカネ様を腕で制止する。
代りに僕が男の前に立ち、一歩ずつ距離を詰めていく。
木崎キサメ「そんなひょろっちい体で、どうするつもりだ? あぁ?」
振り下ろされたナイフを躱し、手刀でナイフを叩き落とす。
そして、みぞおちに拳を突き刺す。崩れ落ちるように倒れた男を見下ろしながら、僕は言った。
狗飼シロキ「父に、似ている」
そのまま僕も、地面に倒れてしまう。
激しい運動を、行ったせいだ。意識が遠ざかる中、誰かが僕の身体を支えてくれるのを感じた。
木崎ネネ「シロキ君、ごめんね。私のせいで」
涙を流し、悲しんでくれているのはネネお嬢様だ。
僕は、彼女を安心させるために笑顔を向けようとするが叶わない。
顔は能面の様に硬く、無表情のままだ。
木崎ネネ「汗で、服がびしょびしょじゃない。すぐに着替えないと」
ネネお嬢様は、僕の着ているシャツを脱がしていく。
木崎ネネ「何、これ・・・・・・」
それで、古傷に気が付いたんだろう。
絶句するその表情を見て、やはり彼女は優しいと思った。
狗飼シロキ「僕の父は武道家でね、強くあれと教えられた。だから傷だらけになるくらい、本気で訓練をしたんだ」
木崎ネネ「でもモグロクに聞いたけど、確か貴方って・・・・・・」
狗飼シロキ「この虚弱体質では、耐えられる訳が無い。でも、父に認められたい一心で努力を続けた」
木崎ネネ「こんなになるまで頑張って、どうして諦めなかったのよ・・・・・・」
狗飼シロキ「父に、愛されたかったから」
狗飼シロキ「僕が習っていた武術は、一子相伝。だからこそ、父も僕が強くなることに執着していたんだ」
狗飼シロキ「まあ、結局道場は他の弟子が継ぐことになったんだけどね」
狗飼シロキ「病状が悪化した僕は、部屋に篭もる生活を続けていた。それからのことは、知っての通りさ」
狗飼シロキ「今の僕は、空っぽだ。父の期待に応えられず、生きる意味を見失った。ただの人形さ」
木崎ネネ「シロキ君・・・・・・違うよ」
狗飼シロキ「え?」
木崎ネネ「人形は、涙なんか流さないよ」
気づくと、頬を熱いものが伝っていた。
相変わらず顔の筋肉は動かないが、これは僕にとって初めての経験だった。
木崎ネネ「これまでずっと、自分を押し殺して生きてきたんだもん。思いっきり、泣いても良いよ」
木崎ネネ「私も、貴方の話を聞いて思った。どんなに酷い父親でも、やっぱり親は親だって」
木崎ネネ「あんな親でも、私はその愛を求めていた。例えそれが、決して報われることのない想いだったとしても」
木崎ネネ「だから、泣こう。きっとその涙は、胸に秘めた本当の感情を慰めてくれるから」
狗飼シロキ「ああ、そうだね。こんなに、涙が温かいものだったなんて今まで知らなかったよ」
静かな、夜が過ぎる。月明かりの下、僕は泣き続けた。
これまでの人生で一度も流すことの無かった涙を、全て出し切るまで。
きっと、そうしたら。これからの明るい未来を、信じて進めるような気がしたから。
〇おしゃれなリビングダイニング
木崎ネネ「ほら、シロキ。肩でも叩きなさいよ!」
あれから、ネネの父親はパトカーに連行されていった。
ネネは何度か刑務所を訪れ、父親の面会に行ったらしい。
成果は、無かったかもしれない。ただその表情からは、吹っ切れたような感じが伝わってきた。
木崎タカネ「でも、良かったわ。あんなに仲良くなって」
剣モグロク「ええ、私たちは見守りましょう。二人の、選び取った未来を」
洋館は、今日も明るい笑い声に包まれている。
以前よりも透き通るような空気を、僕は肌に感じていた。
最後は、モグロクとタカネが両親で、ネネとシロキが娘と息子の擬似家族みたいに見えました。本物の家族の方が衝突や軋轢があるというのは皮肉なものですね。自分の居場所を得たシロキはもちろんのこと、逃げてばかりではなく正面から父親に向き合うようになったネネの変化も大きいですね。
ネネとシロキがどうして強い絆で結ばれることになったのか、ハラハラする要素を織り交ぜながら、よく伝わる構成に仕上がっていると思います。
ネネさん、強気で口も悪いけど本当は何か抱えているんだろうなあと思いながら読み進めていたら、やっぱり。と言う感じでした。
最初はギクシャクしていた2人ですが、お互いのことを知っていくうちに打ち解けていったみたいで良かったです。
これからはネネのお母さんも含め家族みんなが幸せになったら良いなと思いました!