エピソード12(脚本)
午前4時12分──
〇漫画家の仕事部屋
清香は原稿を抱え、部屋の隅でだんまりを決めこむ。
宮本義和「もともと、ここで最終回のはずじゃなかったんだ」
宮本義和「だから、ここに今の先生の気持ちは反映されないよ」
宮本義和「だから、ね?」
宮本は清香をなだめつつ、原稿を差し出すよう手を伸ばす。
長谷川清香「・・・途中だからって」
長谷川清香「平常時の表情で終わってしまっては、先生が作品を通して伝えたかったメッセージが伝わりません」
小田正人「清香さん。駄々こねてないで。 原稿を返してください」
長谷川清香「作品を完結させるからには、テーマをしっかりと反映させるべきです!」
石黒理「もう時間がないんだ。 どっちでもいいから、さっさと描いてくれよ」
長谷川清香「納得いきません!」
小田正人「そこまで言うなら教えてくださいよ。 先生が伝えたかったことって、一体なんなんですか!」
小田正人「先生はなんで死んだんですか!」
長谷川清香「・・・・・・」
宮本義和「そうだよ」
宮本義和「清香ちゃん、何か知ってるんじゃないの? 恋人だったんだから」
清香は石黒の顔色を伺う。
石黒理「ん? 何だね?」
長谷川清香「・・・・・・」
石黒理「もう時間がないよ。 先生の自殺の理由なんてどうでもいいじゃないか」
石黒理「まずは最後のヒトコマを──」
長谷川清香「先生が最後の最後まで伝えようとしていたことを理解しないと、作品を終わらせることはできません!」
石黒理「いい加減にしてくれよ。 私は作品を完成させてもらわないと困るんだ」
長谷川清香「先生は、漫画家を辞めるか悩んでたんです!」
小田正人「先生が?」
宮本義和「漫画家を辞める?」
長谷川清香「・・・はい」
小田正人「じゃあ、先生は漫画が打ち切りになったから自殺を・・・」
3人は石黒に疑いの目を向ける。
石黒理「おいおい。 私の所為みたいな目で見ないでくれよ」
小田正人「いや、別にそういう訳では」
石黒理「打ち切りは編集部の方針だよ。 第一、人気がないから連載が終わる」
石黒理「この世界では当たり前のことだろう?」
宮本義和「それはそうですけど」
長谷川清香「相談されました。 引退するか、もう一度アシスタントに戻るかって」
石黒理「そう。私はアシスタントの紹介もしたんだ。 一言も辞めろなんて言ってないよ」
宮本義和「先生がまたアシを?」
小田正人「いやいや。それはいくら何でも」
石黒理「仕方ないだろう。 『報い人』は大したヒットではなかったんだから」
石黒理「次の連載が始まるまでどうやって生きていく」
小田正人「それで、先生はなんて?」
石黒理「考えさせてくれって」
石黒理「言っておくけど、私はアシスタント先を紹介しただけだよ、強制でもなんでもない」
長谷川清香「次の連載に向けて何かしてあげられなかったんですか?」
石黒理「私にそんな権限はないよ」
石黒理「なあ、こんな自殺の犯人捜しみたいなマネは今すぐ止めよう」
宮本義和「編集部の人は『報い人』のことなんて言ってたんですか?」
石黒理「それはさっきも言っただろう。 ストーリーがつまらないって」
宮本義和「それで、石黒さんは先生にどう伝えてたんですか?」
石黒理「何が言いたいんだい。君は」
宮本義和「ストーリーについてのアドバイスってあんまり聞かなかったなって」
石黒理「それは私の仕事ではないからね。 私は先生の好きなように描かせてたんだから」
宮本義和「いつも詰めてばっかりで」
石黒理「な、何を言いだすんだよ。君は急に」
宮本義和「いや、いつも先生、きつそうだったから」
石黒理「それは、叱咤激励だろう」
石黒理「人気が出ないのは先生に才能がなかったから。 その通りに伝えて何が悪い」
宮本義和「なかなか芽が出ない人にとって、才能がないって言われるのが一番傷付くんですよね」
石黒理「君! 先生が死んだのは私の所為だと言いたいのか!」
宮本義和「別にそういう訳じゃ──」
石黒理「それを言うなら君の方が疑わしいだろう。 先生は相当参っていたよ」
宮本義和「!」
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