大回天、義挙!(1)(脚本)
〇武術の訓練場
奇兵隊陣屋・調練場
隅で隊士達の具足を磨いている四郎。
遠く、隊士達の輪の中で善蔵が猛る。
善蔵「開闢総督が戻ってくるぞ!」
隊士達もまた、呼応し、猛る。
『やっとじゃ・・・やっと高杉様に会えるの!』
『一緒に戦えるんじゃ!やっちゃらあ!』
善蔵「面白うなってきた。俺達の時代じゃ。無駄飯食らいの侍どもを城から追い払って、俺達が長州を、神州日本を動かすんじゃ」
隊士達に近づく狂介と俊輔。
狂介「練兵を始める」
善蔵「伊藤さん。高杉様の噂、聞きましたか?」
俊輔「ああ聞き及んじょるよ。今、赤根総督がお城に呼ばれた所じゃ」
善蔵「お城にですか?」
善蔵「嫌な予感がしますの・・・」
狂介「我等は長州のため、腕を磨くのみじゃ」
善蔵「チッ、分かっちょりますいや」
善蔵と隊士達、調練に戻る。
俊輔「よし!整列からじゃ!」
狂介「四郎、何をしとる」
四郎「え?あ・・・あの。皆さんのために鎧を磨いちょります」
狂介「お前も志士じゃろ!訓練に加わらんか!」
四郎「志士・・・」
四郎「は、はい!」
狂介「全く・・・自覚が足らん」
〇風流な庭園
萩城・庭
縁から庭を見下ろしている椋梨と家老達。
椋梨家老「何のための練兵じゃ?」
『長州がためか?』
『御殿様がためか?』
椋梨家老「まさか師のごとく天下万民がためとは言うまいの?」
粉雪の舞い落ちる庭。
玉砂利の敷かれた地面にひざまずいている武人。
椋梨家老「身の程を知るのじゃ。おぬしら奇兵隊は、藩の飼い犬に過ぎん」
武人「おっしゃる通りにございます」
『ついに獲物が現れたとの噂じゃぞ』
『はよう走って首を咥えて参れ』
武人「・・・・・・」
『しかし高杉も愚かじゃの。攘夷論者など既に死滅しかけておるというに』
『身を隠し震えて生涯を終えると思いきや、単身ここに攻め込もむ気とはのう』
『まさに師匠ゆずりのキジルシじゃ』
椋梨家老「じゃが長州の発狂もじきに終わる。戌午の大獄、禁門の戦で藩内の不逞志士どもはあらかた斃れた」
『攻め上ってくるならばもっけの幸い。速やかに高杉を討てば、我らの徳川様への覚えも逆にめでとうなるというもの』
椋梨家老「これこれ。身の程をわきまえぬ大望を抱いてはならん。それでは松下の暴れ猿どもと同じではないか」
『然り。浅慮な青下郎の分際で大公儀にたて突くこと自体、間違うておったのじゃ』
椋梨家老「藩のため、我らがよう舵をとらねばのう。はっはっは!」
武人「それがしも暴れ猿の一匹にございます」
椋梨家老「・・・なに?」
武人「・・・・・・」
武人「かつては猿。今は犬です」
椋梨家老「それでよい」
武人「ゆえに高杉も犬にしてみせまする」
椋梨家老「ほざいたな」
武人「長州にとって、やつの異才は摘み取るには惜しいものと思いまする。さすれば・・・」
『ものいうな!小賢しい!』
『穢兵が政に口をだすでないわ!』
武人「どうか高杉挙兵の折にはそれがしを和睦の使者にお使い下さい!必ずや長州の犬にしてご覧にいれまする!何卒!」
椋梨家老「和睦じゃと?」
椋梨家老「犬も寝言をいうか」
武人「椋梨様!」
椋梨家老「ききわけのない奴じゃ」
椋梨、扇子を開き頭上にかざすと雪の庭に降りてゆく。
椋梨家老「次の総督の事も考えねばいかんかのう」
武人「・・・・・・」
椋梨家老「あの足軽大将はどうかのう」
武人「山県にございますか?」
椋梨家老「犬の名なぞどうでもよい」
椋梨家老「雑兵の頭程度、少し血のめぐりの悪い者の方が適役じゃ」
椋梨家老「お前は城に上るか?高杉を討てば侍にしてやろう」
『ほう。奇兵隊の山県某(なにがし)。巷で聞いた事がある噂の名じゃの』
『ここで遊女との軽口とは畏れ多いぞ』
『今でこそ反逆の賊徒に成り下がったとはいえ、一時は藩の未来を担うと目された松下村塾』
『その門下にあって、山県某は師の松陰も呆れ果てるほどの不出来な生徒だったとか』
武人「そ、そのあたりでご容赦ください」
『斯様な話もあるというぞ』
〇古いアパートの居間
『松下村塾で誰が描いたか分からぬ一枚の落書きが話題となった』
『牛と坊主と木剣と棒切れの絵じゃ』
『その隅に書かれた名。暴れ牛は高杉と。僧と剣は禁門の戦で天晴れ討死した久坂と入江。何れも松陰の愛弟子よ』
〇風流な庭園
椋梨家老「して最後の棒切れの絵の傍に書かれていた名とは?」
武人「皆様、どうかお戯れを・・・」
『いやいや、勿体付けるほどのオチではございませぬよ』
椋梨家老「何の役にも立たぬ棒切れとは?」
『そこまで引っ張られては、最早名を出すのも恥ずかしゅうございます。わっはっはっは!』
武人「やめろ!」
椋梨家老「・・・・・・」
椋梨家老「下郎。今、なんと吠えた?」
家老達、腰の太刀に手をかける。
椋梨家老「まあよい。うぬはただ、つけ焼刃の政の話がしとうてしょうがないだけであろう?」
椋梨家老「薩摩の大提灯、長州の小提灯とはよう言うたものよ」
椋梨家老「我が藩では有象無象ですらその手に提灯を持ちたがる。さても困ったものじゃのう・・・」
武人「今は長州人同士が足を引っ張り合う時ではありませぬ。共に一丸となり日本の為に」
椋梨、扇子を閉じると武人の頭上に降り下ろす。
額から血を流す武人、なおも睨む。
武人「長州が一丸となり、朝敵の汚名なにするものぞと、大公儀にも堂々と意見し奉り」
椋梨、何度も扇子を武人に叩きつける。
武人「侍百姓隔てなく力を合わせ、その才を出し合い、日本のため未来のために」
椋梨、へし折れた扇子を地に叩きつけると、今度は武人を足蹴にする。
倒れる武人を、腹となく顔となく何度も蹴りつけ踏みつける椋梨。
蹴り疲れ、ぜえぜえと息をつく椋梨。
薄くつもった雪の地面に、血を流しながら這いつくばる武人。
椋梨家老「畜生めが!踏み殺してくれようか!」
「何をしておる。椋梨」
小姓を従え毛利公が廊下を歩いて来る。
ひざまずく家老と椋梨。
椋梨家老「馬鹿犬の無駄吠えを躾けておりました」
毛利の殿様「そうか」
毛利の殿様「ほどほどに致せ」
毛利公、武人を一瞥し通り過ぎる。
顔を上げる武人。
武人「う、上様!」
椋梨家老「これこれ。大人しゅういたせ」
椋梨、武人の顔を地面に押しつける。
立ち止まる毛利公。
毛利の殿様「高杉晋作が見つかったのか?」
椋梨家老「埒もない噂にございます」
毛利の殿様「そこの者に聞いておる。名は?」
武人「奇兵隊総督、赤根武人にございます」
毛利の殿様「松下の出か?」
武人「はっ!」
毛利の殿様「申してみよ。吉田寅二郎はわが師。松下の者は皆、弟弟子のようなものじゃ」
武人「松下村塾筆頭たる高杉晋作の狂挙は、しかしただ一心に上様と日本を想うての事」
武人「どうか寛大なる御心を以て萩にお迎え下されたく」
毛利の殿様「・・・・・・」
武人「この赤根、いや奇兵隊が猛牛を大人しゅうしてみせまする!」
毛利の殿様「ふむ・・・」
毛利の殿様「椋梨。高杉を政に戻してやったらどうじゃ」
椋梨家老「肚に倒幕を抱える者を城に入れるわけには参りませぬ」
毛利の殿様「・・・・・・」
毛利公、庭に降り武人に歩み寄る。
毛利の殿様「のう。余は今でも寅の考えが間違うておるとは思えぬ」
毛利の殿様「じゃが戦はいけん。血を流さずこの国を新しゅうしてゆく事が肝要ぞ」
武人「御意」
毛利公、懐紙で武人の血を拭う。
武人「上様・・・」
毛利の殿様「赤根。高杉を止められるか?」
武人、震える手でその懐紙を受け取る。
武人「命を賭けて説得してみせまする」
毛利の殿様「うむ。そうせい」
毛利公、椋梨と家老達を見据える。
毛利の殿様「余の許しなく高杉を討つ事まかりならぬ」
毛利の殿様「功山寺蜂起にあたっての交渉、和睦。全て赤根武人と奇兵隊に任ずる。よいの」
椋梨家老「はっ・・・」
一同、平伏する。
椋梨、顔を伏せたまま憤りを押し殺す。