親父の漫画道(脚本)
〇実家の居間
海「なんで読切なのに300P想定なんだよ」
父「描きたいもの全部詰め込むとなると、このくらいいるんだよ」
海「そこは指定の31Pに収まるように調整しろ」
父「じゃあ、調整して42Pってところだな。よし!」
海「よし! じゃねぇ! まだ努力と結果が釣り合ってねぇよ」
父「なあに、面白ければ大丈夫だ」
海「よくねぇよ!」
父「しかしだな、雑誌の売り文句は『ルール無用! 面白い作品が勢ぞろい!』だし」
海「ルール無用って、そういう意味じゃねぇよ! ページ数のルールは守ろうな!」
父「仕方ないな。じゃあ、原稿の裏に幾らか包んで渡せば──」
海「それ賄賂! もっとダメなやつ!」
父「・・・お前の言いたいことも分かるさ」
父「今回は経費で落とせないから怒ってるんだろ? でもページ数のためだ。分かってくれ」
海「常習犯かよ!」
陸「兄貴、そんなに自腹が嫌なのか?」
海「そっちじゃねぇよ」
空「お兄ちゃん、会社で働いたことないもんね。裏のやりとりとか知らなくても仕方ないよ」
海「裏のやりとりとかいうんじぇねぇ! そもそもお前も働いてねぇだろ!」
海「あー、もう! なんでこんなんで漫画家になろうとしてるんだよ!」
事の発端は数日前に遡る──
〇実家の居間
父「父さんな、漫画家になろうと思うんだ」
海「何言ってんだよ。もう酔ったのか? 会社はどうすんだよ」
父「そっちは問題ないぞ、クビになったからな」
海「は? 問題大ありだよ。何したんだよ」
父「まるで思い当たる節がないんだがな」
父「仕事中に漫画を描いてたら、急に肩を叩かれてな」
海「思い切りそれじゃねぇか。授業中のノリで仕事すんなよ」
母「残業して漫画描いててもバレなかったのにねぇ」
海「前科持ちじゃねぇか」
海「あー、もう。これからどうするんだよ。主に俺の生活」
父「それは問題ないぞ。穴埋め用の読切を描くんだが、それの人気次第で連載もありえるそうだ」
母「人気が出なかったら?」
父「子供たちの自立が先か、蓄えがなるくなるのが先かのチキンレースの開幕だ」
海「はぁー?!」
陸「自立したら小遣い貰えねぇじゃん」
空「今までありがとう、お母さんのご飯。これからよろしく、コンビニご飯」
海「俺の小説家<ニート>生活の危機じゃねぇか!」
海「い、いや、落ち着け! 親父の漫画が成功すればいいんだ。漫画の進捗は?」
父「〆切に間に合うかが問題だな」
海「人気以前の問題じゃねぇか」
海「こうなったら──」
海「俺達で親父の漫画を完成させるんだ! 俺達の明日(ニート生活)を守る為に!」
父「おぉ!」
空「分かったよ、(お母さんのご飯のために)背景描くのは任せて」
海「流石は美大生、頼りになるな」
陸「小遣いのためだ(もちろん俺もやるぜ)。最近の流行とかは任せてくれ」
海「本音と建前が逆だぞ! でも、流行は大事だ。頼りにしてるぞ」
海「俺は話作りのサポートだ。何、小説も漫画も話作りは同じだろ?」
陸「兄貴、それはやめてくれ」
空「言っていい冗談と悪い冗談があるんだよ?」
海「なんでだよ!」
父「お前たち」
父「そんなに自立が嫌なのか」
こうして親父の漫画作りは始まったのだった
〇実家の居間
〆切まで、あと14日 残り28P
海「おい、陸! 背景に、延々とサザエさんハウス描くなよ。無駄に遠近法使ってるから、何かの幻術かと思ったぞ」
陸「それは敵が領域展開してるんだよ! 兄貴こそ、アングル変わっても同じ向きの家描くなよな! 新手のスタンドかと思ったぜ?」
海「これは敵の術でなんかやってんだよ! お前の無限サザエさんハウスと一緒にするんじぇねぇ」
父「喧嘩するなら外でやれ。あと勝手に術とか作るな!」
空「背景できたよ」
父「おぉ、助かる」
海「お前、出かけてたんじゃないのか」
空「背景を描くのに実物を見に行ってたんだよ」
空は背景を描きこんだ原稿を差し出す。そこにはかなりリアルな背景が描きこまれていた
父「ほう、良くかけてるじゃないか。まるで写真のようだ」
母「さすが美大生ね」
空「えへん」
海「確かに良く描けてるけどさ」
海「背景がリアルすぎて、オヤジの描く70年代キャラと合わなすぎだろ」
海「なにこの実写の中にアニメキャラがいるみたいな気持ち悪さ」
空「分かってないな。こういうのギャップ萌えっていうんだよ?」
海「言わねぇよ」
海「まあ無限サザエさんハウスよりはいいけどさ」
空「ドロステ効果?」
〇実家の居間
〆切まであと10日 残り20P
陸「オヤジ、このコマだが、この体勢でこのアングル。何か、おかしいと思わないか?」
それはヒロインが逃げているコマだが、足は二本で関節と、おかしいことはない
海「別に問題なくね?」
陸「いや、ある!」
陸「この角度ならヒロインのパンツが見えないとおかしいだろ!」
陸「ここだけスカートが重力を無視してるんだ」
陸「むしろ見せろよ! お色気で少年の心を掴めよ」
海「真剣な顔で何を力説してるんだよ。なぁ、親父」
父「すまん・・・ 父さん、パンツが上手く描けなくて誤魔化してたんだ」
海「って、なんで謝る?!」
陸「馬鹿だな。パンチラに上手も下手もねぇよ。見えたってことが大事なんだからよ」
海「感動的なノリで何言ってんの、こいつ」
空「まったく、うちの男達はしょうがないな」
陸「姉ちゃん」
海「あぁ、しょうもないよ。もっと言ってやれ」
空「描くよ、私が。とってもエロいの」
海「そうじゃないよ?!」
母「じゃあモデルは私がしましょうか」
海「お袋のパンチラなんて見たくねぇよ」
空「心配ご無用。お兄ちゃんの部屋にあったエッチな本を参考に描くから」
海「なんでそれ知ってるの?!」
陸「その本って、俺の知らないやつ?」
空「知ってるのだよ」
陸「なんだ、ならいいや」
海「よくねぇよ! 俺のプライバシーが行方不明だよ!」
空「エッチなパンツ描けたよ」
海「話聞けよ」
父「おぉ、これはエッチだな」
陸「この肉感的なラインがそそるぜ!」
海「確かに良く描けてるけどさ」
海「キャラは70年代なのにパンツだけリアルって、そこだけ気合が入ってるみたいじゃねぇか!」
空「読者の需要にはマッチしてるよ」
海「パンツに気合入れてるみたいなのが変態っぽいっていいたいんだよ」
〇L字キッチン
親父「あと5時間で残り5P、頑張るぞ」
弟と妹「おー」
親父「いやあ夏休みの最終日を思い出すな」
海「全然間に合う気がしないのに、元気だな、おい」
母「家族揃って一つのことやるのが楽しいのよ」
海「今までみんな好き勝手やってきてたのに?」
親父は仕事、妹は美大、弟はホスト、俺は作家。過ごす時間はバラバラで、顔を合わせる機会すら無くなっていた
海「今更な感じもするけどな」
母「母さんは別に今更なんて思わないけどね」
母「普段は別々の方向へ走っていいのよ。何かあった時は、一緒に頑張れるならね」
海「そんなものかね」
母「それに空も陸も、自分のやりたいことを応援して貰えたから、お返ししたいのかもね」
海「むしろ、よくホストになるのを応援出来たと思うぜ。けどよ・・・」
海「俺が作家になろうとしたとき、猛反対されたんだが?」
母「いや、ほら、お兄ちゃんは・・・あんまり才能がないというか? 息子を死地へ送りたくないというか?」
海「え、死地? そんな風に思われてたの?」
空「現在進行形で生活不能レベルだもんね」
陸「むしろなんで作家になれたのか不思議なんだよな」
海「お前ら・・・ 急に出てきて追撃するのやめてくれない?」
〇実家の居間
父「獄門寺一家のデビュー作、遂に完成だ!」
空「わー、ぱちぱち」
海「え? 獄門寺一家って何?」
父「この漫画は家族みんなで完成させたものだからな、ペンネームは個人名じゃなく、一家にしたいんだ」
空「やー、照れるなぁ」
陸「悪くねぇな」
母「あらやだ、私も漫画家?」
海「そうじゃなくて」
海「うちは林田だろ! 誰だよ、獄門寺って」
父「父さんのペンネームが『獄門寺 業太郎』だから『獄門寺一家』にしたんだが」
空「本名はプライバシー的によくないもんね」
海「人の部屋を勝手に漁るやつがプライバシー語るな」
父「それじゃあ入稿してくるから、みんなは休んでなさい」
空「明日からは新作を頑張らないといけないもんね」
海「え? 新作?」
陸「次はもっとお色気シーン増やそうぜ」
空「私は未知の風景が描きたいな」
海「なんでこいつら、こんなにやる気なの?」
獄門寺一家の漫画道は、こうして始まりを告げたのだった
言葉のセンスが炸裂ですね! 自分にはワードセンスはあまりないので、羨ましい限りです。
おかしな家族ですが、一致団結して漫画を書き上げてるので。最後は家族の仲の良さや絆が感じられて、感動しました😃
無限サザエさんハウスとかプライバシーが行方不明とか、言葉のセンスが炸裂していて笑うことを忘れてむしろ感心してしまいました。海は小説家なら家族の会話を文字に起こしたら面白いのに、と思ったらそれがこの物語ということに気づきました。
畳み掛けるツッコミがテンポ良くて、あっという間に読み進めてしまいました😆😆😆😆