中間の子倅(脚本)
〇古民家の居間
縁側で姿勢正しく読書をしている武人。
四郎「あのう。山県様は?」
武人「うん?出かけたが」
四郎「裏山で拾うてきましたけ。良かったら」
四郎、武人に柿を差し出す。
武人「四郎君と言ったね。なして奇兵隊に来た?」
四郎「ええと、その、尊王攘夷をこころざし幕府に代わりて天子様を奉じ、夷敵を」
武人「本当の事、言い。ここにゃ僕しかおらんけ」
四郎「・・・・・・」
四郎「ワシ、親おらんで、親戚に引き取られて。そこで体壊して働けんようなって追い出されて、それで・・・」
四郎「いや、今はもう平気です!大丈夫ですけ!一生懸命戦いますけ!」
武人、四郎に柿の一つを手渡す。
四郎「総督様・・・」
武人「共に長生きしようの」
四郎「は、はあ・・・」
一緒に柿を頬張る武人と四郎。
〇城下町
飯盛旅籠『椿屋』・二階廊下
閉ざされた襖の前にちょこんと座り、三味線を弾いているおうの。
膳を持った仲居さんがやって来る。
おうの「あ、今は誰も通すなって」
仲居さん「そう。じゃあ終わったら声かけて」
仲居さん「でも珍しいねえ。カタブツの山県さんがここに来るなんて」
おうの「珍しいんですか?」
仲居さん「あの人が酔って騒いでニコニコ歌うように見える?」
おうの「見えません。うち陰気な人好かん」
仲居さん「うちもー!」
〇屋敷の大広間
さし向かいで酒を飲む狂介と善蔵。
沈黙。
盃を空けたまま、動かない善蔵。
狂介、席を立ち善蔵に酒を注ぐ。
無言で、平然と盃を受ける善蔵。
そしてまた、沈黙。
狂介「すまぬ。異人があれ程狡猾とは。ヤツらの性根が日本を食い物にしようとしておる事、まだまだ身に沁みておらんかった」
善蔵「言い訳はええです。俺ら商人(あきんど)の世界じゃ切腹ものの失態ですけえの」
盃を空け、次は意図的に酌を求める善蔵。
酒を注ぐ狂介。
善蔵、一気に飲み干すと。
善蔵「まあ俺の金じゃないですけ、偉そうな事は言えませんけどいや」
善蔵「ただ親父も奇兵隊には期待しちょるんじゃけ、高杉さんとまではいかんでも、もう少しマシな働きしてもらわんと」
善蔵「これじゃあ恥ずかしゅうて、親父に顔向けできんですけ」
狂介「長門屋殿には改めてお詫びに伺うゆえ」
善蔵「もうええですけ」
善蔵「もうええですか」
善蔵、盃を伏せて立ち上がる。
善蔵「高杉晋作と共に幕府と戦えると思うて奇兵隊に入ったそい、全然面白うないわ」
狂介「・・・・・・」
〇城下町
善蔵「・・・・・・」
善蔵「おう、話は済んだぞ」
おうの「・・・・・・」
おうのの前にばら撒かれる小判。
善蔵「長州の英雄。その愛人と朝まで過ごすにゃ、いくらいるんかの?」
にっこり微笑み人差し指を立てるおうの。
おうの「その首、ひとつ」
善蔵「は、はっはっは・・・さすがじゃ」
ひきつった作り笑いで答えを濁すと、足早に去ってゆく善蔵。
おうの、善蔵が去ったことを確かめると、いそいそと小判を拾う。
と、開け放たれた襖の向こうから響く狂介の怒号。
「ええい!こんくそがあ!」
〇屋敷の大広間
ひっくり返った膳の前で怒りに震えている狂介。
おうの「ちょっと。部屋汚さんといて下さい」
狂介「・・・・・・」
おうの「な、なに?」
おうの「よし!かかって来い!」
狂介「・・・すまん」
背を丸めて膳を片付けはじめる狂介。
おうの「分かればええんよ」
おうの、片づけを手伝う。
〇城下町
『三千世界の~烏を~殺し』
〇屋敷の大広間
おうの「ぬし~と朝寝~が~して~み~た~い~」
狂介「やめい」
狂介「今は晋作の作った歌なんぞ聴きとうない」
狂介「ふん!」
黙々と酒を煽る狂介。
おうの「この味噌徳利」
狂介「何だ?その味噌徳利っちゅうのは」
おうの「旦さんの言葉」
『山県狂介は徳利に詰まった味噌だ。味はあっても徳利から出てこない』
狂介「ふっ、晋作め」
狂介「そんなに褒めんでも」
おうの「あほ。臆病者ちゅうこといね」
狂介「なにい?」
おうの「旦さんの言ってた通りのお人やね。臆病で堅物で、ちっとも優しゅうない」
おうの「僕、山県君と飲んでも面白うないでありま~す」
狂介「どいつもこいつも面白う面白う。そんなに遊びたくば村祭りで踊っておれ。天下の大動乱にしゃしゃり出てくるでないわ!」
おうの「あら器の小さいこと。もう徳利っちゅうかお猪口やね」
狂介「大体が歌などざれごとよ。左様なもの幾らでも作れるわ」
おうの「あ、その言葉、聞かんかったことにしちょいてあげるね」
狂介「ぬかせ。晋作に出来て俺に出来ぬことなど何もない!」
おうの「うんうん分かった分かった。頑張ったね。偉いね」
狂介「松杉の木の間の庵そなつかしき、世をうしろ田のかたほとりにて」
おうの「わっ」
おうの「意外・・・」
狂介「ふん。こんなものよ」
おうの「でも、暗あ~」
狂介「ドクロをつけるな!」
狂介「侘びも寂びも解せぬとは。その方それでもまことに晋作の妾か」
おうの「ムカッ・・・!」
三味線を構えるおうの。
おうの「え?松杉の?何?」
狂介「怒鳴りながら歌ってくれずともよい」
おうの「ええから。山県先生」
狂介「ふん」
狂介「松杉の木の間の庵そなつかしき、世をうしろ田のかたほとりにて」
おうの「松杉の~木の間の庵そ~なつかしき~」
狂介「・・・・・・」
〇古いアパートの居間
松杉の木の間の庵そなつかしき
世をうしろ田のかたほとりにて
〇屋敷の大広間
我に返る狂介。
狂介「も、もうええ。いらん世話じゃ」
おうの「あっそ」
おうの「この、へんくう」
狂介「下がれ」
おうの「下がる!」
狂介、ひとり手酌で飲む。
ふと窓から外を見下ろす狂介。
〇城下町
提灯の灯りの下、行き交う町人たち。
狂介「ええのう。帰る場所があって・・・」
狂介「俺もせめて、行く場所くらいは見つけんとな・・・」
と、おうのの三味線が廊下から聞こえる。
『松杉の木の間の庵そなつかしき、世をうしろ田のかたほとりにて』
狂介「・・・・・・」
〇屋敷の大広間
おうのの三味線に合わせて、槍を手に踊っている狂介
と、足がふらつき尻餅をつく。
おうの「ほら、男なら。ちゃんと立つほ」
狂介「あたり前じゃ。俺は侍ぞ。幾ら腕が立とうと書を読もうと百姓は百姓。坊主は坊主。医者は医者」
狂介「商人は所詮、商人じゃあ!」
おうの「討幕、全否定やね」
赤ら顔の狂介、立ち上がろうとしてまた倒れる。
狂介「商人の小倅如きが。くそが・・・」
おうの「・・・・・・」
おうの「つわもの!山県狂介殿!」
おうの、正座したまま自分の膝をぽんぽんと叩く。
おうの「いざ、首をだせい」
狂介「・・・・・・」
狂介「べ、別にええわい」
おうの「首を出せ」
狂介「・・・・・・」
狂介、おうのの膝に頭を乗せる。
狂介「ええと、その・・・・・・」
おうの「男なら~お槍担いでお中間となって、ついていきたや下関~」
狂介「・・・・・・」
狂介「そうじゃ。侍っちゅうても中間じゃ。脇差一本、馬の世話して米取り立てる足軽の家じゃ。本物の侍やない」
狂介「俺は・・・」
〇城下町
小奇麗な着物を纏った商人とその子供
が、賑わう街を歩いている。
一人の男が黙々と侍の馬を引いている。
一本差しの痩せこけたみすぼらしい中間、それが狂介、いやコスケの父だった。
商人の子は楽し気に風車を吹いている。
風車は、くるくる回っている。
〇寂れた村
木の棒を槍に見立て、振り回すコスケ。
棒切れは、くるくる回っている。
コスケ「あ・・・」
父「・・・・・・」
父はコスケに声一つかけず、仏頂面のまま石の置かれた板葺屋根のあばら家へと入ってゆく。
コスケはただ一心に棒きれを振るっている。
〇寂れた村
板敷きに寝っ転がっている父。
散乱する徳利に、脇差までもが混ざり転がっている。
コスケ、脇差を手に取って見つめる。
父「何やっちょる・・・」
コスケ「・・・・・・」
父「ガキの玩具やないんじゃ!」
父はコスケを張り倒し、脇差を取り上げると腰に差してそのまま背を向ける。
父「玩具やない・・・」
父「こんなもんでも・・・」
震える父の背に、コスケは呟く。
コスケ「そんなナマクラ、いらん!」
父は、もう何も言わない。
〇古いアパートの居間
松下村塾・講義室
年端もいかぬ塾生達は、それでも若輩なりに熱く議論を交わしている。
ぼんやりと外を眺めているコスケと、黙々と本を読んでいるタケトを除いて。
と、一人の青年が壁に張り紙を貼る。
『諸友(ショユウ)に告ぐ』
張り紙に気付いた少年たちは一人また一人と沈黙してゆく。
最後の一人が押し黙るのを認め青年は口を開いた。
青年の名は吉田松陰。
松下村塾、塾頭である。
松陰先生「ここには沢山の芽が、苗がある」
松陰先生「百姓の芽。武士の苗。僧侶の芽。商人の苗」
松陰先生「赤根君。君は何の芽だい?」
タケト「医者の芽です」
松陰先生「どうだろう?」
松陰先生「山県君。君は何の芽だい?」
コスケ「さ、侍・・・」
コスケ「いや、中間です」
松陰先生「そうなのかい?」
コスケ「・・・?」
松陰先生「晋作、君は何の芽だい?」
シンサク「長州男児の芽です!」
おお、と塾生達の歓声が上がる。
松陰先生「否」
シンサク「何でですか先生!」
シンサク「人は生まれではのうて生き様によって未来を決めるものです!」
シンサク「僕は高杉家の侍でのうて長州の、上様の侍として生きてゆく。それの何が否ですか!」
松陰先生「まだ小さい。まだ狭い」
シンサク「え?」
松陰先生「防長二州に留まらず日本の男、敬親公の侍ではなく天下万民の侍を目指す」
松陰先生「それでこそ新たなる時代の武者だ」
コスケ「万民の侍。新たなる時代の武者」
シンサク「お、俺はそういう意味で言うたんじゃ」
松陰先生「ははっ。それは失礼」
シンサク「ふん!」
晋作、ふくれっつらで座る。
松陰先生「諸友、入江杉蔵」
スギゾウ「はい!」
松陰先生「君は何のためにここへ来た。ここで何を学び、どう自分を変える?」
スギゾウ「僕にとっての学問とは、我が国を知り世界を知り、日本の為に働き日本の為に死ぬる事です」
松陰先生「国のために死ぬ?」
スギゾウ「はい!入江家は足軽なれど、民を憂う気持ちは公方様にも負けやしません!」
松陰先生「それはまことの心根より出た言葉か?」
スギゾウ「え?」
松陰先生「正直に答えるんだ、杉蔵」
スギゾウ「・・・・・・」
スギゾウ「はい。いずれ日本のために死にます!」
松陰先生「そうか・・・ならよろしい」
松陰先生「僕も同じ気持ちだよ」
スギゾウ、ホッと胸をなで下ろす。
松陰先生「山県君。君はどうだい?」
コスケ「へ?」
松陰先生「油断大敵」
コスケ「すみません・・・」
松陰先生「君はどうだい?何のためにここで学び、どうして僕と共にいるんだい?」
コスケ「僕はお殿様、いや御殿を、いや天子様、あ、いや天下万民の為に、その、あの」
コスケ「すみません・・・」
松陰先生「なあコスケ。僕は君に聞いちょるんじゃ。誰かの言葉じゃのうて、君の言葉を聞かせてほしいんじゃ」
コスケ「ワシの言葉・・・」
コスケ「死んだ母ちゃんに言われたけ。これからは足軽も勉強せにゃいけん時代やっちゅうて。それじゃけえここに来ました」
スギゾウ「母ちゃんに言われたけえ、か」
声を上げて笑う塾生たち。
松陰先生「ふむ」
松陰先生「そうか。じゃあこれから君は、どんな大人になりたいんだい?」
コスケ「・・・・・・」
コスケ「・・・・・・出世したいです」
コスケ「出世して、立派なお侍になりたいです!」
スギゾウ「おい山県。お前先生の話を聞いちょったんか?」
スギゾウ「ここは身分の隔てなく天下国家を論じる為の学び舎じゃ」
スギゾウ「出世だの立派な侍だのとよう言うたの! 恥を知れ!」
塾生達、火がついた様に騒ぎはじめる。
『棒切れ!』『棒切れ!』『棒切れ!』
コスケ「・・・・・・」
松陰先生「・・・・・・」
タケト「先生!」
松陰先生「諸友、赤根武人」
タケト「僕も出世したいです!いい家住んでいいもの食べて、家族を楽させちゃりたいです!」
スギゾウ「赤根!お前もか!」
スギゾウ、タケトに掴みかかる。
スギゾウ「この俗物ども!ここから出ていけ!」
タケトを殴りつけるスギゾウと塾生達。
コスケ「せ、先生・・・」
松陰先生「・・・・・・」
タケト、塾生達に袋叩きにあう。
コスケ「や、やめろ・・・」
コスケ「やめろーっ!」
〇屋敷の大広間
狂介「・・・・・・」
床柱にもたれかかり、狂介を膝に乗せたまま、いつのまにやら眠っているおうの。
窓から粉雪が舞いこんでいる。
おうのを起こさぬようそっと立ち上がり、窓を閉めて、布団をかけてやる狂介。
狂介、ふとおうのの寝顔を見つめる。
狂介「三千世界の烏を殺し、か・・・」
おうのの頬に触れる狂介。
俊輔「軍監どの!失礼します!」
俊輔「あ!」
狂介「あ!」
俊輔「失礼しました!」
狂介「ままま、待て!違う!違うぞ!失礼するな!戻って来い!」
おうの「ふぁ・・・うるさいなあ・・・」
〇城下町
粉雪舞う街角。
反物の入った風呂敷包みを手に、仕立て屋と芸奴の井戸端。
『聞いたか?何でも馬関に高杉晋作が現れたそうじゃ』
『高杉様、生きちょったんやねえ』
『良かった。男の中の男、高杉晋作。一度お会いしたいわ』
瓦版屋聞多郎「へへへ・・・もしかしたら会えるかも知れんぞ」
〇海辺
『お城の追手を逃れ九州に身を潜めちょったらしいが。いよいよ反撃じゃ』
〇城下町
瓦版屋聞多郎のきっぷのいい喋りに、次第に町民達が集まって来る。
『高杉がここへ攻めてくるじゃと?』
『やっぱりあれか?家老達から上様を取り戻し、もっかい夷敵と一戦交える腹か?』
瓦版屋聞多郎「いやいや皆の衆、ここだけの話やぞ」
瓦版屋聞多郎「高杉は今度はその異国の力を利用して幕府を倒し、日本に新しい時代を築こうとしているそうじゃ」
『異国を利用するじゃと?』
『新しい時代じゃと?』
瓦版屋聞多郎「ああそうじゃ!ワシやあんたらでも志がありゃあ政ができる!」
瓦版屋聞多郎「海を越えて旅もできる!」
瓦版屋聞多郎「この長州が日本の中心になる!」
瓦版屋聞多郎「そんな時代じゃ!」
『わはは!まったく夢まぼろしじゃのう』
瓦版屋聞多郎「その夢を真にするのが高杉じゃ」
瓦版屋聞多郎「ワシらは幸いにも奴と同じ時代、同じ藩に生きちょる」
瓦版屋聞多郎「皆の衆!この流れに乗らんとつまらんぞ!」
と、侍達が近づいてくる。
長州藩士「おい貴様、何を話しちょる!高杉某とはなんじゃ!」
町民達、愛想笑いを浮かべ四散する。
瓦版屋聞多郎「いえ旦那、あの高杉晋作が萩へ攻め込むっちゅう噂が流れとるんです」
長州藩士「な、何だと!」
瓦版屋聞多郎「おお怖・・・くわばらくわばら・・・」
侍達、顔を見合わせ踵を返す。
瓦版屋聞多郎「・・・さてと」
瓦版屋聞多郎「はじまりはじまり~と来らァ!」