弱虫たちの夜と昼(脚本)
〇武術の訓練場
両手に沢山の武器を抱えて歩く四郎。
狂介「新入りだな」
四郎「は、はい」
狂介「まだ掃除くらいしか任されぬであろうが、手を抜くではないぞ」
四郎「は、はい」
四郎、フラフラとよろけて武器を落す。
四郎「うわ!」
狂介「馬鹿者!武具はもののふの命ぞ!」
四郎「もうしわけございません・・・」
狂介「太刀まで新入りに持たせおって・・・」
狂介「所詮は百姓の群れか」
狂介、立ち去ろうとして振り返る。
四郎、へっぴり腰で武器を拾っている。
狂介「お前はお前で、それでも百姓か?」
四郎「すいません・・・」
狂介「・・・」
〇城下町
城下近郊・宿場
幾つもの弦歌と嬌声が響く。
白壁の街に、並ぶ引手茶屋や飯盛旅籠。
提灯の明かりの下、芸者幇間の往来。
三味太鼓の音色に合わせて芸奴達の歌が聞こえる。
『男なら、お槍かついでお中間となって、ついていきたや下関』
〇屋敷の大広間
飯盛旅籠『椿屋』二階
上座に座り、手拍子を打っている武人。
芸奴を侍らせて歌い騒ぐ俊輔と隊士達。
芸奴に纏わりついている善蔵。
『尊王攘夷と聞くからは、女ながらも武士の妻、まさかの時には締め襷、神功皇后さんの雄々しき姿が鏡じゃないかいな』
俊輔「オーシャリシャーリ!」
騒ぎ続ける隊士達。
善蔵、徳利を手に武人に近づく。
善蔵「驚きましたいや。まさか総督殿も遊びに来られちょったとは」
武人「さっきも言っただろ。僕はただ、この店におうのさんの面倒を頼みに来ただけだ」
善蔵「そうでした・・・かいの?」
武人「おいおい。ほどほどにしておけよ」
善蔵「ほどほどならば、まだまだですいや」
太鼓持ち「まことに、天下御免の奇兵隊総督様の頼みとあってはここの主人も断れませんな~」
善蔵「オ~シャリシャ~リ!ひゃははは!」
善蔵「おい。伊藤さんの飲みが足らんようやぞ」
太鼓持ち「へい。お前達~隊長様にお酌~」
芸奴「は~い。伊藤さま~」
俊輔「ふぁ~い」
善蔵、幇間を追い払い武人に酒を継ぐ。
善蔵「ここにいる連中は皆、高杉様に憧れて奇兵隊に入った奴らばかりなんです」
武人「僕もそうだ」
善蔵「え?総督殿は既に松下村塾で高杉様と一緒じゃったとお聞きしましたが」
武人「同窓生に憧れちゃいかんのか?」
善蔵「いえ。そういうことですか」
武人「高杉晋作。あいつには振り回されっぱなしだった。僕も、狂介も」
〇桜並木(提灯あり)
二年前、京の都、鴨川
錦の御旗と葵の旗が並んでたなびく。
鴨川を望む道を、幾つもの輿が進む。
道の隅でひざまずいている町民達。
町民と並んで平伏している狂介と武人。
飾り馬にまたがり、葵の陣傘を被った武者の一団が、二人の前を通り過ぎる。
狂介「すげえ。あれが幕府・・・」
武人「しっ、声を出すな。顔を上げるな」
狂介「あいつらが先生を・・・」
と、狂介の隣の男がおもむろに顔を上げる。
そして、叫ぶ。
高杉「よっ!征夷大将軍!」
〇屋敷の大広間
話を聞いていた他の隊士達が『おお!』と唸る。
鼻息を荒くして、まくしたてる善蔵。
善蔵「賀茂行幸は、帝と将軍が攘夷を祈願する為のもの!」
善蔵「腑抜けの公方に天下を代表して喝を入れた高杉様の御志、壬生の飼い犬どもに一々に吠えたてられる云われはないわ!」
おうの「だからあ!ヒジカタって本当にええ男なん?」
武人「・・・・・・」
善蔵「と、とにかく俺達で高杉様の意志を継ぎ、長州を討幕の魁とせにゃあならんのじゃ!のうみんな!」
拍手喝采、盛り上がる宴席。
月の覗く窓際で三味線を弾くおうの。
誰もが押し黙り、その見事な音色に静かに聴き入る。
おうの「男なら、三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい」
〇武術の訓練場
月下、木の棒を槍に見立ててぎこちなく振るう四郎。
木の棒を手に四郎に稽古をつける狂介。
『酔えば美人の膝枕、醒めりゃ天下を手で握り、咲かす長州桜花』
狂介、ふと握った木の棒を見つめる。
『棒切れ!棒切れ!』
〇村の広場
スギゾウと取っ組みあっているコスケ。
スギゾウ「この、棒切れ!」
コスケ「・・・・・・!」
他の塾生たちに羽交い絞めにされ身動きのとれないタケト。
塾生たちの叫びがコスケを責め立てる。
『棒切れ!棒切れ!棒切れ!棒切れ!』
と、一人の少年がコスケを庇い敢然とスギゾウに飛びかかる。
シンサク「お前ら!弱いもんイジメも大概にせっちゃ!」
〇屋敷の大広間
おうの「高杉晋作は男の男よ。偉いじゃないかいな」
武人「オーシャリシャーリ(おっしゃるとおり)」
〇武術の訓練場
四郎「うおーっ!」
狂介の頭に降り下ろされる四郎の棒。
ぼんやりしていた狂介の脳天に振り降ろされた棒が、ベキリとへし折れる。
四郎「あ・・・」
狂介「フッ・・・」
狂介「やるではないか。では次はこちらから参るぞ」
顔色ひとつ変えぬ狂介・・・
そのままひっくり返って気絶する。
四郎「ぐ、軍監どのーっ!」
〇草原の道
コスケ「・・・・・・」
タケト「・・・・・・」
コスケ「・・・・・・」
タケト「泣くなコスケ。僕がついちょる」
コスケ「泣いちょらんけ・・・」
〇古民家の居間
目覚める狂介。
狂介「痛っ・・・」
狂介「・・・くはないぞ。ただのタンコブじゃ」
狂介「泣いちょらんわい」
鎧櫃にもたれかかり、眠っている四郎。
狂介「鎧は武士の魂ぞ。慮外者が・・・」
狂介「ふん」
〇武術の訓練場
俊輔「左向け!左!前、進めい!」
隊士達の前に立ち、采配を振る俊輔。
棒切れを銃に見立て、行進する隊士達。
狂介「あれが異国の練兵か。あんなお遊戯みたいなもんが戦さの役に立つとは思えんがの」
武人「俊輔君は留学でエゲレスを見ている。敵を知り己を知れば百戦百勝でありますよ」
俊輔「回れ右!駆け足!」
狂介と武人の前まで走る俊輔と隊士達
俊輔「全体止まれ!」
俊輔「総督殿と軍監殿に対し奉り、捧げ銃!」
棒きれを掲げてみせる隊士達。
狂介「お、おう!」
武人「結構気に入ってるじゃないか」
と、一人の隊士が駆けこんでくる。
『軍監殿!ついに届きました!』
狂介「来たか!」
大八車に乗せられた木箱が次々と運び込まれて来る
歓喜する隊士達。
『エネミール銃五十丁!これに!』
武人「よくあのグラバー商会を騙し通せたの」
狂介「津和野藩士と偽り長州征伐を名目に、見事夷敵を出しぬいてやったわ」
俊輔「日本人で今この最新式を持っとるのは幕府の一部と僕達だけですけえの」
四郎「そんな貴重なもんワシら百姓が持ってええんでしょうか?」
善蔵「ならお前は棒切れで戦っとけや」
狂介「ならん!お主らはこれより全員がモノノフである。この奇兵隊が世を動かし天下を目指す時が来たのじゃ!」
意気揚々、猛る隊士達。
武人、銃のひとつを手に取る。
武人「これは・・・ゲパールだ」
狂介「なに?」
武人「かなりの旧式だよ・・・」
善蔵「チッ!出し抜かれましたの、軍監」
狂介「まあ、その、あれだ・・・」
狂介「種子島よりゃマシやけえの!あとは気合と若い力で勝利を目指そうぞ!」
『お、おう!』
ぎこちなく猛る隊士達。