MAD・AGE

山本律磨

ぱるちざん(脚本)

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山本律磨

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〇城壁
  長州には、こんな話が伝わっている。
  毎年正月になると歴代藩主は天守より東を睨み家老にこう呟く。
  『今年こそ東へ攻め上り幕府を打ち倒し、関ヶ原の無念を晴らすべきぞ』
  すると家老は、こう進言する。
  『いえ。未だ時は満ちておりませぬ』
  そして藩主は進言を受け入れ、こう告げる。
  『分かった。そうせい』
  これはあくまでも作り話である。しかし、作り話が噂話となった時、こんな尾ひれがついた。
  『かつては関ヶ原の無念を忘れぬための決意でじゃったもんが、時を重ね今じゃただの慣例となりよった』
  『そうせい。そうせい。おらが藩主は自分では何一つ動かない人形じゃ』
椋梨家老「大公儀巡検隊が到着致しました。未だ時が満ちておりませぬゆえ、丁重にお迎え致します」
毛利の殿様「うむ。そうせい」

〇城下町
  三方を日本海に囲まれた指月山に建つ萩城と、その下に広がる城下町。
  天に掲げられる幾つもの葵の幟。
  平伏する町民を見下ろしながら、葵の紋を掲げ白壁の城下を歩く騎馬武者達。
  萩の街は戦慄した。
  『幕府は長州を潰す気じゃろうか?』
  『錦の御旗に逆らう。異国と戦さをする。何もかもあの松陰の弟子どものせいじゃ』
  町民達と共に平伏する俊輔とおうの。
俊輔「・・・・・・」
  土を掴み怒りを押し殺す俊輔。
  身分卑しき百姓の彼にも、侍の子弟と全く同様に学問を教えてくれた男。
  それが今町民達が罵った男、松陰である。
  そしてかつて長州の少年たちが熱狂した、身分隔てなき学び舎を松下村塾という。
  だがそのどちらも今はなく、ただその意志だけが、かつて少年だった各々の心に灯り続けている。
  ある者の心には烈火として。ある者の心には風前の蝋燭として。
おうの「よっ!征夷大将軍!」
俊輔「ば、馬鹿っ!」
  俊輔、おうのの手を掴んで逃げだす。
幕府軍「如何致します?捕らえまするか?」
巡検使「捨て置け。こはキ印の国ぞ」

〇謁見の間
  萩城
巡検使「此度の長州藩の馬関防衛。神州を夷敵より守りたる戦ぶり、真に天晴れである」
毛利の殿様「ははーっ!」
巡検使「しかれども敗戦賠償の全てを大公儀に委ねるは、あまねく日本の政に大いにさしさわりとなるものなり」
巡検使「故に此度の戦、長州藩『正義派』と称する破壊論者が如き暴徒どもの指示において行われたものと認めるならば」
巡検使「その粛清を以て将軍家への改めての恭順と忠誠の証とせよ!」
椋梨家老「御意」
巡検使「毛利公、これより申し伝えるは公方様直々のお言葉である」
毛利の殿様「はっ!」
巡検使「日本が異国に切り売りされるやも知れぬ国難なれど、弱藩長州にできる事など何もない」
巡検使「外様の身の程、しかと弁えよ!」
毛利の殿様「肝に銘じましてございまする・・・」

〇城の会議室
  宴席。
  下座で武者達に酒を注ぐ藩士達。
  上座で肩を並べている巡見使と毛利公。
毛利の殿様「さあ皆様どうか具足をお脱ぎ下され。何もない田舎なれば、せめておくつろぎ頂きとうございます」
毛利の殿様「巡検使どのも、ささ、御酒を」
  巡見使、毛利公の酒に対し盃を伏せる。
巡検使「関ヶ原より煮ても焼いても食えぬは毛利。何が起こるか分かりませぬゆえの」
毛利の殿様「ははは。毒など滅相もない」
毛利の殿様「みどもは民にまで『そうせい公』と揶揄される小心者にて」
巡検使「ゆえに危うい」
毛利の殿様「は?」
巡検使「よっ!征夷大将軍!」
毛利の殿様「・・・・・・」
巡検使「貴藩では下々の者にまで、かの凶行が天晴れ武勇として伝わっておるのではないか?そのような地では太刀も鎧も手放せぬ」
椋梨家老「狂うとるのは一握りの馬鹿者どもにございます」
椋梨家老「その一握りも程なく潰れまする」
  巡見使にうやうやしく酒を掲げる椋梨。
椋梨家老「ご安心を」
  巡見使はようやく盃を突きだす。

〇武術の訓練場
四郎「・・・うわ」
四郎「ここが奇兵隊の陣・・・」
善蔵「おい!」
善蔵「何か用か?」
四郎「は・・・はい、いえ、何でもありません」
善蔵「ここはガキがうろつく場所やない。失せろ」
四郎「す、すんません」
善蔵「もっとも入隊するなら話は別やけどの」
四郎「・・・・・・」
善蔵「たくましい防長男子なら剣をとれよ!今はそういう時代じゃけえの」
  上等兵士善蔵は舎弟のように取り巻く隊士数名を引き連れ、陣屋へと入って行った
四郎「・・・・・・」

〇古民家の居間
武人「ご、ご家老様にあらせられましてはご機嫌麗しゅう存じまつり、いや奉りまして」
椋梨家老「百姓が慣れぬ言葉を使うものでない」
狂介「はばかりながら、赤根の出自は医者でございます。決して百姓上がりなどでは」
椋梨家老「だから何じゃ」
狂介「だ、だから、その・・・」
狂介「・・・失礼つかまつりました」
椋梨家老「儂は「だから何じゃ?」と問うた。それに答えればよいではないか」
椋梨家老「吠えるだけなら大人しゅうしておれ」
狂介「・・・クッ!」
武人「出過ぎたもの言いをいたしました。申し訳ございませぬ」
椋梨家老「何を詫びる?うぬら奇兵隊の目指すは貴賎分け隔てない世ではないのか?」
椋梨家老「さあ貴賤隔てなく存分にもの申してみせよ。百姓」
武人「革命など、尾ひれのついた噂。我らはただただ御殿様の為に働く雑兵にすぎませぬ」
椋梨家老「殊勝よのう」
椋梨家老「されば我が藩の現状も分かっていようの」
武人「天朝様に刃を向けし賊。ゆえに孤立無援。幕府軍に四境を囲まれておりまする」
椋梨家老「左様。朝敵じゃ。今三十六藩十五万の兵が我が藩を包囲しておる。全てはお主らの師、吉田松陰の教えより始まったのじゃ」
椋梨家老「攘夷尊王。公武合体。それすなわち倒幕の思想」
椋梨家老「先の禁門の戦さの責は尊王論者三家老の腹を斬らせる事で何とか収めた。あとは馬関戦争敗戦の責じゃ」
武人「畏れながら。幕府との衝突であった禁門の時とは違い、馬関での戦さは我が国を、我が長州の地を守る戦いであったはず」
椋梨家老「我が長州を異国との戦いに巻き込む戦さ、だったのではないのか?」
武人「・・・・・・」
椋梨家老「高杉晋作を捕えい」
武人「・・・!」
椋梨家老「御殿の為に働く雑兵というたな。ならば我が藩を朝敵とせしめ異国との戦さに導いた高杉を捕えい。それが御殿の思し召しぞ」
狂介「お、お待ち下さい!」
武人「狂介!」
狂介「・・・・・・」
武人「高杉晋作は逐電し、最早奇兵隊とはつながりなき者にございます。藩にとっても捕縛する価値などは」
椋梨家老「左様か。動かぬならば奇兵隊は用済みじゃのう・・・」
武人「ご家老・・・」
椋梨家老「高杉を捕えぬというのであらば、奇兵隊を潰す。うぬら皆畑仕事に逆戻りじゃ」
椋梨家老「他の諸隊に先を越されても潰す」
椋梨家老「どこぞの馬の骨に捕えられても潰す」
椋梨家老「奇兵隊自らの手で開闢総督の首を取らねば、おぬしらはこれまでと思え。よいの」
椋梨家老「畜生ごときの見送りも返答もいらぬ。飼い犬となるか野良犬となるか、好きな方を選ぶがよい」
狂介「武人・・・どうする?」
武人「・・・・・・」
おうの「いけんっちゃ!」

〇武術の訓練場
四郎「・・・・・・」
俊輔「待たせたの」
四郎「す、杉原村の四郎っちゅいます!」
俊輔「隊長の伊藤俊輔じゃ。奇兵隊は志あるものなら誰でも歓迎する」
俊輔「かく言う僕も農家の出じゃ。やけえはじめに聞いちょく。親御さんにご迷惑をかけちょらんじゃろうの?」
俊輔「田畑あっての侍。ここは家出した子倅の遊び場やないぞ」
四郎「か、家族はおりません!」
四郎「もう・・・おりません」
俊輔「そうか」
四郎「一生懸命働きますけえ、どうかここに置いてつかーさい!」
俊輔「あい分かった。上に話は通しておく」
善蔵「伊藤さん。軍監殿が呼んじょります」
俊輔「そうか。善蔵君、四郎君を頼む」
善蔵「お前はさっきの・・・」
四郎「杉原村の四郎っちゅいます」
善蔵「ふん、また百姓あがりが入って来たか」
善蔵「どうせ出世して、いい思いをしたいんだけなんじゃろ」
四郎「わ、わしは・・・」
善蔵「俺達は士農工商どれにも属さぬ革命の徒・・・『志士』じゃ」
四郎「志士・・・」
善蔵「志士を舐めるなよ・・・百姓」
四郎「・・・・・・」

〇古民家の居間
狂介「晋作は奇兵隊の象徴じゃ。討つとなれば、隊士達の反発は免れんぞ」
おうの「いけんちゃ!」
武人「待て。もう高杉君を捕える算段か?」
おうの「それっちゃ!」
狂介「あくまでもご家老、いや御殿様の命に従うならっちゅう話やろうが。晋作を討つ事が藩命となりゃあ、はぁやむおえんじゃろ」
おうの「いけんちゃ!」
武人「諦めるな。お城の方々に奇兵隊の忠誠をもっと分かってもらうんだ」
おうの「それっちゃ!」
狂介「家老一人にすら何も言い返せんのに何が分かってもらうじゃ。せめて形だけでも、晋作を捕えるためにを動かすべきじゃ」
おうの「いけんちゃ!」
狂介「俊輔!俊輔!」
俊輔「すみません、新入りの入隊に付き合っちょりまして」
狂介「訳聞かせい。何でこの女がここにおる?」
俊輔「それがこの人、ちと面倒事を起こしまして」

〇城下町
おうの「よっ!征夷大将軍!」

〇古民家の居間
狂介「・・・・・・」
狂介「お前は、馬鹿なのか?」
おうの「これでも攘夷志士の女やけえねっ!」
武人「狂介。多分この人はまた高杉の真似を・・・」
狂介「そんくらい分かっちょる。あいつ俺の隣で同じこと叫びよったんじゃけえ」
武人「おかげで僕もお前も、危うく高杉もろとも新撰組に殺される所だったな」
おうの「え、新撰組に会うたことあるん?」
おうの「ならちょっと聞かせてーね!」
狂介「な、何じゃ」
おうの「ヒジカタトシゾーって、ええ男なん?」
狂介「・・・・・・」
狂介「俊輔、つまみ出せ」
俊輔「はい」
おうの「いけんけえね!旦さんを裏切るような事しちゃあいけんけえね!」
狂介「・・・ええい。たいぎいの」
  しぶしぶ床の一角を剥す狂介。
  床の下にものものしい銭箱がある。
  狂介、首に下げている鍵で金庫を開けると小判を三枚取り出す。
狂介「あの女に一両。椿屋に二両って所か」
狂介「若い芸奴なら椿屋もほしがっとる所じゃろ。あの女に持たせてやれ」
武人「え?僕がか?」
狂介「俺は忙しいんじゃ!ええか!ちゃんと渡しとけ!」
武人「一応、総督なんだけどな・・・」

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