MAD・AGE

山本律磨

狂介(脚本)

MAD・AGE

山本律磨

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〇武術の訓練場
  半年が過ぎた。
  民間兵団奇兵隊は長州藩諸隊の末席に名を連ねている。
  一時は数百人にも上った隊士は、藩内討幕派の失脚により脱退者が増え、現在は半数ほど。
  野心溢れる血気盛んな若者と、寄る辺なく路頭に迷った若者が半々といったところである。
  だが藩内を包み込むモラトリアムな雰囲気は、もうすぐ終わりを告げようとしている。
  長州藩、萩城よりほどなく離れた山村のさらに片隅に奇兵隊の陣屋は置かれていた。
  その屋敷の、藁葺き屋根の上にまたがり、槍を手に青く高い空を見上げている狂介。
  嘆息、息は白い。
  練兵の猛りが遠く聞こえ、木々が木枯らしに揺れている。
  のどかだった。
  忌々しいほどに。
「あのう」
  雑草の生えた庭に、長袋に入った三味線を抱えてぼんやりと狂介を見上げている娘がいる。
おうの「総督様はこちらにいらっしゃると言われたんですけどいね」
狂介「芸者か」
おうの「はい」
狂介「まだ日が高い。士気が乱れるゆえ後にせい」
おうの「もう来てしまいましたけえ」
狂介「夜まで時間をつぶせ」
おうの「もう来てしまいましたけえ」
狂介「・・・・・・」
おうの「・・・・・・」
狂介「チッ・・・」
狂介「厩だ。馬草をやっておられる」
おうの「ありがとうございます」
狂介「・・・・・・」

〇空
  とんびが輪をかいている。
  のどかだ。
  クソ忌々しいほどに。
「あのう」

〇武術の訓練場
おうの「総督様はこちらにいらっしゃると言われたんですけどいね」
狂介「厩におるっちゅうたやろ!足らんのかお前は!」
「なんだ。騒々しいな」
狂介「武人。そんな格好しちょるけえ、総督っちゅうても疑われるんじゃろうが」
  狂介、槍を手に藁ぶき屋根をすべり降りると、芸奴の前で仁王立ちする。
狂介「みどもは奇兵隊軍監山県狂介である!ここに出入りするなら覚えておれい!」
武人「うるさいなあ・・・」
おうの「下に降りて来たんだから聞こえますいね」
狂介「たるんじょるぞ武人。昼日中に芸奴を呼ぶなど」
おうの「あ、大丈夫やけ。うちが勝手に来ただけですけ」
狂介「大丈夫の意味が分からん」
武人「この人が探している総督は、僕じゃなくて『開闢総督』の方みたいだよ」
狂介「晋作・・・」
おうの「かいびゃく?」
武人「この奇兵隊を作ったという意味さ」
武人「今の総督は僕、赤根武人であります」
おうの「赤根さんと・・・」
おうの「味噌徳利ね」
狂介「なに?」
おうの「・・・・・・」
狂介「チッ・・・」

〇古民家の居間
  奇兵隊陣屋・総督の間
狂介「よいか!」
狂介「比類なき英雄、開闢総督高杉晋作の愛妾なればよく聞くがいい!」
狂介「我が藩は今、未曾有の危機に瀕しておる!」
狂介「ぺルリ襲来より早10余年」
狂介「民を虐げ異人に媚び、民から巻上げた物を異国に与えるが如き売国奴と成り下がった幕府に抗い」
狂介「我ら長州は攘夷の魁尊王の旗頭となり、異国の侵略から弱き民を守らんと正義の名の下戦ってまいった」
狂介「されど・・・」
狂介「寝るなあ!」
おうの「はっ!」
おうの「寝てませんけ!ちょっと目を閉じて考え事してただけやけ!」
狂介「何を考えておった!」
おうの「世界平和!」
狂介「秒でバレる嘘をつくな!」
武人「まあまあ・・・」
おうの「山県君の話は難しゅーてよーわからん」
狂介「山県君だと?」
武人「相手を上に置きて君。自らを下に置きて僕。松下村塾の流行、誰に聞いたんだい?」
おうの「旦さん」
狂介「晋作か・・・」
狂介「ふん、女だてらに男の口真似など」
おうの「旦さんの真似しちょるだけやけ。あんたさんの真似やないけ」
狂介「ふん」
武人「僕らだって似たようなものさ。百姓なのにこうやって武士の真似なんてしてるからね」
狂介「お前は医者、俺は侍の出だ。真似事やない」
おうの「で、結局旦さんはどこにおるほ?」
狂介「・・・・・・」
武人「・・・・・・」
狂介「よいか女」
おうの「うのです」
狂介「女。かの馬関戦争の折、開闢総督は」
おうの「うち難しい話ようわからん」
狂介「もう知らん!武人、任せた!」
おうの「拗ねた」
武人「うのさん、半年前、沢山の黒船がドーンと襲って来たあの戦を覚えてるかい?」
おうの「はい。うちあん時彦島におったんやけど、異人が来るんやないかって怖かったわ」
武人「そりゃあいけんかったね。あの戦さで長州は負けただろ」
武人「世界では万国公法っちゅう決まり事があってね。戦さで負けた国は勝った国にお金を払うんだ」

〇海辺
  なびく星条旗の向うに焼け野原の砲台。
  銃剣を手に並ぶ水兵に威嚇されなお、堂々と歩く三人の侍の後姿。
  両脇の二人は裃、中央の男は鎧直垂陣羽織に立烏帽子。
宍戸刑馬なる男「長州藩家老、宍戸刑馬である!」
狂介「無論、宍戸刑馬とは仮の姿。長州の威信と誇りをかけて会談に臨んだその男こそ」
おうの「あの、今総督さんが話してくれよるんですけど」
狂介「何じゃと女!」
おうの「うの!」
武人「すまん。狂介はその男が大好きなんだ」
おうの「そうなん?」
狂介「妙な言い方はやめろ」
おうの「じゃあうちと一緒やね」
おうの「負けんけえねっ!」
狂介「妙な解釈をするな」
武人「悪いな狂介。我らが英雄の武勇伝、お前の代わりに語らせてくれ」
  半年前。四ヵ国連合旗艦。
  そのデッキにて講和の交渉は行われた。
  長州藩の運命をかけて、一人の男が異国の司令官と相対する。
  戦勝軍のつわものどもに取り囲まれてなお泰然自若たるその男こそ。
宍戸刑馬なる男「戦は終わった。ゆえに貴殿らの馬関海峡通行は許可しよう」
通訳「ナ、何デスト?」
宍戸刑馬なる男「正確に訳されよ」
通訳「・・・・・・」
通訳「長州は敗北しました。どうぞお通り下さい」
四ヵ国連合司令「言われるまでもない。とっとと本題に入れ」
通訳「デハ賠償金ノ話ニ移リマス。我ガ連合艦隊ハ、長州藩ニ300万ドルヲ請求イタシマス」
宍戸刑馬なる男「おい貴様。正確に訳せと言ったはずだ」
通訳「エ? ワ、私ハ貴方ガタ長州ノタメヲ思ッテ・・・」
宍戸刑馬なる男「無能な通訳などいらん。直に交渉する」
通訳「シ、シカシ・・・」
宍戸刑馬なる男「下がれ言いよるやろうが!」
通訳「ヒィッ!」
四ヵ国連合司令「・・・・・・」
宍戸刑馬なる男「異国の討ち払いは国策である。長州は国を代表して戦ったに過ぎぬ。よって賠償金は江戸の大公儀に掛け合ってもらう」
四ヵ国連合司令「ふん。屁理屈を」
四ヵ国連合司令「いいだろう。では今ひとつ。この戦争の抵当として彦島を四ヶ国の租借地にする事を要求する。それも幕府に申し伝えよ」
  男は机を叩き立ち上がる。
  司令を見据えるその相貌は、しかし少しも変わることなく冷静そのものである。
  水平達の無数の銃剣を突きつけられてなお、全く動揺など見られない。
  しばしの緊張の後、男は怒涛の反駁を始める。
宍戸刑馬なる男「我が国は神武天皇より121代続く神の地である!石一欠片砂一粒とて異国の手に渡す事罷りならぬ!」
宍戸刑馬なる男「承服致さぬならば、次は長州の民全てがお相手致すまで!」
四ヵ国連合司令「MAD・・・」
四ヵ国連合司令「お前は今、何を言っておるか理解しているのか?」
宍戸刑馬なる男「その方とて今から俺が言うことが理解できるか?」
宍戸刑馬なる男「あめつちのはじめておこりしとき、たかまがはらになれるかみのなは、あめのみなかぬし、たかみむすび、つぎにかみむすび」
宍戸刑馬なる男「このみはしらのかみは、みなひとりがみとなりましてかくりみなりき」
  異国の兵は口々に男を罵る。
  脅す。
  荒ぶる。
  猛る。
  だが男はその全てを一顧だにせず語り続ける。
  いや、唱え続ける。
  この国のはじまりを。
  おのれらの神々の物語を。

〇武術の訓練場
善蔵「つぎにわかくうきしあぶらのごとくしてくらげただよえるとき!あしかびのごとくもえあがるものになれるかみのなは!」
善蔵「うましあしがびひこぢ!つぎにあめのとこたち!このふたはしらのかみもまた!ひとりがみとなりましておんみなりき!」
  若き隊士達の前で朗々と叫び続ける善蔵。
  良く通るが、少し鼻につくような響きも帯びているのは、その性根からにじみ出ているものだろうか
  と、今一人、彼らより少し年長の男が、飄々とした足取りで近づいてくる。
俊輔「勇ましいことで」
善蔵「あ、すんません。うるさかったっすか?」
俊輔「肩に力が入りすぎだね。あの時の開闢総督の演説は美しゅうて静かで、それでいて異人共に何も言わせぬ迫力があった」
  『そういやあの場所には伊藤さんもおったんですかいの?』
  『もっと聞かせてつかあさい!高杉晋作様のお話を!』
  そう隊士達にせがまれ、俊輔、咳ばらいをひとつ。
俊輔「朗々と古のフルゴトブミをそらんじる高杉総督。当然通訳如きに国産みの伝説なぞ訳せるはずも無く、異人共はただただ困惑するのみ」
俊輔「やがて彦島租借の問題は立ち消えに。これぞ松下村塾筆頭が奇策。我が国の言葉を解せぬ相手を逆手に取った総督の勝利だ」
  俊輔を囲み盛り上がる隊士達。
「総督は赤根武人であろう!」
  砂埃の中、調練場に入ってくる狂介。
  その後ろに続く武人とおうの。
  慌てて整列する俊輔と奇兵隊。
おうの「そねえ怒らんでーね。それ位皆わかっちょるけ、うちを通してくれたんじゃろ」
狂介「上等兵士、善蔵。前へ出い」
狂介「休憩はとうに過ぎておるぞ」
善蔵「そうじゃ。皆、軍監殿にお詫びせい!」
  『申し訳ございませんでした!』
狂介「・・・・・・」
狂介「・・・調練を再開せい!」
  『はい!』
  隊士達、武器を手に巻藁に向かい突貫を始める。
武人「伊藤君」
俊輔「はい」
武人「おうのさんを城下まで送ってってくれ」
俊輔「お楽しみは萩の城下でですか?羨ましいなこんな美人と」
狂介「ばかたれ。この人は晋作の妾じゃ」
俊輔「そうなんですか。総督というから僕はてっきり赤根さんかと」
武人「ふふ。君にとっての総督はいつまでも高杉君だろう?」
俊輔「拗ねるなんて赤根さんらしくないなあ。もう、誰かさんみたいだなあ」
武人「全く、誰に似てきたのだろうね?」
狂介「お前達、少しは陰口らしく話せ」
おうの「ご城下に行ったら旦さんに会えるんじゃろうか?」
狂介「知らん。とにかくここは女の来る所ではない。長州の未来を切り開く奇兵隊の陣である。とっとと立ち去れい」
  狂介、槍を手に練兵に参加する。
  巻藁や案山子を相手に突貫する隊士達。
  狂介、案山子に槍を突き立てる。
  『どおりゃあああああ!』
おうの「暑苦しい・・・」
武人「おうのさん。さっきも言ったけど、僕らも高杉君がどこにおるか知らないんだ」
武人「彼は、奇兵隊を置いて行方をくらましてしまったんだ」
俊輔「無理もないですいね!今、長州におったら命が危ない!」
俊輔「高杉さんは馬関戦争の責任を全部押し付けられちょるんです」
俊輔「城でふんぞり返っとる連中に・・・」
武人「というわけだ。一休みしたら下関に戻って彼の帰りを待ったほうがいい」
おうの「旦さん・・・」

〇空
狂介「晋作・・・お前、どこに行ったんじゃ・・・」

次のエピソード:ぱるちざん

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