一夜目 とても『善い』御客様(1)(脚本)
〇沖合(穴あり)
笹原美景(ぬわっ!ぬるい! な、何あれ!? だんだんこっちに近付いて来てる!? に、逃げるべき!?)
街の女の子「ありがとう! 貴女は命の恩人よ!一生忘れないわ!」
皆が空から迫りくる温い物体を唖然と見上げている中、突然隣に立っていた女性が、美景の手を取ってそう言い放った。
街の子ども1「僕たちのために犠牲になってくれてありがとう!」
街の子ども2「おば・・・・・・お姉さんしか頼れないの! お願い、私たちを救って!」
笹原美景「私には何もできないよ・・・・・・。 ごめん。ごめんなさい。許してください」
人々が美景の周りに集まり、次々に激励の言葉を投げ掛ける。
笹原美景「重っ!!!! え、何これ!?!?」
研究者の男「あの物体を消滅させるに足る、エネルギー爆弾が遂に完成したんだ! 間に合ってよかった! 君独りの犠牲でこの世界は救われる!」
笹原美景「そんなことできませ────」
研究者の男「はあ? こんなこともできないの? はあ。逆に聞くけど、何ならできんの?」
街の女の子「笹原さんのためを思って言ってあげてるのに。酷いよ。残念だよ」
笹原美景「あ、やって、みます。 私にできるか、わか、わからないけど。 皆のために、なるなら。 あははは!」
押し付けられた重いリュックサックを背負い、美景はドス黒い”何か”を見上げる。
迫りくるそれに思わず半歩後退りしてしまう。
笹原美景(ああなんか『よだかの星』みたいだ。 よだかは凄いな。 自ら犠牲を選ぶなんて。 私なんて嫌々だよ)
笹原美景(怖い。 めっちゃ温い風吹いてる。 いっそ方向転換して、あの人らに突進しちゃう? 死なば諸ともおぉってさ!)
二の足を踏む美景の手を、避難したと思い込んでいた子どもたちが握り締める。
笹原美景「君たち、危ないから早くあっちに行こ──」
街の子ども1「あーあーあーあー! はーやーくしろよお! トッッロいなあああ!」
街の子ども2「うわあああ。 今月笹原おばさんと組まされたんですけど。 まじ最悪。 色々やらせようにもムノーだからさあ」
子どもの口から、かつて自分が浴びてきた言葉たちが溢れ出す。
上司の罵倒、女子社員の内緒話。
笹原美景「最期に大役までいただけて、更に私も消える! これは、一石二鳥なのでは!」
美景は再び一歩を踏み──
一歩踏み出────
笹原美景「せない!?!?」
背中のリュックサックの重量が増し、その上後頭部に衝撃が走る。
笹原美景「あだあっ!?」
〇東京全景
「あと一歩で死ぬぞ? いーの?」
笹原美景「あいたーっっ!?!? ひいいいいっっ!!!! 高っ!?どこ!?重っ!?!? ぐえええええ!?!?」
目を覚ました美景は、驚きと背中の重圧に堪えかねひっくり返った。
〇屋上の隅
悪食のバク「マジ焦ったー! 美景寝ながら歩いてんだもん! んで、フェンス登って飛ぼうとするし!」
ソラ「バク、どういうつもりだ? 彼女は今日の御客様候補じゃないだろ?」
笹原美景「ああああ! 御迷惑おかけしました! 助けてくださりありがとうございます!」
一気に現実に引き戻された美景は、二人の前に土下座する。
笹原美景(ここ数日夢遊病の症状が酷い。 処方薬もちゃんと飲んで寝たのに。 あんな夢見たせいだろうか──あれ? どんな夢だっけ?)
ソラ「顔あげてください。 それより怪我ないですか? 俺とこいつが背中に乗った上に、頭まで叩いちゃったんですが──って、おい!」
学生風の男が美景に手を差しのべるが、子どもがその間に割って入り、好奇の目を美景に向ける。
悪食のバク「いーのいーの! オレ不幸な人ほっとけねーの! だってさあ────」
悪食のバク「まだ一齧りもされてない”吉夢”持ってそうじゃん?」
笹原美景「きちむ? え、どういう意味──ヒッ!?」
恍惚とした声音と意味不明な言葉に顔を上げた美景は、異様な出で立ちの二人に怖じ気付く。
笹原美景(頭冷えてきた。 こんな夜中に小さな子どもと高校生? 顔が全く見えない。 怖い、怖いよ、どうしよう!?)
ソラ「やはりどこか痛みますか!?」
笹原美景「い、いえ! 私、なんて失礼な態度を・・・・・・」
笹原美景(命の恩人相手に、私は何を考えてるんだ! 恥ずかしい!)
ソラ「あああ! いいですね!いいですね! 笹原さんのその心、俺、好きです!」
笹原美景「え!?な、何!?」
少年を押し退けて、今度は学生風の男が美景に詰め寄る。
距離が近くなったことで、夜目にもその男の様相がわかる。
笹原美景(この男の人、顔中包帯!? 左目も覆われて、顔に凹凸がない!? 右目だけ碧眼!? み、見えてるの!?)
ソラ「美景さんは善い方だ! 俺のこんな姿を見て恐怖を抱き、次に同情し、さらに自身を客観視でき、そして己の価値観に絶望する様!」
ソラ「そして、そんな自分を許せとばかりに泣いて同情を誘う様子もない! あっぱれだとも! 俺は好きだなぁああ!」
ソラ「バク! 君は見る目がある! ぜひ御客様になっていただきたい! 嫌なヤツに悪夢をお見舞いしてやりましょう! あははははは!」
静寂を切り裂く言葉だけでは足りないのか、男は身体で興奮を表すように小躍りし始める。
笹原美景「あの、私そんなことまで考えてないし、あの、ちょっと、すみません! キチム?キムチ?」
悪食のバク「今ソラ壊れちゃってるから、ちょっと待ってて」
悪食のバク「オレはバク。あの狂ってるヤツはソラ。 吉夢っていう、いいことの前兆を知らせる夢をもらう代わりに、悪夢を売ってる」
笹原美景「バクくんと、ソラくんは兄弟なのかな? 家は近いの? 私、ご両親に今日のことを説明して──」
悪食のバク「あー! ひでえ!信じてくれない! しょーがねーなぁ──オエッ!」
笹原美景「何してるの!? 止めて!止めなさい! え、何・・・・・・これ!?」
喉に指を突っ込んだバクがえずくと、口から大量の黒い塊が飛び出してくる。
悪食のバク「信じた!? これこれ、さっき美景が見てたヤツ! ネットリ食感で味はガッツリ、後味ドカンと爽快!くっそ不味!」
先程まで見ていた悪夢が、黒光りする表面に映し出されているのを見て、美景は絶句した。
悪食のバク「おいおーい! 美景まで壊れた?」
ソラ「当たり前だ。 包帯のっぺらぼう右目緑の厨二男と謎の嘔吐物の少年。 たった今死にかけたところにだ。 キャパオーバーだろ?」
悪食のバク「あー!やっと帰ってきたな! 普段オレにエラソーに説教垂れるくせに、ソラだってポンコツじゃん!」
ソラ「申し訳ない。 彼女が善い人だったから嬉しくて羽目を外した。結果恐怖感を与えてしまった。 きっと嫌われた。ちょっと死にたい」
ソラ「でも、これ幸い。 笹原さんが呆けている間にここを連れだそう。 我らの仕事ぶりを見てもらえれば、戸惑いも消える、はず」
悪食のバク「うわあ。変態臭い。最低なやり方。流石はソラ」
ソラ「つらい。 こんな荒唐無稽な話、信じてもらえる話力も知識も持たぬ自分が存在してるのが、つらい」
ソラはとぼとぼと屋上から出て行く。
悪食のバク「美景、オレが手引いてくから掴まって。 んで、オレらの仕事見てってよ! そしたらきっとわかるよ」
笹原美景(何がわかるというのだろう。 悪夢に魘される人を見て、こんな風に綺麗に笑える気持ち? そんなんもう知ってるよ)
気持ちとは裏腹に、美景は小さなバクの手を握っていた。
悪食のバク「あ、そーだ!」
前を歩くソラが屋上を先に出たのを確認すると、バクが美景を振り返って声を潜める。
悪食のバク「なあ、美景。 今回は無料で悪夢あげる。 オレが届ける。 これソウには内緒、な?」
笹原美景「ええー・・・・・・ 考えてとくね・・・・・・」
笹原美景(なんで私の名前知ってるの?って聞くのは野暮かな。 まるで夢の中にいるみたい。 この子の手も雲を掴むみたいに実感がないし)
「二人とも! 次のバス最終だから、なる早でたのむ!!」
悪食のバク「あ、やべ! 美景、走るぞ!」
笹原美景(いきなり現実味が)
美景がバクとソラに出会えたことが、後々不幸中の幸いだったと願いたいですね。彼女の見ていた悪夢がただただ現実味を帯びていて、そこが物語に迫力を与えていると思いました。