一夜目 とても『善い』御客様(2)(脚本)
〇開けた交差点
バクに手を引かれ、地上に辿り着いた美景は周囲を見渡し、安堵の息を吐く。
笹原美景(よかった。 うちからそんなに離れてない。 にしても暗いな・・・・・・今何時なんだろう)
ソラ「どうしました? あそこから飛び立ちたかったのに、邪魔されて怒ってます?」
笹原美景「とんでもない!!!! 街の灯りも消えてるから、今何時かなって。 最終バスがそろそろってことは、0時くらいでしょうか?」
ソラ「今ですか? 2時ちょっと過ぎですね」
悪食のバク「草木も眠る丑三つ時だよ!! オレの時間!! あー、腹へったー!!」
笹原美景「じゃあ、もうとっくに最終バス行っちゃってるんじゃ──」
ソラ「あ!来ました来ました! 間に合ってよかった~!」
バスが美景たちの前に停車した。
無灯火に加え、暗い車内。
明らかに異常な様相に、美景は恐怖する。
笹原美景(乗っちゃいけない。 これはこの世のものじゃない)
悪食のバク「美景ー! 金ならソラが払うから大丈夫だってよ! はーやーくーーー!!!!」
笹原美景「ありがとう。 そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ」
不機嫌になるバクを気遣いながら、美景はバスの行き先表示をチラリと確認する。
笹原美景「夢の通い路六丁目──────!?!?」
〇バスの中
悪食のバク「美景~! ステップ高いから気ぃ付けろよ~!」
笹原美景「わ、私パジャマだし、裸足だし、お金も持ってないし、歩ける距離だから! とりあえず、帰ります!」
悪食のバク「パジャマだとフシンシャだし、裸足だと痛いし、金はソラが払うって言ってるじゃん。 今日の仕事場美景の家のそばだし」
笹原美景「ぐ、ぐううううう!」
「ほら、乗った乗った!!!! 後ろつまってんじゃっ!!!!」
笹原美景「あだっ! はい!すみません!」
美食家のバク「ほら、早く座んな! よし、運転手さーん、出発進行じゃ!」
少年と少女に導かれるまま、彼らに両サイドから挟まれ、美景はバスの最後尾の真ん中に腰を据えることとなった。
笹原美景(どうしよう?どうしたらいい?)
ソラ「はは、楽しそうでなによりです」
少し離れた前方の座席に着いたソラが、騒がしい後ろを眺めながら嬉しそうに呟く。
〇バスの中
美食家のバク「よもや、お主、人間か!?!?」
笹原美景「は、はい。もしかして貴方も・・・・・・」
美食家のバク「ワシは無論バクじゃ! 美食家のバクという通り名まである! 今宵は夢の通い路二丁目でナイトメアビュッフェなのじゃ♪」
笹原美景(やっぱり乗るんじゃなかったーー!)
美食家のバク「そう怯えんでも大丈夫じゃ。 たまーにおぬしのような迷い子もおる。 ワシらは何もせんよ。 まあこれも夢幻、楽しめばよい」
美食家のバクは嬉しそうに話すと、今度は美景に近付きスンスンと鼻を鳴らす。
美食家のバク「おぬし、大分悪夢が溜まっておるな? 奇妙な匂いがする。 最近夢見が悪いのではないか? どれ、ワシが見てやろう?」
笹原美景「え゛!?」
言うやいなや、美食家のバクは自身の額を美景の額と密着させる。
子どもに対しての熱の計り方のようで、美景は面がゆい。
美食家のバク「『夢 合 わ せ』」
美食家のバク「夢 解────」
悪食のバク「はい、ダメえええええ!」
美食家のバク「なんじゃクソガキ! 珍しい悪夢独り占めする気か! 一口くらい舐めてもええじゃろ?」
悪食のバク「悪夢なんて興味ねーけど、美景はオレが先に見付けたの!勝手に手付けんなババア!」
美食家のバク「悪夢に興味ない? ああ、お主ら『夢現』にヘンテコな店作ったあの悪食のバクと人間モドキか? お嬢ちゃん、止めときな──」
美食家のバク「ふぎゃっ! こんにゃろ!」
悪食のバク「ギャウッ!!!!」
笹原美景「あばばばばば」
ソラ「笹原さん、キャットファイトがタイガーバトルになる前にこっち避難しときませんか?」
夢食いのバクの本性丸出しのバトルに、さすがのソラも美景に助け船を出す。
笹原美景「はぁ・・・・・・さっきの『夢合わせ』と『夢解』ってなんなんですかね・・・・・・」
悪食のバクと美食家のバクの喧嘩がBGMではあるが、美景は幾分か落ち着きを取り戻す。
ソラ「さっき美食家のバクがやったのは『夢合わせ』といって、夢の吉凶をみるんですよ」
ソラ「『夢解き』はうちのバクが邪魔して成立しなかったみたいですね。 その吉凶を占った結果が『夢解き』です」
笹原美景「へえ。 味見みたいなものですか? 好みの味かどうか試してるとか?」
ソラ「いえいえ、バクは吉夢や凶夢食べちゃうと重罪なんです。 どちらも予知夢ですし。 悪夢は食べ放題なんですけどね」
笹原美景「そうなんですか。 たしかに、夢食いのバクは悪夢を食べてくれる幻獣ってイメージ・・・・・・」
笹原美景「なんだか、まるで人間にとって都合のいい存在みたい・・・・・・」
ソラ「ふふ。 やっぱり笹原さんは善い人だ」
屋上で聞いた言葉と同じなのに、穏やかな声音と色香を放つ視線がまるで別人のようで、美景はたじろぐ。
笹原美景「い、いや、あの、バクくんが悪夢は不味いって言ってたから、好き嫌いは誰でもあるじゃないですか?」
ソラ「アイツも悪夢を『人間に捨てられたゴミ』と思ってるから、不味いというより、それを喜んで食うバクが嫌いなのかもしれませんね」
笹原美景(自分で自分の存在を否定するみたい。 あんな小さい子がそんな風に生きてるなんて──)
美景は未だに争う幼い二人を見やる。
ソラ「でも、騙されちゃ駄目ですよ? あの二人あんなナリで余裕で100年以上生きてますからね? 人間よりずっと狡猾ですよ」
美景の思考を読んだかの如く、ソラが耳許でささやく。
笹原美景「は、はい!?」
ソラ「あと、本当はアイツただの味音痴のゲテモノ食いなのに、俺の安い口車に乗せられて、絆されてる可能性もありますからね?」
笹原美景「え!?今までの話嘘ってこと!?」
ソラ「そんな滅相もない! 俺はそんなことしませんよ。 ただ、夢食いのバクにはそのくらいの警戒心を持っとくといいですよ」
笹原美景「えーと、ソラ、くんは、夢食いのバクではないんですか? さっき人間モドキがどうたらって聞いて──」
ソラ「あ゛っ!!!! 俺はなんてことを!!!!」
ソラ「申し遅れました! 俺はソラと申します! 男子高校生のコスプレはしてますが、無害な、一応人間です!」
笹原美景(あ、高校生じゃないんだ)
ソラ「あそこで喧嘩してる生意気なクソガキ風のバクと『夢現(ゆめうつつ)』で悪夢を売るお店を営んでおります!」
ソラ「今宵は取引の決まった御客様のもとに、最終確認のために、直接おうかがいに行くところでして────ああっ!!!!」
笹原美景「な、何事!?!?」
ソラ「おり、降ります! 運転手さん!お願いします!」
ソラ「笹原さん、行きましょう! 約束の時間ちょっと押してるから急ぎますね! ほら、バクも!」
笹原美景「えええー!?!? なんでいつも唐突なのー!?!?」
悪食のバク「へいへーい! じゃあな、美食家のバクばーさん。 あ、餞別にさっき刈り取った美景の夢ならあげる。オレが吐いたやつだけど」
美食家のバク「────モゴオッ!?!? おぬし、これちゃんと夢合わせしたんじゃろな!?!?」
悪食のバク「ん?大丈夫大丈夫! つまんないフツーの悪夢だよ」
悪食のバクは、無遠慮に美食家のバクの口に悪夢を押し込むと、先に下車した二人の背中を追って走っていく。
美食家のバク「乱暴な奴じゃ。 まあ、食べさしなのはしゃくじゃが、捨てるのは勿体ないしなぁ!」
美食家のバク「ほう、なかなか美味ではないか!」
美食家のバク「だが────不思議な食感じゃな。 ちぐはぐ?つぎはぎ? ちと歯切れが悪い」