第十一話「その完璧執事、動揺する」(脚本)
〇貴族の応接間
オータム公爵夫人「ラビニア、この成績はなんです?」
オータム公爵夫人がテーブルの上に並べるのは・・・ラビニアの試験の答案の束だ。
ラビニア・オータム「!!!」
ラビニアは言葉に詰まり、
俺を睨み付けるが涼しい顔で受け流す。
俺の作り上げた完璧な執事
『セバスチャン・ガーフィールド』なら
そうするだろうから。
ラビニア・オータム「えっと、色々と・・・忙しくて・・・」
オータム公爵夫人「言い訳は結構。よくもまあ恥ずかしげも なくこんな成績が取れるわね」
セバスチャン・ガーフィールド「奥様・・・ 私の力が及ばず、大変申し訳ございません」
申し訳なさそうに目を伏せる俺に
奥様は慌てて否定してくれる。
オータム公爵夫人「セバスのせいではありませんよ。 努力をしない本人が一番悪いのですから」
その通り。
そしてその答えも俺の計算通り。
オータム公爵夫人「成績だけじゃありません。 あなたの最近の生活態度も目に余ります。 学業不振に素行の悪さ」
オータム公爵夫人「このままだと聖ミンチン女学院に 編入させなくてはなりませんね」
ラビニア・オータム「ええっ!!! 聖ミンチン女学院にっ?!」
ラビニアは震えあがり、
オータム公爵は天を仰ぐ。
なんだこの反応?
セバスチャン・ガーフィールド「奥様、聖ミンチン女学院とは?」
オータム公爵夫人「聖ミンチン女学院は、ミンチン女史の意思を継ぐ、厳重・厳格・厳正がモットーの 寄宿学校です」
ラビニア・オータム「・・・噂では生徒達に外界との接触を一切 絶たせ、日の出と共に起床し日暮れと共に 就寝するらしいわよ」
そんなの女子校じゃなくて
修道院か監獄だろ。
でも・・・そんな学校だったら
ラビニアを絶望させやすいかも知れない。
セバスチャン・ガーフィールド「さようですか。ラビニア様が規則正しい 生活を送れるのでしたら、短期留学という のもよろしいかもしれませんね」
俺が相槌を打つと奥様は大きく頷いた。
オータム公爵夫人「セバスもそう思うわよね? 一度ラビニアはこういった厳しい状況下に 身を置かせるのが良いかと思うのよ」
オータム公爵「いやあ、しかしね・・・」
ラビニア・オータム「ちょ、ちょっと待ってください、 お母様っ!」
オータム公爵夫人「待てません、聖ミンチン女学院の厳しさは士官学校以上と聞くわ」
オータム公爵夫人「基本は一人で身の回りの事を 全部するそうですからね。 貴族の娘でも使用人も連れていけないのよ」
ラビニア・オータム「えっ? セバスも連れて行ってはだめなの?」
セバスチャン・ガーフィールド「私もご一緒出来ないのですか?」
俺とラビニア、
声を上げたのは同時だった。
オータム公爵夫人「当然です・・・って、セバス、 あなたも何を驚いているの?」
セバスチャン・ガーフィールド「あ、いや・・・私は・・・」
ルーク・オータム「寄宿学校って・・・ お姉さまはもうおうちに帰ってこないの?」
ルーク・オータム「そんなの・・・ いやだぁ~うっうっ、え~ん」
オータム公爵「だ、大丈夫さルーク! お母様はただ ラビニアを脅しているだけだからっ!」
オータム公爵夫人「あなた・・・」
オータム公爵「い、いや! まあ良いじゃないか、 ラビニアも次回の試験は頑張るんだよ!」
オータム公爵「なに、セバスに任せればきっと 大丈夫だろう、セバス頼むぞ! もちろん礼儀作法の方もな」
オータム公爵は泣きじゃくるルークを
慰めながら、無理やりその場を収め、
俺は胸を撫で下ろす。
俺はオータム公爵に恭しくお辞儀した。
セバスチャン・ガーフィールド「お任せください、旦那様」
・・・ん?
なんで俺は・・・ほっとしてるんだ?
〇黒背景
セバスチャン・ガーフィールド(何故俺はあの時・・・寄宿学校に一緒に 行けない事をあんなに驚いたんだ?)
セバスチャン・ガーフィールド(あんな喧しいじゃじゃ馬娘なんて、 手から離れれば楽じゃないか)
セバスチャン・ガーフィールド(甘やかされて育った分『令嬢の監獄』 なんかに閉じ込められたらすぐに 絶望しそうだし)
セバスチャン・ガーフィールド(あれは、そう・・・寂しさと言うか・・・ いや、寂しいわけはない)
セバスチャン・ガーフィールド(手元に置いて監視出来ないから 驚いただけだ)
ラビニア・オータム「・・・ねえ、セバスったら聞いているの?」
セバスチャン・ガーフィールド「もちろんです、お嬢様」
ラビニアの声で俺は、
自問自答から我に返った。
〇荷馬車の中
買い物をしたいというラビニアの願いで
下校の途中、街の百貨店に向かっている。
ラビニア・オータム「嘘ばっかり、 私の話なんてうわの空だったじゃない」
ラビニア・オータム「ま、良からぬことを 考えてたんでしょうけど」
セバスチャン・ガーフィールド「では私が良からぬことを考えぬように さっさと絶望されたらいかがです? 着いたようですよ、ラビニア様」
〇中世の街並み
馬車が止まり、俺はラビニアをエスコートして目的地に向かおうとするが・・・。
ラビニア・オータム「セバスはここで待ってて。 今日は私1人で買い物したいの」
馬車を降りるなり、
ラビニアに同行を拒否されてしまう。
セバスチャン・ガーフィールド「私が同行して都合が悪いものを 購入されるのですか? 私に盛る毒薬? それとも短剣?」
ラビニア・オータム「・・・そんなものでセバスが 死ぬようには思えないけどね」
ラビニア・オータム「別に良いじゃないの。 ・・・私だって1人でゆっくり買い物を 楽しみたい時くらいあるわ」
セバスチャン・ガーフィールド「ああ。では、下着の類ですか。 そういえば最近お体の成長が・・・」
俺の言葉はラビニアの
平手打ちで遮られた。
ラビニア・オータム「さいっていっ!!! ほんと、あんたはデリカシーなさ過ぎっ! 着いてきたら殺すからねっ!」
セバスチャン・ガーフィールド「・・・行ってらっしゃいませ」
俺が本当の執事ではないと知ってから、
ラビニアはこの手の話題に真っ赤になって
反論してくるようになった。
妙齢の女子らしく少しは羞恥心が出て
きたのか、色気づいてきたのか・・・
まあ、今更なんだがな。
執事たるもの、おまえの体中のサイズは
余すところなく全て把握してるっつーの。
怒りながら百貨店に向かうラビニアを
俺は若干腫れた頬を抑えながら見送る。
???「タイチョーに平手打ちとか、 なかなか根性あるじゃん、あのキンパツ」
???「・・・親衛隊隊長ともあろう者が公衆の 面前で淑女に平手打ちされるとは情けない」
気配を悟らせる事無く俺の背後に立つ事が出来る人物、そして聞き覚えのある声。
セバスチャン・ガーフィールド「・・・ルドルフ、リオ」
スフェーン王国騎士団王族親衛隊
副隊長のルドルフ・モルダーに同じく
副隊長補佐リオ・エム。
2人とも俺の部下であり、俺と同じく
オスカー王子付きの護衛騎士だ。
ルドルフ・モルダー「おまえらしくないな、ラビニア嬢を絶望 させるのに何故そんなに手間取っている?」
リオ・エム「そもそもさぁ、 タイチョーの作戦って回りくどくね?」
リオ・エム「あのキンパツを絶望させたかったら、 屋敷のニンゲンぜーんぶ殺しちまったら 良いじゃん」
セバスチャン・ガーフィールド「――口を慎め、リオ」
リオ・エム「んん? タイチョー怒ってんの? 良いぜ、売られたケンカは買ってやるよ」
ルドルフ・モルダー「リオ、おまえは隙さえあればすぐに 戦おうとするその戦闘狂な性格を直せ」
ルドルフ・モルダー「・・・それに、俺も関係の無い人間を 巻き込むのは賛成しない」
リオ・エム「じゃあさ、キンパツをナンパして オレに惚れさせて、こっぴどく 振るってのはどうだ?」
セバスチャン・ガーフィールド「・・・おまえ、 ナンパの意味を知ってるのか?」
リオ・エム「あ? いまいちわかんねーけど、 ナンパってのはとにかく声を掛ければ 良いんだよなっ!」
この血気盛んで妙にズレている青年リオは元は戦災孤児だった。
ルドルフが戦場で拾ってきて、
それ以来ヤツが後見人を務めている。
保護する以前の記憶は一切ない。
しかし戦闘に対する意欲が異様に強く、
そして戦闘能力も高い。
未成年で平民の異例の親衛隊入りに
誰も文句が言えなかったほどだ。
〇炎
リオ・エム「強いヤツと戦ってる時だけが 生きてるって感じするんだよなぁ~! なんかジュージツしてる感じがしてさぁ~」
〇中世の街並み
強さだけがリオの目的であり
存在意識であり絶対的な意味・・・
まさに無垢な狂犬だ。
それゆえに他の物事には興味を持たないし
関心も無い。
ただ・・・ラビニアに対しては、
魔王になるかも知れないという
一点において興味があるらしい。
セバスチャン・ガーフィールド「リオ、ナンパするのはかまわないが 今の彼女とは戦うなよ」
リオ・エム「おー! もちろんだぜっ、 だってまだ弱っちいしなっ!」
到底成功するとは思えないナンパを
許可すると、リオは嬉しそうに百貨店に
入っていった。
リオはラビニアが【魔王因子】を
引き継ぐ日を楽しみに待っているのだ。
『魔王ラビニア』というこの世で一番強い敵と戦えるかもしれない日が来る事を。
そしてそんなリオを唯一コントロール
出来るのはルドルフだ。
ルドルフ・モルダー「・・・俺は未だに反対してるがな。 ラビニア嬢に【魔王因子】を 引き継がせる事を」
ルドルフは孤児院出身の努力家だ。
憧れの騎士になるため、剣の腕一本で
親衛隊の副隊長にまでのし上がってきた。
鬼の副隊長、と隊員には恐れられ、
曲がった事は嫌いな堅物で融通が利かない
騎士の手本のような男だ。
・・・あの生活面の欠点に
目を瞑ればの話だが。
こいつとは長い付き合いになる。
士官学校に入学する前から・・・
いや、俺が爵位を賜る前から。
ルドルフ・モルダー「それにラビニア嬢はおまえを 信頼している・・・ おまえはそんな彼女を裏切れるのか?」
セバスチャン・ガーフィールド「もちろんさ。俺はオスカー様から 【魔王因子】を追い出せればそれで良い」
ルドルフ・モルダー「・・・今の【魔王因子】をラビニア嬢が 引き継いだら・・・」
ルドルフ・モルダー「彼女は本当に魔王化するかもしれない、 それでも?」
【魔王因子】は魔王化しない宿主の中では拒絶反応を示し、宿主の生命を吸い取る。
オスカー様は魔王化しなかった。
いや、出来なかったのだ。
絶望によってオスカー様は【魔王因子】を
ラビニアから引き継いだものの、
彼は適正者ではなかったから。
しかし【魔王因子】は一度引き継がれたら
宿主から離れる事は出来ない。
その宿主が死ぬまで。
だから【魔王因子】はオスカー様の生命が果てるその日まで生命も魔力も奪い、
心身を侵し続ける。
そして、
引き継がれる日をじっと待っているのだ。
【魔王因子】を持って産まれた、真の適正者とでも言うべきラビニア・オータムに。
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